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夢は青くて巨大な鉄の塊(5)記憶が作る私。記憶が作るドラえもん。

夢は青くて巨大な鉄の塊(5) 記憶が作る私。記憶が作るドラえもん。
authored by 大澤正彦全脳アーキテクチャ若手の会設立者・フェロー、慶應義塾大学大学院理工学研究科後期博士課程

 前回まではHuman-Agent Interaction(HAI)の概論やテレプレゼンスロボットの研究について紹介しました。今回からは、"記憶"というキーワードを使ってお話しして行きたいと思います。

記憶:自分を自分たらしめているもの

    世界が5分前にできたものだとしたら?

そんなわけはない。と、ほとんどの人が思うはずです。だって、5分以上前だって、私はこの世界を生きていたのだから。

    自分が持っている記憶が、
    誰かに植え付けられたものだったら?

 やはり、そんなわけはないと思いますが、今度はなかなかそれを否定することができなくなってしまいます。

 実はこれは、バートランド・ラッセルという方が提唱した世界五分前仮説という有名な思考実験です。この問いは、私たちの本質は何かと改めて考えさせられるきっかけを与えてくれます。

 キーワードは、記憶です。私が、私だと思うのは、私としての記憶があるからだ。ということに気づかされるわけです。

記憶:他人を他人たらしめているもの

 ドラえもんはどら焼きが大好き。それはほとんどの人がよく知っているドラえもんのパーソナリティです。一方で、ねずみが大嫌い。どら焼きやねずみに、喜んだり怖がったりするドラえもんの姿を見て、「どら焼きを見たら喜ぶようにプログラムされている」「ねずみをみたら怖がるようにプログラムされている」と感じる人は少ないと思います。きっと以前、どら焼きを食べて、美味しくて幸せになったことを覚えているからどら焼きを喜ぶし、ネズミに耳をかじられたトラウマが忘れられないからネズミを怖がるのだろう。と、そう無意識に思っているはずなのです。

 自分に記憶があるように、他人にも記憶があるということを私たちは無意識に想定します。ドラえもんのパーソナリティに魅力を感じる時、いつも私たちは暗黙的に彼の"記憶"に関わる能力が重要な役割を果たしているような気がしていたのでした。

記憶:私たちを私たちたらしめているもの

 例えば風邪を引いた時。誰にそばにいて欲しいでしょうか。のび太くんが風邪を引いた時、ドラえもんは心配して、看病してくれるはずです。彼らもそれをきっと幸せなことと感じていて、私たちもそんな彼らの姿を見てほっこりします。でも自分が風邪を引いた時に、ロボットに看病されたらどうでしょうか? なかなかポジティブな気持ちになれる人はいないのではないでしょうか。私ならきっと、ロボットのスイッチをそっとオフしてしまうでしょう。

 この違いは何にあるのでしょう。私はそこにも記憶というものが深く関わっていると感じました。

 ドラえもんとのび太はお互いが一緒に過ごしてきた記憶があって、相手を大切な存在と記憶しているから、助け合いそれを幸せに思うのだろうと。人間同士でも同じです。関わって、相手を自分にとって大切な存在と記憶することは、きっと極めて重要なことだと思うのです。

 最後の話は少しわかりにくかったかもしれないので、具体的な研究事例を紹介しましょう。

ドラえもんへのヒントを与えてくれた"ITACO"システム

 私が惹きつけられた研究の中に、"イタコ"システムというものがあります。タブレット端末などでちょっとしたミニゲームをして遊び相手を務めたキャラクターが,別のタブレットに乗り移ったり、電気をつけてとお願いすると電球に乗り移ってスイッチをつけたり、時にはロボットに乗り移ったりもします。

 面白いのは、そのキャラクターと接した人の反応です。単体のキャラクターが常に自分の相手をしてくれていると、徐々にそのキャラクターに人は愛着を感じ始めます。

 例えば、北海道大学の小野先生の研究では、こんな実験をしたことがあるそうです。実験参加者がキャラクターとコミュニケーションをとっている過程でテーブルランプにキャラクターが乗り移っている時に、第三者が現れて「まぶしいので電気を消してもらえますか?」と言って、実験参加者に電気を消させます。すると、キャラクターは消えてしまって、もう二度と実験参加者の前に現れない。実験参加者はどう感じたのでしょうか。実験参加者は、「とんでもないことをしてしまった」と言って驚くほど悲しんだそうです。

 私はこの話を聞いた時、正直驚きました。ドラえもんとのび太の関係を作り上げたいと思っていましたが、もう一部できてしまっていると感じました。人間が本当に感情移入して愛着を持てるロボットが、条件をうまく作ってさえあげれば、もう実現しているということですから。

ドラえもんには記憶が必要!

 いつか自分が作ったドラえもんが、自分自身のことをドラえもんと認められるために。人々が、ドラえもんをドラえもんと認め、ドラえもんが私たちのことを私たちとして認めてくれるために。そしてドラえもんと私たちが友達であることをお互いに認め合うために。どうやら"記憶"というものが重要なようです。

 今回は少し抽象的な話が多くなってしまったので、次回以降でもう少し具体的な話に深めていこうと思います。