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人吉から地方変える(1)地方高校生の「当たり前」って本当?
都会と交流通じ多様な進路選び応援

人吉から地方変える(1) 地方高校生の「当たり前」って本当?都会と交流通じ多様な進路選び応援
人吉高、聖光学院高の生徒と(筆者は中列右から3人目)
authored by 溝口然一般社団法人グローカル代表理事/慶応大2年

 はじめまして。慶應義塾大学法学部2年の溝口然(みぞぐち・ぜん)と申します。現在、地元である熊本県の南部にある人吉市を拠点にキャリア教育・スカラーシップ事業を行う一般社団法人グローカルの代表理事を務めています。高校3年生の冬に一般社団法人グローカルを立ち上げました。そのきっかけは、「何となく決まっていく当たり前を変えたい」という想いからでした。

グローカルのイベントでの筆者

 進路や将来の選択肢は、知らず知らずのうちに、周囲の環境によって狭まりがちです。親の職業や、育った地域や、通っている学校によって、自然と「当たり前」が作られてしまいます。その傾向は、都市部よりも地方の方が強いでしょう。親の職業だったり、先生の勧めだったり、今の偏差値で入れる大学だったりで、「なんとなく」進路を決めてしまうことが「当たり前」で、進学に目的が持てない。大学で何を勉強して、将来どんな道を歩みたいか、イメージできない。こうした「当たり前を打破」していくためには自分とは異なる多様なロールモデルに触れたり交流することが必要不可欠です。

プレオープンキャンパスの様子

 そこで、そんな地域の現状を、「機会の提供」によって打破していきたいと思い、これまで地元の高校生を対象にし、全国各地の現役大学生と交流をするプレオープンキャンパスの開催や、親と学校の先生に限られない幅広い人の出会いの機会を提供してきました。

熊本・人吉高と神奈川・聖光学院交流

 そのような中、今年7月に、あるプロジェクトが地元の人吉市で行われました。

 僕の母校である、ごくごく普通の公立高校である人吉高等学校に、横浜市の名門私立高校、聖光学院の生徒たちが訪問したのです!定員割れをする年もあるような地方の普通進学校の人吉高校と、毎年何十人も東大に合格するような都会の中高一貫の進学校。バックグラウンドが全く異なる高校生たちが、なぜ、熊本の人吉の地で交流することになったのか?そのきっかけは、今から2年前にさかのぼります。

 2年前の春、高校2年生の時に、僕は人吉市が主催する海外派遣事業「青雲の志育成事業」の参加者として、シリコンバレーを訪問しました。その際、熊本出身でサンフランシスコ在住の起業家外村仁さんのご協力で、同時期にシリコンバレーを訪れていた聖光学院の生徒さんたちとの交流イベントが実現しました。そのイベントの中で出会ったのが当時同じ高校2年生だった濱村孝英君。その時は、連絡先を交換するくらいでしたが、翌年、偶然にも進学した大学が一緒で、濱村君と再会を果たします。

ラフティングを楽しむ

 その再会をきっかけに、濱村君に横浜を案内してもらったり、何度か一緒に過ごす中で、昨年の夏、濱村君が僕の故郷の人吉を実際に訪問してくれ、僕の高校の頃の友人とラフティングをしたり、川で泳いだり、友人の親たちと一緒にバーベキューしたりして、いわゆる田舎の夏休みを一緒に過ごしました。

 横浜生まれ横浜育ち、祖父母の代までもが同じ神奈川県内在住で帰省という概念がない彼にとって、親戚のように接してくれる人吉の人たちと接することはとても新鮮だったようで、Facebookに「この夏、自分の故郷を見つけました」という感想を投稿したところ、シリコンバレーや聖光学院、人吉市の関係者の感動とともに大きな反響を生みました。

 そこで、濱村君のこの人吉訪問がきっかけになり、シリコンバレーや聖光学院、人吉市の関係者の間で、「違う環境で育ったからこそ認め合えるお互いの良さ」、「バックグランドが多様だからこそ出せる付加価値」をコンセプトに、再びサンフランシスコを訪れる高校生で実践してみようということになり、再び外村さんのお力添えにより今年の3月25日、サンフランシスコ市内のコワーキングスペース、DG717 で、聖光学院シリコンバレー研修参加者と人吉市青雲の志事業第3回参加者による「Rediscover yourself through embracing diversity」と題したアイディアソンが開催されました。

シリコンバレーのつながりを日本でも

 その後、シリコンバレーで学んだ「違う環境で育ったからこそ認め合えるお互いの良さ」、「バックグランドが多様だからこそ出せる付加価値」を、日本に帰ってからも人吉と横浜、互いの地を訪問し合うことで体現していこうということで、国内での交流が実現に向けて動き出しました。

 僕も、この事業にメンターとして関わらせていただくことになり、4月末に聖光学院の先生とともに人吉市を訪れ、人吉高校や関係各所と調整や当日のワークショップの進行などの準備を進めました。調整の難しさはありましたが、聖光学院の企画と、人吉高校の光永校長先生の理解と決断、人吉市の力強いサポートのもと、「バックグラウンドの異なる生徒が協働し、新たな価値を創造する」という難しいテーマでの交流が、わずか2か月の準備期間で実現することになりました。これは、関係者の方々のご尽力の賜物であり、バックグラウンドの異なる大人が協働し、新たな価値を創造された結果だと思います。

市長と身近に話すことができる街

 実際の交流は、7月13日から15日までの2泊3日で行われました。聖光学院からは、1年生7人が参加しました。羽田空港から人吉までは飛行機と高速道路を使って約3時間。到着した聖光学院の生徒がまず向かったのは、人吉シャツで有名なHITOYOSHI株式会社。HITOYOSHI株式会社は、親会社の経営破綻し工場閉鎖の危機から、独立し自社ブランドである高級シャツ「人吉シャツ」を立ち上げるなどして躍進を遂げている全国的にも注目されている会社です。生産を中国などの海外が大半を占めるアパレル業界において、あえて高級シャツに特化する戦略や地域の雇用を守るという使命感、地方の一工場でも勝負していける高い技術力に生徒たちは驚いていました。

夏の人吉はバーベキューがおもてなしの定番

 人吉の観光の中心、人吉城跡や国宝青井阿蘇神社を見学し、人吉高校生と合流後、夜は人吉の老舗お茶屋さん・立山商店での歓迎会。庭にバーベキューコンロを置き、自分たちで火を起こし、お肉を焼いて食べる。バーベキューには地域の大人たちも続々と集まり、一緒に汗をかきながら親睦を深めました。(夏の人吉では、人をもてなすときは、なぜかいつもバーベキューです!)
その大人たちの中には、人吉市教育委員会の方々や地域おこしの団体の方々をはじめ、人吉市の松岡隼人市長の姿も。市長という存在が「こんなに身近なものなのか」と聖光学院の生徒たちがびっくりして市長を囲んで質問攻めにしていたのが印象的でした。

 市長との距離感にしても、大都会の横浜市と地方小都市の人吉市では全然違います。人吉では、ちょくちょく市長を見かけます。また、それに伴い、まちづくりや教育でも様々な課題があり、対応には大きな違いがある。そのことを、市長との会話を通じて、身を以て感じる機会になったようでした。

Chromebook駆使に驚き

 2日目は「人吉の問題解決に向けたアイデアソン」を開催。聖光学院と人吉高校混成のチームを編成し、生徒たちは猛暑の中、フィールドワークに行ったり、チームでディスカッションをしたりして、互いのアイデアをまとめていきました。

 ここで浮かび上がったのは人吉と聖光学院の生徒のITリテラシーの差。人吉の高校生は、何も持たず丸腰の状態で議論に参加するのに対し、聖光学院の生徒たちはChromebookを駆使して発表に使うスライドを作ったり、アイデアに説得力を持たせるためのデータを検索したりとデバイスをフル活用していました。

 これまで、人吉高校生は、そもそもデバイスを授業や議論の中で使う経験がほとんどありませんでしたし、違う高校の生徒と関わること機会さえないため、こうしたツールを使って学習が進められているという事実に気づくことさえありませんでした。
こうしたことも、聖光学院のような、熊本県の公立高校と異なる環境の高校と交わることで得られる気づきであり、学びです。
(男子校である聖光学院生にとっては、なにより女子高生と一緒にワークショップを行えることがすごく新鮮だったようです。濱村君によると、いつもと様子が違うとのことでした!)

何気ない食の大切さ

フィールドワークの成果をまとめる

 2日目の夜は、農業研修施設「リュウキンカの郷」で郷土料理作りを体験。リュウキンカの郷の代表を務める本田節さんは、食をテーマにした地域づくりに取り組んでおり、郷土料理のよさを伝える活動を長年されています。料理体験では、地域の食材を洗ったり、包丁で切ったり、揚げたりの工程を全て自分たちで行います。普段は料理することはないという高校生たちは、「こんなに大変だとは思ってなかった」というように、何気無い日常の食の大切さを再認識していました。出来上がったメニューは、人吉の郷土料理「つぼん汁」で、聖光学院の学生たちにも好評のようでした。その後は、それぞれのグループで、昼間のフィールドワークの成果をまとめたり、プレゼン資料の作成を夜遅くまで取り組んでいました。
聖光学院生と人吉高校生が、一緒に人吉の課題解決に向けて取り組んでいる姿は、人吉高校卒の先輩として、とても頼もしい光景でした。

課題は魅力になりうる

 最終日は、人吉高校を会場に、前日のアイデアソンでまとめたアイデアの発表会が開かれました。この発表会には、地域の新聞"人吉新聞"で開催を知った一般の方々も数多く来場。人吉市教育委員会や松岡市長、人吉高校の校長先生をはじめ、多くの先生方にも参加していただきました。

 5つのグループから観光、教育など様々な分野で、ユニークなアイデアが発表され、一般の参加者からも次々に質問の手が挙がるなど大盛り上がりでした。

 発表を聞きながら、特に僕が面白く感じたのは「課題を魅力」と捉えるという発想です。地域には様々な課題があります。しかし、課題があることは課題を解決したい意欲に溢れる若者や都会の人にとっては魅力に映るのです。地域から見ればマイナスにしか見えないものをプラスに捉える逆転の発想は、まさに異なる経験やバックグラウンドを持った人たちが力を合わせたときに発揮されるパワーの象徴ではないでしょうか。

 また、両校交流のきっかけをつくってくださった外村さんのサプライズ登場もあり、僕も含めみんなびっくりしていましたが、ある町おこしの団体の方が最後に感想として言われた、「これまで参加した地域振興のどの会議よりも今日の発表会がはるかに有意義だった」という言葉に、このアイディアソンの意義と大きな成果があったのではないかと感じました。

今後は人吉高から聖光学院へ

発表会には一般の方々も来場

 両校の生徒たちにとって貴重な体験だった今回の交流。参加した生徒は互いの親睦を深め、それぞれの目標に向かって進んでいくことでしょう。

 交流から1ヶ月が経ち、アイデアソンのチームの中には、アイデアを実現しようと市役所やJAなどに掛け合ったりして、プロジェクトが進んでいるチームもあります。学校の先生や周りが何かいうわけでもなく、自分たちで0から1を作っていこうとする姿は頼もしいものです。僕としてもこのつながりをさらに広げていきたいと思っていますし、やはりこうした交流は、相互の学びであるべきだと思います。

 交流の中で出会った人々とのつながりを大切にしながら、それぞれがアクションを起こして成長して行く。外村さんが発表会の際のコメントで言われたように、これまでの常識に縛られず柔軟な発想でトライアンドエラーを繰り返していくことが重要で、特に「若い世代がその中心となって地域や社会を引っ張っていく」という未来が垣間見えた今回の交流でした。

 今後の展開として「人吉の高校生が聖光学院を訪問する」といった取組につながるとうれしいです。