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池上彰の大岡山通信 若者たちへ現代を生き抜く(下)―信頼は人間関係の土台

池上彰の大岡山通信 若者たちへ 現代を生き抜く(下)―信頼は人間関係の土台
authored by 池上彰東京工業大学特命教授

 今回も就職活動中の学生たちや、今春、働き始めたばかりの若者たちにアドバイスを贈ります。テーマは人間関係。人のつながりが希薄になったといわれますが、人との関係は組織や社会で生きていく上でとても大切なポイントです。

◇ ◇ ◇

 フリーになった後、戦争を考えるテレビの特番をつくる取材で思いがけない再会をしました。旧日本軍の特別攻撃隊の元乗員へのインタビューでした。特攻隊というのは、戦時中、爆弾を積んだ戦闘機などで米国艦船めがけて体当たりした攻撃のことです。

 実は、この元乗員は、私がNHKで警視庁担当だった際の幹部でした。これには驚きました。特攻隊の体験など聞いたことがなかったからです。

「人に会い、説得することから信頼関係は生まれる」(池上教授と東工大生)

 なぜ、話をしてくれることになったのか。「戦争中の仲間が高齢になり、亡くなる者も増えている。あの時代のことを誰かが言い残さなくてはならないと思うようになった」。彼はこう答えてくれました。

 豊かになった日本の若者たちが、再び戦場に駆り出されることがあってはならない。死と背中合わせだった日々の経験を伝えなければいけないと考えるようになったというのです。20~30年ぶりの再会でしたが、相手も私のことをよく覚えていてくれました。互いに懐かしさも手伝って、戦時中の心情や本音を聴くことができました。

 NHKの記者時代、新聞各社あるいは民放と取材競争があります。つかんだ情報をいち早く報じたい気持ちはありました。でも、取材が常に記事になるわけではありません。裏付け取材や取材先を守ることも大切です。いい加減な取材では信頼できる取材先を失ってしまうでしょう。

 もちろん記者の仕事とあなたが働く会社の仕事は全く異なります。それでも仕事の基本は、人に会い、説得し、信頼関係を築くことから始まるのではないかと考えています。それは一朝一夕ではかないません。

◇ ◇ ◇

 もう一つ伝えたいのは、信頼関係を築けるかどうか、人を見極める力を自分自身で鍛えてほしいということです。ただ、人間関係づくりにマニュアルはありません。

 電子メールやSNS(交流サイト)が普及し、便利な時代にはなりました。それでも大事なことを伝えたり、人を説得したりするには、直接、相手の顔を見ながら話をすることが大切です。あなた自身の姿勢を伝えることにもなるからです。

 もちろん自ら判断することや、人間関係に悩むこともあります。そんなときのために相談できる先輩や友人をつくっておくことも必要です。

 自身の体験だけでは限界もあるでしょう。そんなときは新聞コラムや本が生き方のヒントになってくれる場合があります。本紙連載の「私の履歴書」は、若いころ「誰が読むんだろう」と思っていたのですが、いま読むと、貴重な体験集です。

 いま、人と人との関係をめぐって大きな変化の波が押し寄せています。社会や組織のモラルが問われています。かつては見逃されてきたようなパワハラやセクハラといった問題に対して、勇気を持って批判の声を上げる人々が増えてきていることです。

 コンプライアンス(法令順守)といった法律上の問題だけではありません。人間としての生き方が問われるのです。

 健闘を祈ります。

[日本経済新聞朝刊2018年6月4日付、「18歳プラス」面から転載]

 ※大岡山は池上教授の活動拠点である東京工業大学のキャンパス名に由来します。日経電子版に「現代史を歩く」「大岡山通信」「教養講座」を掲載しています。

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