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佐渡島庸平・コルク社長が語る(下)「先生が生徒に学ぶ」灘高
上下ない校風、起業支える

佐渡島庸平・コルク社長が語る(下) 「先生が生徒に学ぶ」灘高上下ない校風、起業支える

 大人気漫画「ドラゴン桜」の編集者として知られる佐渡島庸平氏(38)が振り返る母校、灘高校(兵庫県神戸市)の思い出。漫画の中にも登場する勉強法で灘高に合格した佐渡島氏は、けっして優等生タイプではなかったが、灘高でも成績上位を保ち、東京大学にもストレートで合格。そんな佐渡島氏は、優等生の後輩たちにチャレンジすることの大切さを説く。

 灘高では、生徒が先生を教えることもあった。

佐渡島庸平・コルク社長 

 灘高でよかったと思うのは、まず、どの先生も基礎をしっかり教えてくれたことでした。

 例えば、数学なら同じドリルを何度も繰り返す。難しいことはやりません。灘高の生徒は、基本的に塾通いはしません。頭が良いからというわけではなく、学校できちんと教えてくれるので、受験対策のためにわざわざ塾に行く必要がないのです。

 もう一つ、灘高の良い点は、先生の生徒への接し方が、上から目線ではなく、非常にフラットなこと。こんなエピソードがありました。

 同学年に、国際数学オリンピックの日本代表にも選ばれ、誰もがあいつは一番賢いと認める生徒がいました。立川裕二君といって、彼は今、東大の研究所で物理学を教えています。若くしてすでに数々の賞を受賞、その世界では超有名な人物です。

 彼は、数学の授業で、しばしば先生の模範解答を上回る解法で問題を解き、みんなを驚かせていました。立川君もすごいですが、先生もすごいと思ったのは、生徒に負けて立つ瀬がないとは思わず、逆に、別のクラスで同じ授業をする時に、「前のクラスで立川君が素晴らしい解法を教えてくれたので、このクラスでは立川君の解法を教えます」と言って、先生の威厳にまったくこだわらないところです。その柔軟性には感心しました。

 こんなふうに、灘高には先生と生徒の間だけでなく、互いに相手を認め合う文化があります。他人への許容度が高い。だから逆に、みんな遠慮せず自分の意見を主張し合います。日本人は議論が苦手とよく言われますが、灘高生は議論することにまったく抵抗感がありません。

 今でも、灘高時代の友達と会うとすぐ議論が始まります。例えば、医者の友達と会った時に、「今、日本の医療制度って何が問題なの」と聞けば、相手はすぐに持論を展開し始めます。こちらが反論すると、さらに議論が盛り上がる。こちらの仕事に関して何か意見を求めれば、超外野的な意見をバンバン浴びせてきて、また話が盛り上がる。それがすごく楽しいですし、参考になることもよくあります。

 受験勉強せずに小説を書いていた。

「灘高出身の起業家は少ない。そのせいか互助意識のようなものがあって心強い」と話す

 小さいころから小説家志望でした。好きな作家は村上春樹氏。それで、村上氏と関係の深かった翻訳家の柴田元幸氏(現東大名誉教授)の翻訳作品もよく読むようになりました。私が高校生の時、柴田氏は東大の助教授をしており、将来は柴田氏のように大学で教えながら翻訳の仕事をするのもいいかなと思ったりもしました。それで、柴田氏に弟子入りしようと考え、東大の文学部を目指すことにしたのです。

 しかし、高3になっても、受験勉強にぜんぜん身が入りませんでした。それどころか、高3の夏には、文芸春秋主催の全国高校生作文コンクールに応募するため、せっせと短編小説を書いていました。

 コンクールは「文の甲子園」という名の通り、学校単位で、3人一組での応募が条件。しかし、私以外に誰も小説など書かないので、友達の名前を借りて、一人で3作品書いて応募したら、自分の名前で出した作品が個人賞をとりました。年明けに発表があり、3月の終業式の時に全校生徒の前で学校から表彰されたのを覚えています。

 学校宛てに贈られた確か20万円ぐらいの賞金も、学校のはからいで全額、私がもらいました。東大入学のために上京した時は、その賞金で買った自転車で友達と2人でツーリングしながら東京に向かうという、ずいぶん無謀なこともしました。

 話がややそれましたが、結局、東大の入試も、「ドラゴン桜」に出てくるような勉強法と受験テクニックでラストスパートをかけたら、何とかなったのです。

 東大卒業後、講談社に入社。週刊「モーニング」の編集者として「ドラゴン桜」や「宇宙兄弟」など数々のヒット作を担当。2012年に独立し、コルクを設立する。

 今は本が売れない時代といわれていますが、売り方次第です。時代が変わり、売れ方が変わっただけ。時代に合わせた売り方をすれば、まだまだ本は売れるはずです。

 その方法の一つとして、クリエーターのコミュニティーをしっかりと作り上げることが重要だと考えています。今までは、本を買う人はその作家のファン、買わない人はファンではない、という分け方しかしてこなかった。しかし、ファンには様々なタイプがいます。それをしっかりと把握して、普通のファンから熱狂的なファンに変えていくような仕組みをどんどん提供していければいいなと考えています。

 今は経営者ですが、ずっと小説家を目指していたくらいですから、経営はまったくの素人でした。そんな私にとって心強かったのが、灘高卒業生のネットワークです。

 灘高の出身者には医者や官僚は大勢いますが、起業家になる人は極めて少ない。しかし、このことが逆に、実業界にいる灘高出身者の間に強い連帯感や互助意識のようなものを生み出しています。

 例えば、灘高から東大法学部を経て投資家になり、ライフネット生命保険の立ち上げなどにかかわった谷家衛氏には、何度か相談に乗ってもらったことがあります。谷家氏は灘高テニス部の大先輩でもあり、今でもちょくちょくお世話になっています。

 他にも時々お会いする先輩が何人かいます。必ずしも直接的に助けてもらうわけではありませんが、そういう方たちが身近にいるというだけで非常に心強く感じます。しかも灘高生らしく、先輩後輩のかしこまった間柄というよりは、非常にフラットな雰囲気。過度な干渉もない。そういうところが、気が楽です。

 2度、母校で話をした。

 1度目は「ドラゴン桜」がヒットした時に声を掛けてもらいました。テーマは「東大に受かる勉強法」。灘高生相手にそんな話をするのはすごく嫌だなと思いました(笑)。

 2年前に呼ばれた時には、起業の話をしました。灘高生は医学部に進学する人が多いですが、医者になるなんてもったいない、世の中には新しい職業がどんどん生まれているのだから、既存の価値観や枠組みにとらわれず新しいことに挑戦してほしいと話しました。また、優秀な君たちだったら東大などという保守的な道ではなく、もっと違う道に進む選択肢もあるのではないかと問いかけました。非常に挑発的な内容でした。

 実際、灘高の生徒はみんな優秀なのに、その才能をもてあましているなと常々感じています。その才能をもっと生かしてほしい。そんなメッセージを込めました。
(ライター 猪瀬聖)[NIKKEI STYLE 2018年3月26日付]

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