安心だけじゃない! 「滑り止め」受験で本命の合格率が上がる
人生を経済学で考えよう(20)
私たちは何か大きな挑戦をするとき、失敗した場合を考えプレッシャーを感じるものです。そのプレッシャーによって萎縮してしまい、普段通りの実力が発揮できなかったということが、皆さんにも経験があるのではないのでしょうか。一方で、失敗しても他の選択肢や方法があるという場合は、普段通りどころかいつも以上の実力が発揮できたという経験をした方も多いと思います。
大学受験で重要な「成功体験」
今回は、大学受験に注目し研究を行いました。日本の大学受験は競争が厳しく、多くの人にとって「失敗したときのプレッシャー」が非常に強い環境だと考えられるからです。
周知のとおり、日本の大学受験制度では、私立大学の一般入試や国立大学の二次試験は主に2月に実施されます。そのため毎年1月に実施されるセンター試験利用入試は、2月に本番を控えての「滑り止め」と考える人が多いのが実情です。センター試験利用入試で滑り止めを確保すれば、2月の本番で失敗しても他の選択肢があるので、2月の本番の入試で思い切って挑戦することができ、良い影響をもたらすのではないでしょうでしょうか。
過去の研究では、滑り止めへの合格は、ある種の「成功体験」と捉えられています。そして、成功体験は「自己効力感(Self-Efficacy)」、すなわち、ある結果を生み出すために必要な行動を自分自身がどの程度うまくおこなうことが出来るかという個人の確信を高める効果を持ちます。この自己効力感が高くなると学力テストにおけるパフォーマンスが高くなることを示した研究があります。
例えば、カリフォルニア大学サンタクルーズ校のMartin Chemers名誉教授が2001年に共同論文として発表した「学問の面での自己効力感、および大学1年生のパフォーマンスと適応について」です。サンタクルーズ校の1年生を対象に、自己効力感が成績、健康状態、学園生活への適応状況などにどういう影響を与えたかを検証した興味深い内容です。調査の手法としては、自己効力感の高さ・低さを各学生への質問調査によって評価しました。パフォーマンスが上がったかどうかは、高校卒業時のGPA(成績)や大学1年になってからの成績など客観的なデータを比較して相関関係を分析しています。Chemers名誉教授は「大学1年生を対象にした場合、自己効力感は直接的かつ間接的に、学業成績と個人的な環境に対する適応状況に強く関係している」と結論づけました。
以上のことを踏まえると、滑り止めに合格するという成功体験は、自己効力感を高め、結果としてその後の受験におけるパフォーマンスが高まる可能性があります。今回の研究では、ある予備校の高校3年生の業務データを分析し、この仮説が正しいかどうかを検証してみることにしました。
「滑り止め」を確保した学生は第1志望にも受かりやすい
この分析では、受験した大学の数や、入試直前の偏差値、保護者の社会経済的な環境など2月の入試の成果に影響を与えると考えられる他の要因の影響を制御し、滑り止め合格の有無が2月の合格実績に与える効果をみています。分析の結果を見てみると、滑り止めに合格した生徒は、2月の入試で合格確率が約1.3倍高くなることが明らかになりました。さらにこの影響は男性よりも女性の方が大きいということも明らかになりました。
また、単に2月に合格する確率が上がるだけではなく、滑り止め合格がどの程度第1志望の大学への合格に影響を与えているかにも興味があります。ここでは、滑り止め合格が、第1志望の大学と実際に進学先した大学の間の偏差値の差への影響を調べました。その結果、滑り止めに合格している生徒はそうでない生徒に比べ、第一志望と進学先の偏差値の差がかなり小さいことも明らかになりました。この分析においても男性に比べ、女性のほうが滑り止め合格の効果が大きいことがわかりました。
今回の研究の結果、日本の大学受験において、滑り止めの確保は2月受験のパフォーマンスを向上させるということが明らかになりました。もちろん、受験生にとって、滑り止め合格は、第一志望合格に比べて大事なことではないかもしれません。しかし、第一志望合格のためには、滑り止めに合格することがプラスの影響を持ちます。このため、生徒個人としても予備校や学校の受験指導としても、滑り止め合格を含めた出願戦略を練ることは、第一志望合格のために有効であると言えそうです。
(中室牧子・北村大成)
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