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池上彰の現代史を歩く香港は誰のものか 揺らぐ一国二制度

池上彰の現代史を歩く 香港は誰のものか 揺らぐ一国二制度
テレビ東京提供
authored by 池上彰東京工業大学特命教授

 宝石のようにきらめく香港の夜景は100万ドルとたとえられ、まさに繁栄の象徴といえるでしょう。そんな豊かさを築いた香港の人の中には、自由を求め中国から逃れてきた多くの人々がいました。イギリスから中国に返還されて約20年がたちますが、「一国二制度」で約束されたはずの自由が揺らいでいます。香港は誰のものなのか。現地を訪ね、その歩みを振り返ります。

男女の平均寿命は「世界一」に

 香港には、香港島と九竜、新界と呼ばれる地区などがあり、東京都のほぼ半分の面積に約730万人の人々が暮らしています。世界的にも生活水準は高く、近年、男女の平均寿命は「世界一」と報じられています。

 長寿の理由を香港中文大学の胡令芳教授に聞きました。「健康なお年寄りは蒸し料理が好きで油の摂取量が少ないようです。戦後、中国本土から逃げてきた人が多いことも要因の一つでしょう。泳いで逃げてきたり、全てを失ったり、そうした精神的な強さも関係していると思います」

反映する香港の金融街
豊かさを築いた香港のオフィス街

 現地取材でも中国から移り住んできた人々のエピソードを聞きました。ここに香港を理解するヒントがあります。

 プラスチック製造会社の3代目社長ジェシカ・レオンさん。祖父は1949年、中国広東省から香港へ来たそうです。歯ブラシの製造から始め、いまは製品を世界に輸出しています。「かつては日本の秋葉原でもシャンデリアなど照明器具がよく売れたそうです」

 美食の都として中国各地の料理が味わえるのも、数多くの料理人が移り住んだという背景があるのです。

 日本にもファンが多い大スター、ブルース・リー。彼のアクション映画など香港の映画界がヒット作を制作できたのは、「東洋のハリウッド」と呼ばれた上海から移住してきた映画人の存在が大きいのです。

 ブルース・リーのファンクラブ会長のW・ウォンさんを訪ねたとき、「特に貧しい小国でヒットしました。彼の映画には正義があるからです」と懐かしんでいました。

 香港の歴史をおさらいしましょう。イギリスがアジアの貿易拠点だった香港を植民地化したのは19世紀、中国が清朝と呼ばれていた時代です。イギリスがアヘン戦争などを経て、清朝に香港島などの永久割譲を認めさせ、新界を99年間租借する権利を手にしました。

英国は移民を労働力として活用した

 大戦中の日本軍による占領が終わると、大陸では国民党と共産党の内戦が激しくなり、49年に中華人民共和国の成立が宣言されます。その後、中国での「大躍進政策」や「文化大革命」による大混乱が続きました。そのころ、自由と新天地を求めて、多くの人々が中国から香港へ流れ込んだのです。

 イギリスは当初、移住者を抑えましたが、安価な労働力として活用する方針に転換します。居住用の住宅も建設しました。大戦後、およそ60万人だった人口は50年ころには230万人を超えたそうです。

香港の歴史や「一国二制度」について、現地で講義する池上彰氏(5月、香港)=テレビ東京提供

 こうした人々の中から、繊維やプラスチックなどの事業を起こす経営者が現れ、「メード・イン・ホンコン」を世界に広げたのです。

 やがて82年9月、将来を決める歴史の節目がきます。中国の最高実力者で改革開放を推し進めた鄧小平氏と、イギリスの改革を断行して"鉄の女"と呼ばれたマーガレット・サッチャー英首相との会談です。

 21世紀を控え、植民地が許される時代ではなくなっていましたが、イギリスは引き続き香港への影響力を残したいと考えていたようです。ところが鄧小平氏は強硬姿勢で臨みます。

 彼の肉声が残っています。「私は香港返還について彼女とは交渉しない。97年、香港を回収する。どんな手を使ってでも」。返還ではなく回収と言い切りました。永久割譲した土地を含め、軍隊を使ってでも香港のすべてを取り戻す強い決意がうかがえます。

 北京の人民大会堂での会談後、サッチャー首相は階段を降りる途中で躓(つまず)き、バッグを落としてしまいます。会談に衝撃を受けたのかどうか、真相はわかりませんが、いまでは「鉄の女の躓き」として歴史に刻まれた一コマです。

 後に中英共同宣言がまとまります。返還後も同じ体制を50年間続ける「一国二制度」の下で、外交と軍事を除いて、高度な自治が認められました。これに基づき、行政長官の普通選挙や言論・集会などの権利が守られることになったのです。

若者たちが民主化運動を率いた

 97年7月1日、香港は中国に返還されました。ところがここ数年、この「一国二制度」が有名無実化しかねない事態が起きています。たとえば行政長官を自由に選ぶ普通選挙は認められませんでした。事実上、中国寄りの人物だけが立候補できる仕組みになったからです。

 香港の若者たちは2014年、雨傘を掲げて反対を唱える「雨傘運動」を展開しました。民主化運動のリーダー、アグネス・チョウさんに聞きました。「それは本当の普通選挙でも、一国二制度でもありません。運動は成功せず人々の無力感が強くなりました」

池上氏は店主や関係者が一時、行方不明になった書店を訪ねたが、店舗は閉鎖されたままだった(5月、香港)=テレビ東京提供

 チョウさんはその後、議会にあたる立法会の補欠選挙に立候補しました。「私の主張が基本法に違反するので立候補の資格を取り消されました。反対意見を言えることが自由だと思います」と訴えていました。

 15年には、銅鑼湾書店の店主や関係者が失踪する事件がありました。中国本土で販売が禁じられている書籍を扱っていたことが理由のようです。中国で取り調べを受けていたとみられています。事件の後、中国に批判的な書籍を扱う書店が減ってきたといいます。

 香港は東洋と西洋の文化にあふれた魅力的な観光地であるだけでなく、歴史がいまへとつながるまさに現代史の現場でもあるのです。

 香港は政治的には中国の管理下にあるのでしょう。しかし、人々には香港を繁栄させてきたというプライドがあることもわかりました。いま、香港の自由が薄れつつあることに対して、報道や言論の自由を貫こうとしている姿勢に「香港は香港である」という力強さを感じました。

取材メモから
(1)香港の繁栄には、中国から逃れてきた多くの人々が関わっていた
(2)中国は英国からの「香港返還」実現に向け、強い態度で臨んだ
(3)一国二制度の下で認められた「高度な自治」が揺らいでいる

◇    ◇

〈お知らせ〉 コラム「池上彰の現代史を歩く」はテレビ東京系列で放映中の同名番組との連携企画です。ジャーナリストの池上彰氏が、20世紀以降、世界を揺るがしたニュースの舞台などを訪れ、 町の表情や人々の暮らしについて取材したこと、歴史や時代背景に関して講義したことを執筆します。

[日本経済新聞朝刊2018年8月20日付、「18歳プラス」面から転載]

※日経電子版に「現代史を歩く」「大岡山通信」「教養講座」を掲載しています。

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