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池上彰の大岡山通信 若者たちへ戦争の記憶 風化の恐れ―犠牲者思い、歴史を知る

池上彰の大岡山通信 若者たちへ 戦争の記憶 風化の恐れ―犠牲者思い、歴史を知る
authored by 池上彰東京工業大学特命教授

 広島は6日、73回目の「原爆の日」を迎えました。私は今年も取材で訪れました。1945年8月、米国が世界で初めて原子爆弾を広島と長崎に投下し、多くの人々が犠牲になりました。犠牲者の魂を慰め、あのような戦争の惨禍を繰り返さないという決意を新たにする日でもあります。

◇ ◇ ◇

 原爆投下後、広島の街には「少なくとも75年は草木も生えないだろう」といわれました。ところが廃虚から見事に復興を遂げ、日本経済を支える西日本有数の大都市になりました。

 私と広島のつながりは、70年代後半、NHK広島放送局の呉通信部に在籍していた時代に遡ります。呉は戦艦大和が建造された場所。呉の街からもきのこ雲が見え、「広島に大きな爆弾が落とされたようだ、助けに行こう」と多くの人が被爆直後の広島に入って被曝(ひばく)しました。

原爆慰霊碑に向かい祈りをささげる人たち(2017年8月6日、広島市中区の平和記念公園)

 後遺症に悩む多くの被爆者の人たちや、その二世たちから話を聞きました。後に現職の米大統領として初めて広島を訪れたオバマ氏の演説を間近で見たとき、「被爆者はこの日を待ち望んでいたに違いない」と、思わず涙があふれたものです。

 戦後世代の私たちは戦争の犠牲者を思い、冥福を祈ります。そんなときにふと考えます。「戦争の記憶をどのように伝えていけばよいのか」と。

 私は7つの大学で教えていて気づくことがあります。20歳前後の学生には戦争の知識がほとんどないという点です。

 たとえば「1941年12月8日に何がありましたか」「1945年6月23日は何の日ですか」と尋ねます。ところが学生らは日付の意味がわからず困っているようです。

 12月8日は日本軍が米真珠湾を攻撃した日。6月23日は沖縄戦での日本軍による組織的戦闘が終わったとされる日です。若者たちには「日本は戦争をしていた」という歴史すら風化しているのではと危惧しています。

 その背景には、授業日程や核家族化などが大きく関わっているのではないかと考えています。高校では大学受験に備えるため、現代史の授業に十分時間を割けていない現実があります。また、戦争体験を持つ祖父母のような世代との会話が減った面も影響していたのではないかと思います。

◇ ◇ ◇

 ひとたび戦争が起これば多くの犠牲者が出て、苦しみや悲しみを生んでしまいます。戦争には勝者も敗者もありません。

 かつて第1次世界大戦後、世界恐慌の荒波が世界を覆いました。各国が保護主義を強め、相次ぎ高関税政策を打ち出したことが恐慌を深刻化させました。

 一方、第1次大戦の敗戦国ドイツは、巨額の賠償金を課せられ経済が疲弊していました。やがて民族の尊厳を鼓舞する独裁者が現れ、欧州を未曽有の大戦へと巻き込んでいったのです。

 いま、20世紀の2つの大戦を教訓にした「国際協調」が揺らいでいます。自らの国の利益を最優先に考える「自国第一主義」が広がり始めているからです。保護主義が台頭しています。

 歴史を知り、その歩みを振り返る大きな意味は、戦争のような過ちを繰り返さないためではないかと考えます。

 9日には長崎で「原爆の日」、15日に「終戦の日」を迎え、日本各地は祈りに包まれます。歴史と向き合い、その意味を改めて考える機会にしてほしいと思います。

[日本経済新聞朝刊2018年8月6日付、「18歳プラス」面から転載]

 ※大岡山は池上教授の活動拠点である東京工業大学のキャンパス名に由来します。日経電子版に「現代史を歩く」「大岡山通信」「教養講座」を掲載しています。

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