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人生を経済学で考えよう(17)がん検診の無料化は受診率向上につながるか?

人生を経済学で考えよう(17) がん検診の無料化は受診率向上につながるか?
authored by 慶應大学 中室牧子ゼミ

 「がん(悪性腫瘍)」は日本人の死因のトップです。いまや、日本では2人に1人ががんになり、3人に1人が死亡するといわれています。ただ、がんになったら死亡が避けられないというわけではありません。がんと診断されて以降、5年生存できる確率を「5年生存率」といいますが、5年生存率は早期発見に依存するといわれており、国立がん研究センターによると、例えば胃がんでは一番初期のステージⅠの時の5年生存率は98.1%ですが、末期のステージⅣでは5年生存率は7.3%になってしまいます。つまり、がんの進行がまだあまり進んでいないときにがんを発見し、治療を始めることで生存率が高くなるのです。このため、検診によって早期発見、早期治療を行うことが重要だといえます。

期待するほど効果がない無料化

左奥から2番目が川中萌

 しかし、日本人のがん検診の受診率は、他の先進国よりも低いことが知られています。政府は様々な対策をしてきており、一部の地域では「がん検診を無料化」が進められています。それでは、がん検診を無料にすることはがん検診の受診率を上げるのに効果はあるのでしょうか。

 過去のアメリカの研究では、がん検診を無料にすることはがん検診の受診率に効果を与えないわけではないが、期待するほどに大きな効果は見込めない、という結論になっているものもあります。こうした研究の結果を受け、アメリカの米国疾病予防管理センターは、がん検診の無料化ががん検診の受診率を上げるかどうかは「まだ明らかではない」としています。すなわち、人々が検診を受けない理由は、「お金」だけではない可能性があるということです。近所に検診を受けられる施設がないとか、仕事が忙しくて検診を受ける時間がないとか、ただ単に面倒くさいなど様々な理由があるでしょう。そもそも検診の受診率を上げるということは大変難しいといわれています。

 日本ではどうでしょうか。日本では、「がん検診無料クーポン」というものが存在します。これは、検診をうけることによって死亡率の減少を示すエビデンスがある大腸がん、子宮頸がん、乳がんの検診が無料か自己負担が少なくなるというクーポンです。このがん検診無料クーポンは、実際に効果はあったのでしょうか。複数の研究がすでに発表されていますが、特に子宮頸がんについては、クーポンが検診の受診率を高めたという結論となっているものもあります。

 今回、私たちがこのテーマを再検証しようと考えたのは、クーポン配布後にがん検診の受診率が上昇したことが、検診を無料にしたということによる効果なのか、それともクーポンと同時に配られたがん検診の受診を推奨するチラシも配られており、このチラシによって、「検診を受けないといけない」という動機づけが行われたという可能性もあるわけです。実際に海外で行われた研究では、こうした情報提供が受診率を高めたということを示す研究も存在しています。

 私たちが自治体単位のパネルデータを用いて、子宮頚がん検診の無料化の因果効果を検証したところ、無料化そのものは子宮頸がん検診の受診率に大きな影響を与えているとまでは言えないという結論になりました。

金銭面以外の障害軽減が重要

 がん検診にかかるお金を無料にするということはそのままがん検診を受けるときの障害を取り除くことになるでしょう。しかし、たとえ、がん検診を受けるときの金銭的な障害が取り除かれたとしても、「がんになった時のリスクやデメリットの認知」が足りなかったり、がん検診を受けるまでの金銭面以外の障害、例えば病院に行く時間の障害があった場合がん検診を受診するという判断がなされにくいと考えられます。ここから考えられることはがん検診の受診率を増加させるにはがんのリスクやデメリットの認知を広げることやがん検診を受けるまでの障害を軽減することを複合的に行う必要があるということです。また、がん検診を受けてもらうためにどのようなアプローチが可能かを理論やデータに基づいて考えていくことも重要でしょう。

 みなさんもそのうちがん検診受診を推奨される年齢になるでしょう。そのときみなさんは、がん検診を受診しますか?

(中室牧子・川中萌)

中室牧子・慶應義塾大学総合政策学部准教授は、教育経済学が専門。著書に『「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。最新刊は写真の津川友介との共著『「原因と結果」の経済学 データから真実を見抜く思考法』(ダイヤモンド社)