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池上彰の現代史を歩く朝鮮戦争はいつ終わるのか

池上彰の現代史を歩く 朝鮮戦争はいつ終わるのか
テレビ東京提供
authored by 池上彰東京工業大学特命教授

 今回から「池上彰の現代史を歩く」と題する随時コラムを始めます。20世紀以降、世界を揺るがした戦争や事件の舞台を歩き、現場から見えることや関係者の証言などを伝えていきます。現代史の歩みを知れば、いま起きているニュースへの理解が深まるでしょう。若者たちが生まれる前、世界や日本で何が起きていたのでしょうか。1回目のテーマは「朝鮮戦争はいつ終わるのか」です。

いまも戦争の痕跡をたどることができる

田園風景をのぞむ臨津閣で、朝鮮戦争について解説する池上氏(中央、2017年12月)=テレビ東京提供

 「母に会いたい」「平和と統一への願い」――。赤色や黄色、緑色などカラフルな細長いリボンが鉄条網に結ばれ、身も凍るような冷たい風に揺れていました。リボンの表面には、離ればなれになった家族や友人への思いが書き込まれていたのです。

 私が訪れたのは韓国北部に位置する臨津閣(イムジンガク)。休戦ライン(軍事境界線)に近く、一部地域での撮影は禁止でした。それでも展望台からイムジン川とのどかな田園風景を望むことができました。当日はセ氏マイナス14度を記録。遠くの川は凍りついていました。

 かつて、この近くに韓国と北朝鮮を結ぶ鉄道が通っていましたが、今は使われていません。戦争で橋が壊され、橋脚にはいくつもの弾痕が残っていました。大破し、さび付いた蒸気機関車が、70年近く前の攻撃のすさまじさを物語っていました。いまも戦争の痕跡をたどることができます。

 「兄とは別れたまま。両親は亡くなるまで兄のことを思っていました」。ソウルで冷麺店を営む2代目のクォン・キスンさんは歴史に翻弄された家族の苦悩を語ってくれました。家族は北朝鮮出身で、戦争が始まると韓国へ避難したそうですが、その途中でお兄さんと生き別れになりました。

離散家族は推定で約1000万人

北朝鮮から避難した際、兄と生き別れになったという女性に話を聞く池上氏(右から2人目。ソウル、2017年12月)=テレビ東京提供

 クォンさんの年齢は70代後半。戦争当時は10歳くらいでしょうか。同じように離ればなれになった離散家族はおよそ1000万人と推定されています。関係者が高齢化する一方、韓国と北朝鮮の対立もあって、残念ながら家族捜しはうまくいっていません。

 そして「冷麺文化を韓国に広めたのは、私たちのような北からの避難民」とも教えてくれました。今では身近な食文化の陰にも戦争という悲しい現実があったのです。現場に出てみて初めてわかることがたくさんあるものですね。

 人々がいまも望郷の思いに苦悩し、消息の知れない肉親への悲しみに暮れるのも、朝鮮戦争が終わっていないからです。若者は一部の例外を除いて2年程度の徴兵制に応じる必要があります。東京工業大学の私の講義を取っていた留学生も軍隊に入りましたし、人気のK-POPグループのメンバーも例外ではありませんでした。

 戦争が終わっていない現実はほかにもありました。道路に大きな石垣が築かれ、その上に巨大な障害物が組み込まれていました。これは北朝鮮の戦車部隊の侵攻を抑えるため、爆破して道路を使えなくする仕掛けなのです。

 また、北朝鮮から兵士が韓国側に侵入するために掘られたという地下トンネルの実物も見ることができました。いわゆる「南侵トンネル」は4本が確認されていて、脱北者などによれば「二十数本ある」という証言もあるほどです。

 朝鮮戦争が起きたのは1950年6月。第2次世界大戦後、半島の南側に大韓民国、北側には朝鮮民主主義人民共和国が建国されましたが、武力統一を目指す北朝鮮の金日成首相が奇襲攻撃をかけたのです。

 攻防が一進一退を繰り返す過程で、北朝鮮をソ連と中国が、韓国を米国中心の国連軍がそれぞれ支援。衝突が拡大していきました。事態打開のため、一時は米軍による原爆使用も検討されたほど。犠牲者は300万人以上ともいわれます。53年に休戦協定が結ばれたものの、いまも終わっていないのです。

悲劇の背景に東西冷戦

北朝鮮軍兵士による亡命事件の後、厳しい警備体制が続いていた板門店(2017年12月)=テレビ東京提供

 この悲劇の背景には、第2次大戦の終結前に強まり始めていた米ソの緊張と対立が生んだ「東西冷戦」がありました。日本による支配が終わった朝鮮半島に、そもそも2つの国家が誕生してしまったのも両陣営の思惑が大きく影響していたのです。欧州ではドイツは東西ドイツに分割されてしまいました。

 4月27日には南北首脳会談が開かれました。北朝鮮は米国を攻撃対象にするとミサイル発射実験や核実験を繰り返してきました。体制を維持したいのが本音でしょう。韓国は南北統一に向け、具体的な交渉を引き出せるかこれからが正念場です。

 両国を別の角度から捉え直してみれば、それぞれの背後には米国陣営とロシア・中国陣営という東西冷戦にも似た構図が見えてきます。半島情勢の未来に大国の利害が絡んでいる事情はいまも変わりないのです。

 米ワシントンには「朝鮮戦争戦没者慰霊碑」があるのをご存じですか。ステンレス製の19体の兵士像をよく見ると、その表情には恐怖や疲労が強く映し出されていました。この像をつくった作者は、きっと、戦争のむなしさ、悲しさを後世に残したかったのかもしれません。

 米国のトランプ大統領はこの慰霊碑を訪れたことはあるのでしょうか。せめて、米朝首脳会談の前にはこの像の前に立ってほしいと思います。戦争によって人々がいまも苦しんでいることを知ってほしいのです。

若者たちが生まれる前の歴史

 東西冷戦が終わっておよそ30年がたちました。高校生や大学生の君たちが生まれる前の出来事ですから、もはや教科書で知る歴史でしょう。私も今回の取材で韓国と米国の現場を歩き、新たに知ったことや改めて気付いたことがたくさんありました。

 ところが高校までは授業時間の制約もあって第2次大戦以降の歴史をほとんど学ばなかった若者も多いはず。現代につながる歴史を知らなければ、いま起きているニュースへの理解が深まりません。

 歴史には因果関係があります。歴史はいくつもの出来事が積み重なって、かたちづくられます。そこには人間が大きく関わっています。人間の愚かさや賢さ、弱さや強さを知り、世界の成り立ちを振り返ってください。歴史は決して暗記科目ではないのです。

取材メモから
(1)朝鮮半島の南北に分断された同じ民族が戦い、今も終わっていない。
(2)背景には米国とソ連の対立が生んだ東西冷戦が関わっていた。
(3)日本にも警察予備隊の創設や経済復興などのきっかけになった。

◇    ◇

〈お知らせ〉 コラム「池上彰の現代史を歩く」はテレビ東京系列で放映中の同名番組との連携企画です。ジャーナリストの池上彰氏が、20世紀以降、世界を揺るがしたニュースの舞台などを訪れ、町の表情や人々の暮らしについて取材したこと、歴史や時代背景に関して講義したことを執筆します。

[日本経済新聞朝刊2018年4月23日付、「18歳プラス」面から転載]

※日経電子版に「現代史を歩く」「大岡山通信」「教養講座」を掲載しています。

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