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東大卒の「女芸人」 就活生憧れの企業で学んだ挫折

東大卒の「女芸人」 就活生憧れの企業で学んだ挫折
米マッキンゼー・アンド・カンパニーから、お笑いタレントに転じた石井てる美さん

 女性お笑いタレントの石井てる美さん。白百合学園から東京大学、同大学院を修了して米マッキンゼー・アンド・カンパニーに就職した。華麗な経歴を歩んできた石井さんは、学歴は関係ない芸能界に転じた。マッキンゼーでの1年4カ月の体験が石井さんを変えたという。なぜ就活生が憧れるマッキンゼーを辞め、「芸人」になったのか。

白百合と東大で全力投球

 「先生には普通に『ごきげんよう』と言ってましたね」。石井さんは、東京のお嬢様学校の代名詞といわれる白百合中学・高校の出身。「ごきげんよう」とあいさつするのは当たり前。今も校則の厳しいミッション系の女子校として知られる。学校からの帰りにマクドナルドなどに寄り道するのは禁止、髪の長さや結び方にも制限があった。しかし、「私にとって理不尽なルールはなく、その中で思いっきり楽しんだ」という。

 同級生とは毎日廊下を転げ回って大笑い。中学2年生から高2までは学園祭実行委員長などを務め、学園祭ではイベントの司会進行からごみの処理まで担当。大きな黒いごみ袋を2つも担いで校内を往復し、イケメンの彼氏を連れた同級生に遭遇。「私は黒百合だな」と自嘲しながらも、青春を謳歌する自分がいとおしかった。

 ESSにも入り、英語力も磨いた。何事にも全力投球、「がんばれば必ず報われた」。東大文科3類に現役合格した。国際関係論を専攻しようと思ったが、「座学よりも現地を走り回りたい」と理系に転身、工学部の社会基盤学科に進んだ。アジアの新興国でフィールドワークを重ね、大学院も修了した。当初は総合商社に就職しようかと考えたが、フィリピンを飛び回り、修士論文を書いているときに「まるでコンサルタントみたいなことをしているな」と感じ、最難関といわれるマッキンゼーに挑んだ。

東大生に人気の就職先 昔は官僚、今は外資系コンサル

 マッキンゼーは、東大生にとっても憧れの就職先だ。採用支援サービスのワンキャリアがまとめた2019年度に卒業する東大・京大生450人を対象に実施した人気企業ランキングによると、1位はマッキンゼー。人材サービスのビズリーチ(東京・渋谷)が19年卒業予定の大学生・大学院生260人に実施した「社員に会ってみたい企業ランキング」では、1位は三菱商事、2位がマッキンゼーだった。「一昔前は財務省などの官僚が人気職種だったが、今はマッキンゼーなどのコンサルタント会社を希望する人が少なくない。報酬もいいし、キャリアアップの原動力になる」(東大法学部3年生の男子学生)という。マッキンゼーなど外資系コンサルは多忙だが、報酬もよく、起業家やグローバルリーダーの登竜門として人気が高い。

 石井さんが入社したのは08年4月。同期の新卒は20人。「半数以上は東大で、後は京大とか。早慶も1人ずつぐらいでしたか。たしかに主要官庁と似たような人数規模だし、大学の構成ですね」という。

「学生時代は努力が報われたのですが」と笑う石井さん

 ただ、官庁や日本の大企業と違い、外資系コンサルは即戦力としての働きを求める。ハードワークは必然だ。入社早々、優良顧客を相手にした「クライアントプロジェクト」のチームに加えられた。コンサルは顧客企業のニーズに従い、対象の企業や業界、市場を分析し、新たな経営戦略の策定や新規事業、商品サービスの提案などを要求される。大半のチームは4~5人程度、新人は様々なデータ分析や資料作成に追われる。午前9時に出社し、午前2~3時まで働くのも珍しくなかった。

 ディー・エヌ・エー(DeNA)会長の南場智子氏もマッキンゼーの出身。津田塾大学から新卒で入社したが、「すごく忙しくて、大変だった。(留学した)米ハーバード・ビジネススクールの授業の方が全然楽だった」と振り返るほど。マッキンゼーは欧米でもコンサルの「虎の穴」のような修行の場として知られる。

入社早々は快調、リーマン・ショックで暗転

 石井さんのスタートダッシュは快調だった。「長時間労働でも仕事は面白かったし、自分もプロジェクトに貢献できている間は気持ちも充実していた」と話す。

 しかし、暗転した。08年秋にリーマン・ショックの嵐が吹き荒れた。マッキンゼーにも「社内不況」が押し寄せた。「イメージからすると、仕事の全体量が6~7割になり、人が余るようになった」という。

 石井さんはリサーチプロジェクトに回された。市場分析や業界研究などの知見を収集するプロジェクトで、特定の顧客がついているわけではなく、収益部門ではない。当初2カ月と言われていたが、結局、5カ月も続いた。2人のメンバーが1人になり、孤立感と焦燥感にさいなまれた。「時代が悪かったとはいえ、クライアントプロジェクトでバリバリ成果をあげる同期もいて、とにかく焦った」という。

 年が明けて09年になり、チャンスがきた。自動車分野のクライアントプロジェクトのチームに割り当てられた。しかし、チームは2人、しかも上司はドイツ法人からこのプロジェクトのために派遣された外国人。「すべて英語でプロジェクトは進んだ。自動車のことは全くの素人。プロジェクトをうまく進められず、資料やデータが頭に入らない状態になった」という。ドイツ人上司は「彼女は使えないな」とあきれ顔に。

「とにかく売れないとだめですよね」と話す石井さん

 ついには"千本ノック"がスタートした。次々細かな指示を与えられ、「2分おきにクライアントにメールを返しなさい」と命じられた。

電通の女性社員のような状況に

 週末には過呼吸になり、ストレス太りが襲う。産業医の診断を受けようと思ったが、「2分おきだから、産業医にも連絡している暇がない」とうつのような状況に。「逃げたい。どうしたらいいのか分からない。もう死んだ方が楽なんじゃないかと思い込むようになりました」と話す。

 白百合・東大時代は努力すれば必ず報われた。しかし、マッキンゼーでは勝ちパターンを描けなかった。同期と雑談する余裕もなく、頼ったり、相談できる先輩や上司をつくる前に、プロとしての役割を求められた。ミスをするたびにひどく落ち込み、評価される成果をあげなければ、というプレッシャーに必要以上におびえていた。

 09年春、入社1年目で同期の1人が辞表を出した。「正直ホッとしました。『辞める』という選択肢があることにようやく気づいた」。そして入社して1年4カ月、夏を迎える前に退職を決断した。最低でも3年は頑張ろうと意気込んで入社したマッキンゼーを1年あまりで辞めることは、キャリアに傷がつくと考えていた。ゆがんだプライドに支配されていた。しかし、自分が主役の人生を生きられていないことにハッとした。「同期もいずれ辞めていくし」と最後は割り切った。もともと外資系コンサルは2~3年で卒業する社員が少なくない。

 「死んだ方が楽」と感じるまで追い詰められて初めて「どうせいつか死ぬんだったらその前に本当にやってみたかったことをやろう」という境地に至った。本当に「黒百合」のような風景になった。

 そのとき、脳裏に浮かんだのが白百合時代の学園祭。舞台で司会したり、踊ったり。自分がしゃべると会場が笑いに包まれたこともあった、快感だった。マッキンゼーのサマーパーティーや忘年会でもなぜか自分が司会進行をつとめた。外国人が交じる沈着冷静なエリート集団から笑みが漏れていた。

好きな人生を生きようと決意

 「芸人になる。自分の人生なんだから好きなように生きればいいじゃん」と石井さんの発想は一気に転換、ワタナベエンターテインメントの門をたたいた。白百合、東大、マッキンゼーという華やかなキャリアを断ち切った。

 一昨年、米大統領選に出馬したヒラリー・クリントン氏のモノマネをしたりして、テレビや舞台で笑いをとった。しかし、「売れている」とはほど遠い。むしろ後輩に次々抜かれた。

 「バブリー芸人」として人気者になった平野ノラさん、17年にブレークしたブルゾンちえみさんも同じ事務所だ。クイズ番組などでは東大など一流大学出身のお笑いタレントが重用されるが、芸能界は基本、学歴無関係の世界だ。「ノラちゃんとは大親友なんですが、彼女は売れたなあ。やっぱり芸人は売れないとダメなんですよ」と笑う。

 「テレビで披露できるレベルのネタができるようになるまで、たくさん迷走してきました。起業するなり何かビジネスとかやればいいのにと言われることもありますが、今は自分はエンターテインメントのプレーヤーでいたいんです。『自分はどうしたい?』がはっきりと問われるマッキンゼーに入って挫折して、自分の好きな明確な道が分かったんです。だからすごくマッキンゼーには感謝していますね」という。明朗快活な石井さん。心身とも今は快調な日々を送っている。
(代慶達也)[NIKKEI STYLE 2018年3月13日付]

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