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手から、地から(2)高知・打刃物~技を極めるのは使い手のため

手から、地から(2) 高知・打刃物~技を極めるのは使い手のため
authored by 柳谷直治埼玉大学経済学部4年

 私は高知県四万十町を訪れました。自然豊かなこの町には最後の清流とも呼ばれる四万十川が流れ、人々はそれを中心に生活し、文化を形成してきました。清らかな水が流れるのは、豊かな山があるからこそ。昔からこの地に住む人々は生態系として山へ入り、狩猟や林業を生業として暮らしてきました。そんな背景の中で発展したのが山へ入っていくのに必要な刃物を作る「鍛冶屋」です。

勝秀鍛冶屋

 まずお話を聞かせていただいたのは勝秀鍛冶屋二代目・松村幸作(80)さんです。ここ勝秀鍛冶屋では、「自由鍛造」という鍛造方法によるモノづくりが行われています。

 まず鍛造とは、金属部分(鉈でいう刃や輪)を熱し、打ち、形作る作業の事を指します。現代における鍛造方法の多くは機械でのプレスによる量産や、手作業であっても一つの種類しか作らない、または作れない鍛造方法です。

 一方自由鍛造は、職人が手作業で鍛造し、注文に応じて様々な品物を作ることが出来る鍛造方法です。ここ四万十町にもかつては自由鍛造を行う9軒の鍛冶屋がありましたが今は「勝秀鍛冶屋」1軒を残すのみです。大量生産の波に押され、自由鍛造を行う鍛冶屋は全国的にも減り続け、同様に技術が失われ続けています。

 松村さんは「うちみたいなモノづくりは人に笑われるけんど」と言います。そうおっしゃるのは、柄や鞘なども自らの手で作ってしまうからです。もちろん、鍛冶屋の命は刃。土佐の鍛冶屋も時代の流れとともに効率を求め、木製である柄や鞘(さや)の部分は木工職人に任せることが多くなりました。

松村さんは柄や鞘なども自らの手で作ってしまう

 しかし、この工法だと刃を柄や鞘に合わせなくてはいけないため、刃を最大限に活かすことが出来ないそうです。そのため、松村さんは柄や鞘まで自ら手掛ける工法を変えず、刃の持つ力を引き出し、使い手の使いやすさを最優先にするのです。

 まず刃を打ち、そして刃に合う柄や鞘を木から削り出す。なんとその木材も自ら山で調達します。柄や鞘まで作る鍛冶屋は全国的にも稀であり、そんな松村さんが作る腰鉈(こしなた)を求める人は多く、現在は生産が追い付いていない状態です。

職人の姿勢

 「大した職人じゃないぞわしは~」と話す松村さんですが、この一言に職人のモノづくりに対する姿勢が集約されているのではないでしょうか。私は今までに100人近くの職人にお会いしてきましたが、「自分が一番だ。」という職人にお会いしたことはありません。松村さんは「評価するのは使い手。使ってみないといいモノかはわからない。」と言います。これは謙遜ではなく、真摯さから紡ぎ出される言葉なのだと思います。最初に考えるのは使い手のことであり、飽くなき探求心で道を極める職人の手から生まれるモノはオーラさえ感じます。

鍛冶屋を志し四万十へ

菊池さんが鞘を作る様子

 続いてお話を伺ったのは、地域おこし協力隊として3年前に四万十町へ移住した神奈川県出身の菊池祐(33)さんです。自然豊かな環境での生活、なにより鍛冶職人への憧れから勝秀鍛冶屋の見習いをなさっています。現在、伝統工芸産業の後継者不足が叫ばれていますが、この原因は職人を志す若者が減っているということだけではなく、受け入れ側である職人の負担が大きいということもあります。

 松村さんもかつて若い人が弟子入りしたいと言ってきても、受け入れることが出来なかったそうです。職人としてある程度の仕事ができるようになるまでに長い時間がかかるという職人の世界だからこその障壁ということが出来るでしょう。その点、菊池さんは「3年と限られた期間ではあるが、地域おこし協力隊として行政から支援を受けながら現役の職人の下で学べることは大きい」と話します。

地域の一員として、職人として

 「鍛冶屋の後継者として来ているが、鍛冶屋の仕事をしているだけではダメだと思っている」と菊池さんは話します。四万十町では菊池さんはいわゆる"よそ者"。「地域の一員として地元行事なども盛り上げたい」という思いは地域に活力を与えることでしょう。

 松村さん曰く「一人前の鍛冶屋になるには時間がかかる」。菊池さんに厳しい要求をする松村さんですが、それは菊池さんに一人前の鍛冶屋になって欲しいという思いからです。その思いに応えようと、地域おこし協力隊の3年間という任期を今年3月に終えた菊池さんは、勝秀鍛冶屋で見習いを続けながら自らの工房を建てる予定です。「ここのように小さな工房にする」と話すその意図は、手仕事だからこそできるいいモノづくりを続けるために、大きな機械を置くスペースを持たないということだそうです。

伝統を守るのではなく、技術を繋いでいく

左から筆者、松村さん、菊池さん

 お二人のお話を伺うなかで感じたのは、伝統というものへの固執ではなく、いいモノを使い手に届けるという心です。伝統工芸は遺産ではありません。何百年と昔から続く、人々の暮らしには欠かせないモノづくりが今日においても息づいているというだけのことです。そのモノづくりも変化することなくここまで来たのではなく、人々の暮らしに合わせて変化してきました。先人がそぎ落とし、蓄積し、絶えることなく受け継がれてきた技術こそ、日本が持つ魅力の原石の一つだと思います。

 モノと情報に溢れたこの時代に生まれた私たちが、この原石を磨くも砕くもまず、「歴史があるものだから良い」、「古いものだからダメ」という断片的な視点でとらえるのではなく、その背後にある本質と物語に目を向けることから始まるのではないでしょうか。

勝秀鍛冶屋
〒786-0504
高知県高岡郡四万十町十川233-2
TEL:0880-28-5429