日本経済新聞 関連サイト

OK
skill up-自己成長

池上彰の大岡山通信 若者たちへ学び続ける意味(下) 世の役に立つ「財産」築く

池上彰の大岡山通信 若者たちへ 学び続ける意味(下) 世の役に立つ「財産」築く
authored by 池上彰東京工業大学特命教授

 前回は私の取材体験に基づいて、「知らない」ことに気づく大切さを話しました。今回は「教育とはかけがえのない財産」ということを教えられたエピソードを紹介します。学べることの素晴らしさについて一緒に考えてみましょう。

◇ ◇ ◇

 中東のヨルダンにあるパレスチナ難民キャンプを取材したときのこと。別れ際、中学生の少女が「勉強するために参考書が欲しい」と言うではありませんか。

学べることは幸せなこと。その意味を考えてほしい(講演する池上彰教授)

 そこで、その子に参考書代を渡そうとしたら、難民キャンプの子どもたちを世話している人たちに止められました。

 「特定の子どもを特別扱いすれば、ほかの子どもたちからいじめを受けるかもしれません。決して子どものためにはならないのです」

 パレスチナ難民は国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)が支援しています。第1次中東戦争で家や故郷を失った難民はおよそ100万人でしたが、その後、難民は増え続け、現在では500万人の世話をするまでになりました。

 難民キャンプはひとつの町の規模に匹敵します。家族が増え、高齢化が進み、生活習慣病が大きな問題になっています。大人たちがキャンプの外に働きに出ることは難しく、子どもたちも将来を見通せない閉塞感のなかで暮らしています。

 また、アフリカのジブチにあるソマリア難民キャンプでのことです。キリスト教系の非政府組織(NGO)がボランティアによる英語の授業を開いていて、多くの子どもたちが学んでいました。

 かつてジブチはフランスの植民地だったのに、なぜ英語による授業なのか。不思議に思いNGOの担当者に尋ねました。「フランス語を覚えたらジブチにとどまってしまうでしょう」。難民が定住し、将来、地元の雇用が奪われかねないことへ配慮しているのです。

 このキャンプで中学生くらいの少女が私に訴えかけました。「将来、医師になって人々を助けるのが夢です。高校をつくってほしいのです」。私たちには何もできない無力感が募りました。その真剣なまなざしを今も忘れることはできません。

◇ ◇ ◇

 戦争や紛争、宗教や民族の対立などで海外に助けを求める難民は後を絶ちません。世界には依然として厳しい現実があるのです。決して同情だけでは根本的な解決は難しいのです。でも、諦めないでほしいと思います。

 将来、海外でのボランティア活動に参加したり、国連のような国際機関で働いたりしてみたいと考える若者も多いかもしれません。現地で当事者と粘り強く交渉にあたり、協力を求めていく上でも、しっかりと専門知識や語学力を身につけておく必要があります。

 いま学んでいる日本の若者たちは将来や夢を描ける環境にいるといえるでしょう。ただし、この環境は当たり前ではありません。試験のためだけでなく、学べることの意味を改めて考えてみてほしいのです。

 以前、フィリピンの貧しい環境に育ち、ボランティア団体の支援で教師になった青年に話を聴いたことがあります。彼は学ぶことについて、こう教えてくれました。「教育とは決して盗まれることのない財産です」

 日本の学校で学んでいる、あなた。あなたは「財産」を貯(た)めつつあるのです。貯めた財産を、将来、世のため人のために役立ててください。

[日本経済新聞朝刊2018年7月30日付、「18歳プラス」面から転載]

 ※大岡山は池上教授の活動拠点である東京工業大学のキャンパス名に由来します。日経電子版に「現代史を歩く」「大岡山通信」「教養講座」を掲載しています。

「日経College Cafe」のお勧め記事はこちら>>