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ジュリアード@NYからの手紙(10)カーネギーホール演奏記
~指揮者の仕事はプロジェクトマネージャー?

ジュリアード@NYからの手紙(10) カーネギーホール演奏記 ~指揮者の仕事はプロジェクトマネージャー?
authored by 廣津留すみれバイオリニスト

 この春、私の所属するジュリアード・オーケストラが新指揮者のデビッド・ロバートソンのもと、NYのカーネギーホールにてコンサートを行いました。外は大雪が降る中、客席数約2800の大舞台でとても気持ちよく演奏しました。今回は、日本でも活躍した世界的指揮者ブーレーズの弟子でもある彼のインタビューの抜粋とともに、カーネギーホールでの演奏記をお届けします。指揮者の仕事は、言わばプロジェクトマネージャーかつ総監督のようなもの。皆さんの仕事にも当てはめてお読みいただければ幸いです。

音楽の殿堂で新指揮者のお披露目コンサート

4月の大雪の中に佇む本番当日のカーネギーホール

 4月の大雪という異常気象の中、私たちジュリアードオーケストラが向かったのは音楽の殿堂、カーネギーホール。クラシック界の名手たちで、ここで演奏したことのない人はいないでしょう。1891年の創設以来、これまでに数々の名演を生み出してきました。

 今回は来年度(9月)から新しくジュリアードでの常任指揮者に就任するデビッド・ロバートソンのお披露目のコンサートでした。今回のメインの曲目は、ドボルザークの言わずと知れた名曲、「新世界より」。映画やCMに使われたり、小学校の下校の音楽に使われたり、とクラシックの中でも特に有名な曲です。皆が既に知ってる曲だからこそ、指揮者にとって自分のスタイルを団員に理解してもらうのが難しくもあり、手腕が試される曲でもあります。

 さて、ジュリアード音楽院でのオーケストラリハーサルは、だいたい本番2、3週間前に始まり、週3ほどのペースで行われます。最初のリハーサルでざっとすべてを通してみて曲全体の雰囲気をつかみ、そこから細かいところを直します。一般的なオーケストラのプログラムは大抵、1曲目に15分ほどの序曲、2曲目にソリストを迎えて30分ほどの協奏曲、そして休憩を挟んで3曲目に大曲、というバランスで組まれます。その3曲を限られた期間でどう仕上げるか、スケジュールを組むか、どこまで細かいところまで直すのか、これが常に指揮者にとっての課題です。

ジュリアードオケでの最後の演奏、残響に酔いしれる

 冒頭で「指揮者の仕事はいわばプロジェクトマネージャーのようなもの」と述べましたが、これがその理由です。締め切り=コンサート本番までに、総勢100名ほどのオーケストラ団員を1つにまとめあげなければなりません。かなり複雑なプロセスを簡単に説明すると、

  1. 学校のオーケストラ部門とスケジュールを作成し、どの曲を何時間リハーサルするか決める
  2. リハーサルを通してコンサートマスターを中心に全楽器パートと言語&非言語コミュニケーションを取り、細かい所を直しながら演奏をまとめる
  3. 本番までに全曲を完璧に仕上げて、最高の演奏をする

 もちろん、楽曲を完璧に研究すること、団員一人一人を把握すること、など他にも同じくらい重要なことはこれ以外にも数えきれないほどありますが、締め切りの日が完全に決まっていて、その日を目標にリハーサルの分量を調整することなど、マネージャーの仕事と似た所があります。時には完璧なレベルに到達することを諦めて、他の曲のリハーサルをしなければいけない場合もありますし、ある1箇所のニュアンスにこだわりすぎてはリハーサルが進まず予定に間に合わないこともあります。マネージャーとしての仕事かつ、最高のクオリティの演奏をするという音楽家として最も大事な任務の両方を背負うのが、指揮者なのです。

カーネギーホールの舞台にて Photo: Nan Melville

 そんな中、私が彼のリーダーシップのスタイルでとても素敵だと思ったことがいくつかありました。1つ目は、毎回リハーサルが始まる前に各セクションを回って挨拶をしていたこと。時間ぴったりにただ指揮台に立ってすぐリハを始める指揮者が多い中、彼は団員一人一人のことを気にかけていることを行動で表していて、気持ちよくリハーサルを始めることができました。2つ目は、リハ中に自分の過去の経験談や笑い話を混ぜていたこと。これは彼の温和な人柄だからこそできることですが、これによって雰囲気を和ませて団員の信頼を勝ち得ることで、スムーズに彼の意思を伝えられていました。リーダーシップにも色々ですが、完全トップダウンで指示する伝統的なスタイルよりも、皆と協力して作り上げていくスタイルの方が今日では支持されやすい印象を受けました。

 演奏会は大成功で、当日のステージリハーサルから本番まで、他のホールとは格段に違う素晴らしい残響に酔いしれながら私も当日を終えました。特に、私にとってジュリアードオーケストラとして演奏する最後のコンサートだったこと、「新世界より」がかなりドラマチックなこと、そして今までどれだけの演奏家がここで伝説を生み出してきたかと終演後のステージで色々なことを考えると、感動で涙がこぼれそうでした。

◇ ◇ ◇

音楽は双方向の意見を受け入れあって初めて成り立つジュリアード常任指揮者 デビッド・ロバートソン氏に聞く

メトロポリタン歌劇場の楽屋で話すマエストロ・ロバートソン(筆者撮影)

 さて本番1週間前に、指揮者デビッド・ロバートソンのメトロポリタン歌劇場での楽屋を訪ねてインタビューを行いました。彼のスタイルが垣間見れる抜粋の日本語訳をここに掲載します。英語のフルバージョンはこちらから読めます:http://www.citizenpenguin.com/maestro-robertson-interview/

廣津留 団員ひとりひとりが意見を言うと、やはり完成品は違うものになりますか。

ロバートソン オーケストラとリハーサルをするとき、私は団員に提案をしてもらうことが多々あります。欧州、米国、オーストラリア、中国、どこのオーケストラと仕事をするかに関わらず、団員がその曲についてどう考えているのか知りたいからです。そこで私がその曲について知っていることと、団員が知っていることを合わせて初めて、新しいものができるのです。もし私から一方通行で彼らに演奏法を教えるだけであれば、スタバでメニュー通りに飲み物を提供するようなもの。高品質ではあっても、彼らからの意見を取り入れることができません。音楽とは双方向の意見を受け入れあって、初めて成り立つのです。

廣津留 マエストロ独自のリハーサル方法はありますか?

ロバートソン ドイツ人指揮者オットー・クレンペラーがこんなことを言っていました。「リハーサルとは、まず演奏してみて自分たちの限界を知るためにある」。つまり、リハーサルは様々な速度や強弱を試してみて、可能性を探るためにあるのです。そして本番になると、各自がその可能性を知っているため、自分にとって最適な演奏法を選ぶことができるのです。リハーサルはいわば実験。私の仕事は、そこから皆がどのように演奏するかを注意深く聴いて、分析することなのです。

廣津留 この業界で成功するために必要なスキルは何ですか?

ロバートソン まず第一に、時間に正確であること。第二に、つねに好奇心をはりめぐらせておくこと。なぜこういう風に演奏するのか?と自分に問うこと。第三に、もし自分の思ったようにいかなくても、諦めずに挑戦し続けること。続けていればその先にどんな機会が待っているかわからないからです。

廣津留 ジュリアードの常任指揮者となることで、一番楽しみなことは何ですか?

ロバートソン 学生たちとの交流です。ジュリアードで学ぶ生徒たちですから、当然レベルは高く、お互いの会話から多くを学べるはずです。そして質問を受けるたびにたくさんのことを考えなければいけないので、どちらかというと私の方が彼らから多くのことを学ぶことになるでしょう。それが教育というもののゴールだと思っています。そして私にとって、常に変化に耳をすませてそれを受け入れることは本当に大事です。例えば、ドボルザークの第9番ひとつとっても、30年前と今とでは演奏法が違います。それは私の能力が上がったからではなく、私が共演したたくさんの演奏家たちから学んだからです。ジュリアードでも、学生のスキルを上げると同時に、私の考え方をも変えてくれると期待しています。

廣津留 指揮界やクラシック業界で30年前と変わったことはなんですか?

ロバートソン クラシック業界は大きく変化していますが、いつも変化していますし、一度として安定していたことはありません。ここでの課題は、クラシック音楽家が何をしたいのか。重要なことはいつも変わらず、お客さんとのコミュニケーションです。100年前と大きく違うことは、楽器と接する機会がより少ないこと。大音量のスピーカーを通してしか楽器の音を聴いたことがないお客さんがほとんどである今、お客さんにどう音楽を聴いてもらうかを考えることはどの音楽家にとっても不可欠です。常に好奇心を持って疑問点を追求すること、それが大切です。私の父はエンジニアだったので、父にとっては解決策がない問題などありませんでした。常にソリューションを探す癖、これは父ゆずりかもしれません。

廣津留 指揮において一番好きなことはなんですか?

ロバートソン 演奏家たちから刺激を得ること、そして彼らの演奏を形作らせてもらえこと。指揮をしているときに私がいつも笑っているのは、その理由からです。

マエストロと共にカーネギーホールの楽屋で Photo: Nan Melville

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◆お知らせ

 今年も大分市でSummer in JAPANクラシックコンサート〜廣津留すみれとハーバードの仲間たち〜を開催します。ハーバード生による音楽の競演をどうぞお見逃しなく。

日時:8月6日(月)19:00 開演 ( 18:30 開場 )
場所:大分市 iichiko 音の泉ホール
出演:廣津留すみれ、Summer in JAPAN参加の現役ハーバード大生講師
詳細:http://t.pia.jp/pia/ticketInformation.do?eventCd=1826764&rlsCd=001