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liberal arts-大学生の常識

20年後から見る職選び(10)AI時代に重要性増す教育産業 

20年後から見る職選び(10) AI時代に重要性増す教育産業 
authored by 戸崎肇首都大学東京特任教授・経済学者

 6月1日、就活の面接が解禁となりましたが、今年は売り手市場ということもあり、早々に内定を出している企業も多く、多くの学生の皆さんは様々な情報に振り回されているようです。筆者から見れば非常に気の毒に思っています。しかし、内定をもらったからといって、それで一生が安定する時代は終わりました。時代状況が大きく変化し、特にAI(人工知能)を始めとする近年の情報革命は、仕事の在り方、そして就業形態を大きく変化させる可能性をもたらしました。シンクタンクなどはこれから20~30年後になくなってしまう職業について予測しています。

 そこで本連載では、そうした中でどのような職業が今後有望であるかを考えてきました。もちろん、それもあくまで推測に過ぎません。技術進歩は現時点では予測できないほど急速に進展するでしょうから、その変化をその時々で敏感にとらえ、ビジネスに取り入れ、あるいは起業していくセンスこそが生き残りの鍵なのです。

 とはいえ、今後もその重要性が変わらず問われることになるのが教育です。そこで、この連載の最終回として、教育という職業について考えていきましょう。

大学破綻、予備校も変化迫られる

 日本の人口はどんどん減少しており、2050年代には1億人を割り込むことと予測されています。そのような中、各教育機関、とりわけ大学は苦しい経営状態にあるところが多く、今後地方の私立大学を中心に多くの大学が経営破綻していくだろうと見られています。また、それに伴い、予備校なども従来のようなマスプロ的授業を見直し、個別化など、様々な工夫をして顧客の取りこみに奮闘しています。

 その一方で、義務教育(ここでは高等学校も含む)の現場では、授業負担に加え、保護者対策、クラブ活動のサポートなど、過剰な労働負担を強いられている実態が問題となっています。

 このような状況に鑑みれば、果たして教育職に本当に明るい未来はあるのかと思われるのも当然だと思います。

 しかし、子どもの教育自体は行われなくなることはありません。子どもが生まれてくる以上、何らかの教育が社会制度として施されなければならず、それを家庭だけで行うというのは、よほどの特殊ケースでない限り不可能です。それに、仮に家庭内だけで行った場合、子どもにどのようにして社交性、社会との関わりを認識させ、その意識を高めていくかということを教育していくことは極めて難しいのではないかと思われます。

 一方、少子化という現象そのものを完全に否定することはできません。子どもを産まないという選択は、何も経済的事情だけのことではなく、夫婦がどのような夫婦生活を理想とするかという思想にも起因するからです。「子どもを産まなければならない」というのは、今では批判にさらされる言説となっています。

 そうであればこそ、生まれてくる一人一人の子どもの価値は高く、彼らに少しでもいい教育を受けさせてあげたいという欲求は、その親たちだけでなく、社会全体の希求にもなってきます。これからの日本を支える人材はますます限られてくるのであり、彼らの能力によって、親世代の老後の生活も変わって来るといっても過言ではありません。

AIは味方

 そして、ここでAIという強い味方も現れてきました。補助的教育手段としてAIは相当に有望な存在となってくるでしょう。学習指導の補助的役割、学習結果の評価、そして改善提案など、AIを活用できる可能性は極めて高いと断言できる状況になりました。人間の教師は、AIの力を借りながら、個々の児童・生徒の動向に注力できるようになり、きめ細かい教育・指導を行うことができるようになるでしょう。また、クラブ活動の指導により注力したい教員にとっては、そのための時間的余裕が与えられることでしょう。そして、この分野こそ、人間としての情操を育むという、AIが取って代わることのできない重要な分野なのです。

 また、人生の複線化、つまり、多様な人生設計がますます可能となる将来に向け、そのためのキャリア形成に必要な教育需要は増大していくはずです。そして「学び」は生き甲斐形成にもなります。高齢者も学び、博士号まで取得するような時代になったのです。学びを通して認知症の進行も抑えられるでしょう。学びは社会全体を活性化する力を持っているのです。そして、学ぶ対象には限りがありません。どんなことでも興味を引く要素があり、それを教える体制を構築すれば、誰でもが容易に起業できます。何といっても、いまやインターネット社会であり、インターネットを通じた教育プログラムを作れば、それほどお金を使うことなく、無限の成功のチャンスを拓くことができるのです。筆者もいずれはこうしたベンチャーを起こすことを目標に頑張って人間観察を重ねています。

 さて、この連載は今回を持ちまして終了いたします。日経カレッジカフェを通じた学生の皆さんとの触れ合いは、どのような形でも有難い勉強の場であります。私自身、これから後どれほど教育に携わることができるか全く不透明ですが、教育という職を経験できたことは大きな人生の糧となったと明言できます。皆さんは会社に入っても、後輩を「教える」という立場にいずれ就くはずです。是非、今度は「教える」立場の視線をもって、日々の暮らしを見直してほしいと思います。ではまたどこかで。