「無名企業の呪縛」解き放って~就活生の親の心構え
人事部の視点(10)
私は高知大学特任教授の中澤二朗です。と同時に、就活経験のある息子3人の父親であり、一昨年までは企業人事にたずさわっていました。
さて、ずばり。保護者の方の最大の関心事は"無名企業問題"ではないでしょうか。
子の行く末を案ずるのが親。であれば、誰もが心の片隅で、少しでも大きな名のある企業に入ってほしいと願う気持ちに戸は立てられません(そこには、多少の見栄や世間体もあるかもしれませんが...)
大半は無名企業に入る
とはいえ、次にみるように、大手企業に入るのは決して楽ではありません。
(1)有効求人倍率
第8回「人事の視点」において、こんな「大学求人倍率調査」(2018年3月卒業生、リクルート)が紹介されていました。
「売手市場」の時代にあっても、大手はいつも「買手市場」のようです。
(2)超上位校だけで人気企業は満杯!?
それでもピンとこない方には、やや古いデータですが、こんな数字をあげたらどう受け止めるでしょうか(海老原嗣生著『就職、絶望期』扶桑社新書、2011年、概数)。
・企業採用数:人気大手2万人(全体の4%)、主要大手5万人、無名大手・中堅中小25~30万人
・超上位校卒業生:4.4万人(東大・京大0.6、旧帝大1.5、早慶1.8、一橋・東工大・東外大0.5万)
要するに、人気大手の採用数2万に対し、超上位校だけでそれに倍する4.4万人が押し寄せる計算になっているということです。もう、それだけで満杯。全国764大学の他の学生はどうなってしまうのでしょう。
(3)欧米比較
ちなみに、次は1学年のあたりの学生数(学部生)の欧米比較です。
・フランス:グランゼコールは500名
・日本:東大・京大とも各3500名、早稲田10500名、慶應6500名
であれば、欧米の学費無償化が進むのもうなずけます。学費に頼る必要がなければ、落第、中退を辞さない厳しい教育も可能になるはずです。
無名企業の存在価値
では、ひるがえって、そもそも、無名企業や中小企業に存在価値はないのでしょうか。
そんなことはありません。日本には380万を超える企業があり、その内中小企業は、事業所ベースで99.7%、従業員ベースで7割を占めています。
さらには、次のような数字を考えあわせると、GDP500兆円に達する経済大国の礎は中小企業によってささえられていることを痛感します(後藤康夫著『中小企業のマクロ・パフォーマンス』日本経済新聞出版社、2014年)。
・付加価値額:54.0%(2012年度、財務省)
・設備投資:34.6%(2012年度、財務省)
・海外輸出:38.2%(2012年度、中小企業庁)
無名企業と生きがい
さらに、もう一つ。ここからは青臭い議論で恐縮ですが、どんな会社のどんな仕事も「天職」であると言ったら驚かれるでしょうか。
実は、こう言い放ったのは他でもない、1517年に宗教改革を起こしたドイツの神学者・ルター(1483-1546)です。それまでの職業観は、仕事は卑しい人のするものだと考えられていましたが、それをルターは180度引っくり返してしまいました。
どういうことでしょう。簡単にいえば、人は仕事を通して周り(傍はた)を幸せ(楽<らく)にしている。すなわち、「働く」=「傍楽」(隣人愛の実践)であるということです。
だから、その見返りに「おカネ」もさることながら「ありがとう」の言葉をもらい、ひいては"はり"や"はりあい"を感じて生きがいをもって生きていける(図、参照。拙著「『働くこと』を企業と大人にたずねたい」東洋経済新報社より)
であれば、仕事に貴賎があるはずはありません。そこに会社の大・小も、有名・無名もありません。そう考えなければ辻褄があいません。
私たちは、そろそろ「無名企業の呪縛」から解き放たれたいものです。そうしなければ7割、4000万人近くの働く人たちは救われません。いや「天職」に就いているのに「天職」を実感することができません。
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