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池上彰の大岡山通信 若者たちへ読書会の感想―「生きがい」について考える

池上彰の大岡山通信 若者たちへ 読書会の感想―「生きがい」について考える
イベント用の設備も充実している日比谷図書文化館(東京・千代田)
authored by 池上彰東京工業大学特命教授

 私が講義を持っている東京工業大学の学生や卒業生と一緒に毎月開催している読書会では、日ごろ、東工大生が自分では手に取らないであろう本をあえて選んでいます。今回取り上げたのは、神谷美恵子著『生きがいについて』(みすず書房)です。

 神谷は精神科医。ハンセン病患者の相談にあたったことをきっかけに「生きがい」について考えるようになり、まとめたエッセーです。参加した諸君の感想の一部を掲載します。

◇ ◇ ◇

現代の幸せとは何か?

〈A君〉 東工大生にあえて読みづらそうな本ということでいただいた今回の課題図書ですが、とても興味深くたくさん線を引いてしまいました。

読書会の効用は、自ら手に取らないテーマに触れ、他人の考えを知り、意見を交わすこと。池上教授(右)と読書会の参加者(8月、東京都内)

 「モチベーション格差」という言葉を聞いたことがあります。今まで言われたことだけ詰め込んできた(PUSH型教育)学生が就活前に「私の好きなことはなんだっけ」と自問します。好きなこと・夢中になれることがある、というのは現代の幸せなのではないでしょうか?

 先人が犠牲になりつくり上げた平和な世界でみんなうつ病になってしまうという未来はあまりに皮肉です。人々がもっと自分の夢中になれることを探せる世界をつくっていきたいと改めて感じました。

〈B君〉 私は1年生のころ、体調不良に悩まされ、夏休みの間はほとんどの時間を家の中で寝て過ごし、何もする気が起きませんでした。秋になって生気を取り戻し、留学プログラムに応募しましたが、他の参加者のレベルの高さにコンプレックスを抱いてしまいました。大学生活の前半を無駄に過ごしてきた自分を恨むばかりでした。

 そのとき事前研修を斡旋(あっせん)してくれた旅行会社の人が「そこまで辛い時間を経験していながら他の参加者と同じ舞台に立とうとしている君は無能ではないよ。確かに君の進歩の歩幅は小さくアナログであるかもしれないけど、それを続けることができるというのが君の強みなのではないのかな」と言ってくれました。

 そのとき私は自分にも強みがあるということを少しではあるが分かり、ここまで頑張ってきてよかったという気持ちになれました。自分の負の側面に埋もれる微(かす)かな魅力を見つけることが自分の存在意義、つまり生きがいを見つけることになると分かりました。

人間には無限の可能性がある

〈C君〉 この本が何か大きなものを僕の心に与えてくれた、というよりは大きな問題提起であったように思われる。人はなぜ生きるのか、どう生きるのか、人生とは何か......答えのない問いの入り口のようである。

 サルトルは「実存は本質に先立つ」と言った。人間はその生の中で自らをつくり上げなくてはならない、と。だからこそ人間は存在することそれ自体に意味がある、とさらに続ける。

 「生きがいについて」の中でも、そして読書会内でも語られたことであるが、現代ではその「人間は存在することそれ自体に意味がある」ということをどれだけ顧みられないことか。人間の価値はその生産性や経済性にあるという考えが(国会議員を含め)どれだけ蔓延(まんえん)していることか。

池上氏は定期的に読書会を開き、理系出身の若者たちに生き方や学び方など新たな視点を知る機会を設けている

 人間というのは生きているだけで無限の可能性を持っているのではないだろうか?

〈D君〉 読書会参加者の約半数から、これという生きがいが思い浮かばない、生きがいが何か分からないという話がありました。一方、生きがいかどうか分からないと前置きしつつも、感謝されること、いい作品と出合うこと、ものを作ることなど「生きがいのようなもの」について、参加者の方々はいきいきと話をされていたように見えます。

 

◇ ◇ ◇

 一緒に読書を続けてきた諸君の成長ぶりは明らかでした。ここに私の「生きがい」を見つけます。

(敬称略)

[日本経済新聞朝刊2018年9月24日付、「18歳プラス」面から転載]

 ※大岡山は池上教授の活動拠点である東京工業大学のキャンパス名に由来します。日経電子版に「現代史を歩く」「大岡山通信」「教養講座」を掲載しています。

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