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liberal arts-大学生の常識

人生を経済学で考えよう(22) 「縁故採用」で入社した人の会社生活は幸せか?

人生を経済学で考えよう(22)  「縁故採用」で入社した人の会社生活は幸せか?
authored by 慶應大学 中室牧子ゼミ

 大学生にとって重要な「就職活動」(いわゆる「就活」)。皆さんは、就活といえば、どんな方法を思い浮かべるでしょうか。志望する会社の説明会に行って、エントリーシートを提出し、面接を受ける......。もちろん、そういうオーソドックスな方法もあるでしょうが、学校推薦や担当教授の推薦、はたまた親や親戚のコネで就職できるということもあるかもしれません。また、友人や先輩、知り合いからの紹介や仲介、情報というのも極めて大切です。

 有名な社会学の研究には、就職先を見つける際にもっとも役立つ情報の入手経路は「知り合いの知り合い」のような弱いつながりのある人々(「弱い紐帯」と呼ばれます)から得られることを示した研究もあります。今回は、いわゆる「縁故採用」で入社した人が、そうでない人に比べて、職場での満足度が高いのかどうか調べました。

「インフォーマル採用」は企業側にもメリット

 今回の研究では、その「就職の方法」に着目しました。そして、就職の方法が違えば、仕事に対する満足度に差異が生じるのかどうかを分析しました。どういう方法を使って就職すれば、仕事満足度の高い職場に就職できるのか。これは大学生の皆さんにとってはとても重要なことのはずです。

 経済学では、縁故やコネ採用、友人からの紹介などに基づく採用を、「インフォーマル採用」と呼んでいます。一方、企業の募集に応募したり、人材派遣会社に登録したりして就職することを「フォーマル採用」と呼びます。経済学では、すでにインフォーマル採用とフォーマル採用の違いに着目した研究が数多く行われています。

 有名な研究では、「インフォーマル採用で就職した労働者はフォーマル採用と比べて採用率が高い。それだけではなく、賃金や生産性が高くて離職率は低い」ということが確認されています。インフォーマル採用というと、「コネ採用」「縁故採用」を想起してあまりよいイメージを持たない人も多いかもしれません。しかし実際はインフォーマル採用には利点があります。友人や先輩など紹介してくれる人を通じて、求人情報には記載されていないような職場環境や待遇などを労働者が事前に知る事が可能になるのです。

 また企業側にとってもメリットはあります、紹介者を通じて、フォーマル採用の枠組みの中ではなかなかわからないような労働者の能力や特性をより正確に把握できるのです。つまり、両者の情報がより正確に伝わります。この研究からもわかるように、インフォーマル採用にはメリットも多く存在するために、多くの企業・労働者が国や地域を問わずインフォーマル採用を利用しているというのが現状です。

 ここまでの説明ではインフォーマル採用はかなり優れているように見えます。しかしながら、誰もがその恩恵を受けるのかというと、必ずしもそういうわけではありません。インフォーマル採用の恩恵を受けるのは男性や高技能のホワイトカラーが中心という見方が存在するからです。例えば、同じ能力の人であっても、男性よりも女性は人的なネットワークが小さい傾向にあることから、インフォーマル採用を利用するとかえって賃金が低くなるという研究結果があります。

 しかし、まだまだ分かっていないこともあります。インフォーマル採用で雇用されると、賃金や生産性が高く離職率が低いと言っても、仕事や職場への満足度が高いかどうかはよくわかりません。同じ会社内に紹介者がいる場合は、監視の目があるためプレッシャーが強いとか、紹介者に気を使って合わない仕事だけれども辞められないという状況もあるかもしれないからです。

インドの工場でのデータを分析してみた

 そこで私は、インフォーマル採用と職場満足度の関係を分析しました。この分析で見たかったのは、インフォーマル採用とフォーマル採用で職場満足度に差が見られるのかということ以外に、インフォーマル採用であっても友人からの紹介と親や親戚といった血縁の紹介で違いがあるのか、ということにも着目しました。

 今回、分析に使用したデータは、インドのデリー・ガージアバードの工場で働く労働者を対象にしたアンケート結果です。調査期間は1990年12月~91年1月です。この調査結果に対して、私たちはある統計手法を使って分析をかけました。

 満足度を測るための手法としては、ある事象の起こりやすさを比較するための尺度の一つである「オッズ比」を使用しています。インフォーマル採用はフォーマル採用よりも換算して約1.2倍の確率で職場満足度に負の影響を与えるという結果が出ました。ただ、1.2倍の差は、統計的に見ると有意性が認められない範囲です。つまり、インフォーマル採用とフォーマル採用の間に、労働者の職場満足度の差はが確認できないということになります。このことから、インフォーマル採用で雇用されたからといって、職場満足度が低いと言うことはなさそうです。

 一方、親や親戚による縁故採用と、友人や先輩による紹介とを比較すると、縁故採用の場合は、友人や先輩による紹介より職場満足度が低くなることが示されました。私は分析を通してインフォーマル採用は、企業側、労働者側の双方で正確な情報が伝わり、ミスマッチが生じないのがそのメリットがあることが再確認できました。一方で、親や親戚の紹介である縁故採用では、身内が関わっているが故に、必ずしも客観的な情報が伝わらない可能性がある為に諸刃の剣のような面も強く抱えております。このことからも、先輩や友人の伝手や情報は大いに利用すべきだと言えそうですが、むやみに親や親戚の縁故採用に頼るのは危険だと言えるかもしれません。

 就職するときには有利になっても、長い目でみて自分の職場での満足度を犠牲にすることになるかもしれないからです。ですので、戦略的に各企業・労働者がインフォーマルなネットワークを利用しメリットを享受して欲しいと私は強く願います。

(中室牧子・中尾亮太)

※「人生を経済学で考えよう」の連載は今回で終了します。

中室牧子・慶應義塾大学総合政策学部准教授は、教育経済学が専門。著書に『「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。最新刊は写真の津川友介との共著『「原因と結果」の経済学 データから真実を見抜く思考法』(ダイヤモンド社)。