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池上彰の大岡山通信 若者たちへ大学で学ぶことの意義―新入生、まず疑うことから

池上彰の大岡山通信 若者たちへ 大学で学ぶことの意義―新入生、まず疑うことから
authored by 池上彰東京工業大学特命教授

 新入生諸君、入学おめでとう。期待と不安を抱いて新生活を始めたことでしょう。先日、東京工業大学の新入生に、「大学で学ぶことの意義」や「人生をかける志」について話をしました。そこで文系、理系の学生を問わず、自ら学ぶことについて考えてみましょう。

◇ ◇ ◇

 中学校や高校では、文部科学省の学習指導要領にもとづき、基本的な学力を身につけるという目標がありました。大学にはありません。専攻分野について自ら問いを立て、その答えを探していかねばなりません。だから、「生徒」ではなく「学生」と呼ばれるのです。

 私は2012年から東工大でニュースの視点を大切にしながら現代史を教えてきました。その中で気づいたことがあります。「学生たちは教授が考える正解を必死に探しているのではないか」という疑問です。

新入生を前に「大学で学ぶ意義について」講演する池上氏(4月5日、東工大大岡山キャンパス)

 期末試験でのこと。ブータンが国民の幸せの尺度として取り入れている「GNH(国民総幸福量)」をテーマに、論述してもらいました。GNHとはお祈りや瞑想(めいそう)の時間、地域の祭りへの参加など、ブータンが幸せの尺度として重視しているものです。

 ほとんどの学生たちが大切だと考える例を選び出して考察しました。私は出題そのものに疑問を投げかけてほしいと期待しました。幸せの尺度というのは主観的で、感じ方は人それぞれだからです。2人の学生が出題自体に疑問を投げかけてくれました。もちろん高く評価しました。

 どうして結論ありきなのか。受験教育の中で、選択肢から効率よく正解を見つけ出す技術を学んできた弊害ではないか。いつの間にか、出題者の意図を探る「空気を読む」姿勢を身につけてしまったのではないか、ということです。

 そうだとすれば、実に残念なこと。今風にいえば、講義室や研究室では、忖度(そんたく)しないでくださいということになるでしょうか。

 東工大ではノーベル賞級の評価につながる可能性がある最先端の研究や理論に触れることができます。ただし、学界の少数派や、やがて消えてしまう研究かもしれません。「絶対に正しいこと」とは限らないのです。

 そうであれば、教授の研究や理論をうのみにすることは、ひょっとすると危険なことかもしれません。まず教授の問いかけそのものを疑ってみること。批判精神を持ち、教授と繰り返し議論をしてほしいと思います。

◇ ◇ ◇

 私が東工大教授になったきっかけは、東日本大震災で原子力発電所の爆発事故が起き、大学教授ら専門家の解説がわかりにくかったこと。専門用語を使って解説しようとした結果、視聴者にわかりにくくなり、逆に人々の不安を増幅させてしまったのです。

 このとき、日本の理系と文系の間に深刻な断裂があると感じました。この断裂をカバーする橋渡しができないものかと考えるようになったのです。還暦を過ぎ、私なりの社会への貢献を考えていた時期でした。

 君たちにアドバイスするとすれば、将来起こりうる変化に耐えられる力、自ら課題を乗り越える力をいまの時期に養ってほしいのです。

 人生は明確な正解の無い難題ばかり。君たちが自ら問いを立て、答えを求めて学ぶことは、人生の岐路に立ったときに答えをみつけ出す力にもなるでしょう。

[日本経済新聞朝刊2018年4月30日付、「18歳プラス」面から転載]

 ※大岡山は池上教授の活動拠点である東京工業大学のキャンパス名に由来します。日経電子版に「現代史を歩く」「大岡山通信」「教養講座」を掲載しています。

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