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ジュリアード@NYからの手紙(11)ジュリアード音楽院・新学長に聞く
「芸術の可能性、コラボで無限大に」

ジュリアード@NYからの手紙(11) ジュリアード音楽院・新学長に聞く「芸術の可能性、コラボで無限大に」
authored by 廣津留すみれバイオリニスト

 この夏、ニューヨーク・マンハッタンのど真ん中に位置する、世界大学ランキング・パフォーミングアーツ部門1位のジュリアード音楽院では、32年の任期を終えた前学長の後継者として、同学院史上初となるダンス界出身の学長が誕生しました。

 「世界に類を見ないほど様々な分野の芸術とアーティストが一同に集うこの場所から、一体どんなコラボレーションを生み出せるのか、その可能性に一番魅了されている」

 そう語る元ニューヨークシティバレエのトップダンサー、ダミアン・ウォーツェル新学長に意気込みを伺いました。

作品ができて終わりではなく、どう外の世界へ繋がっていくかジュリアード音楽院学長 ダミアン・ウォーツェル氏

廣津留 次期学長になってほしいとの依頼を受けた瞬間、どう思いましたか?

ウォーツェル 学長という仕事がもつ可能性の大きさへの高揚感と、それに伴う責任の重さを感じました。学生、学生の未来、そして学生が学校でアーティストとしてでなく人間として何を学ぶか、これをすべて担うことになります。この学校で生み出される作品は全て魔法のようですが、作品ができて終わりではなく、私はさらにそれがどう外の世界へ繋がっていくか、芸術がそこからどう高まっていくかに興味があります。ニューヨークが持つリソースの量と、この建物に入っていく人たちの世界への影響を考えると、あまりの可能性の大きさに感嘆してしまいます。

廣津留 学長就任前の1年間、ジュリアードのオフィスでどう過ごしましたか?

ウォーツェル この建物内で会う人に「学校のことを色々教えてほしい」と聞き続け、そこから、「ここは改善できるかな?試してみようか?」という議論につなげていきました。学生時代に考え方が変化した瞬間について多くの卒業生にも質問しましたが、一番多かった回答は、「コラボレーション」でした。他のアーティストとコラボする時間を見つけるのは大変だったけれど、それが今でも一番覚えていることだ、と。

 ディレクターとして生きる上で、私はあらゆる物事を層に分けて考えるようにしています。例えば、音楽とダンスのプロジェクトを手がけているときにはまず、音楽とダンスに加えて朗読はあるか、舞台セットは使うか、そしてそれぞれの部門で次のステップは何か?と考えます。同じように、ジュリアード自体を手がける際にも、850名の生徒の次のステップは何か、スタッフや教授陣の次のステップは何か、この学校という機関全体の次のステップは何か? そして、100年後に目指すべきゴールは何か?と細かく分けて考えます。すると、私たちが今やっていることがどう未来に影響するかを考えられるようになるのです。

廣津留 これからのジュリアードでは部門を超えたコラボレーションを増やしたいとお考えですか?

ウォーツェル ジュリアードはこれまでも、ただ単に何かを「上達させる」だけの場所ではなく、新しい何かを「生み出す」場所でした。しかしこれからはさらにその上を行くべく、学校での新しいプロジェクトをどんどん奨励していきます。歴史的にみても、芸術が成功するのはコラボレーションを発端とする場合が多い。例えばバレエ・リュスの時代にも、ピカソ(絵画)・ストラヴィンスキー(作曲)・バランシン(バレエ)という素晴らしいピースが一緒になったとき、可能性が無限大に広がるのです。創造性というのは学びのツールです。ただ美しいだけではなく、普通では気づかないものに気づかせてくれる。クリティカル・シンキングと、情熱から駆り立てられる学びの姿勢を奨励してくれるのです。

廣津留 ジュリアードでは授業を担当されますか?

ウォーツェル 前任のポリシ学長は永く芸術と社会についての授業を受け持っていたので、秋学期からはそれを引き継ぐ予定です。ハーバードのロースクールでも教鞭をとっていたことがありますが、その際には法と舞台芸術についての授業を行いました。芸術・社会・科学・医療・外交・経済がどうつながっているかを考えるというものです。ジュリアードでもこれらの分野について、各分野からのゲストを招いて教えられたらと思います。

音楽・演劇・舞踊はすべてつながっている

廣津留 ポリシ元学長からは何かアドバイスはありましたか?

ウォーツェル 彼の著書「The Artist as Citizen」を昔読んで感動し、初めて声をかけたときから彼は私の友達であり、メンターでもあります。この仕事に就くにあたっては、直感的に動くことと、人の話を聞く時間を設けることの重要さを教えてくれました。ジュリアード音楽院天津校の役員を務められるとのことで、また一緒に働けることに安堵しています。

廣津留 ご自身もここリンカーンセンターで育ったといっても過言ではないと思うのですが。

ウォーツェル 当時ジュリアード建物内にあったアメリカン・バレエ・スクールには15歳で入学し、その後リンカーンセンター内のニューヨーク・シティ・バレエには23年、メトロポリタン歌劇場ではゲスト公演、他のほとんどの劇場でもダンサーを務めた経験があるので、私にとってここはホームです。初めてここのダンスシアターの舞台に立った夜のことは今でも覚えています。照明が劇場の後ろまで下がっていく風景、1人でウォームアップする風景、過去の素晴らしいダンサーたちの魂を感じつつ、その歴史の一部になったことを感じたこと、すべてが脳裏に焼き付いています。

廣津留 ジュリアードの学長にダンサーが選ばれるのは初めてのことですが、それについてどうお考えですか。

ウォーツェル 人生がどういう方向に進むかは、年をとってからしか分かりません。小さい頃にはバレエを学びながら、同時に音楽院でギター、フルート、音楽理論を学んでいましたが、ある時期にバレエの方が好きだと気づいて、バレエ一本に絞りました。でもその頃から音楽との付き合いは長く、バレエを引退したあとでも音楽と舞踊両方のプロジェクトに携わることはよくありました。演劇ではウエストサイドストーリーのリフ役を演じたこともありますが、私にとって音楽・演劇・舞踊はすべてつながっています。

廣津留 楽器は今でも演奏されることはありますか?

ウォーツェル ギターは少し弾きます。最近家族にフルートの練習本をもらったので、またやってみようかなと思っていますが、趣味程度です。踊りはもうやりませんが、ちょっとしたプレゼンテーションはします。

廣津留 最後に、ジュリアード生に向けてなにかアドバイスをお願いします。

ウォーツェル このジュリアードという建物と、ニューヨークという都市に潜む素晴らしいリソースを存分に有効活用してください。舞台芸術だけではなく、絵画などの視覚芸術、アイディア、考え方などすべてを活用すること。そうすれば結果的に、吸収したものすべてが自分の芸術作品、つまり自分の「声」を作り出す材料となりますよ。

◇ ◇ ◇

 来年秋には中国・天津校のオープンを控えるジュリアード。音楽分野の学長続きだったこの学校が、ダンサー出身の彼のもとにどう変革を遂げるのか、可能性をどこまで広げてくれるのか、期待しています。

英語バージョンはこちらから読めます:https://www.juilliard.edu/news/134346/qa-damian-woetzel