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池上彰の大岡山通信 若者たちへ就活節目 学生に贈る言葉
「自ら切り開く人生を」

池上彰の大岡山通信 若者たちへ 就活節目 学生に贈る言葉 「自ら切り開く人生を」
authored by 池上彰東京工業大学特命教授

 10月1日は企業の多くが就職活動中の学生たちに、正式に内定を出す日です。意中の企業から内定を得た学生や、そうではなかった学生も、就活戦線を乗り切ってひとつの節目を迎えたことでしょう。そこで今回は、来春、働き始める若者たちに長い人生を歩む上でのアドバイスを贈ります。

 私は1973年に大学を出てNHKに入りました。社会部の報道記者として事件や事故、教育など様々な分野を取材しました。94年から11年間は、「週刊こどもニュース」という番組づくりに参加し、子どもたちに国際情勢や社会問題をわかりやすく解説する体験も積むことができました。

 できるだけ長く取材現場にいたかったので、将来は解説委員になりたいと考えました。解説委員とはわかりやすく解説する専門家のことです。

◇ ◇ ◇

「人生の可能性を開くのは、君たち自身」(東工大で講義する池上教授)

 ところがある日、こんなことがありました。当時の解説委員長から「君は解説委員にはなれないよ」と宣告されたのです。理由は「君には専門分野がない」というものでした。人生の大きな壁にぶつかった瞬間でした。

 私なりに考えました。専門分野がないことは弱点かもしれない。でも逆に、どんな分野でも解説できるということは強みでもあるのではないか。

 私にとって次々に素朴な質問を発する子どもたちに生放送でニュースを解説することは大きな学びでした。子どもたちが私の先生だったのです。

 NHKという組織の中では「解説委員になる」という夢がかなわず残念なことだったかもしれません。でも、否定されたことで、視点を変えて新たな一歩を踏み出すことができた。それが新しい人生を切り開くきっかけにつながったのです。それは私にとって人生の「転機」でもありました。

 2005年、NHKを辞めました。54歳でした。もともと世界をもっと取材して、本を書いてみたいという希望もありました。退職後、足りない知識を補うため、大学が社会人向けに開設している講座にも通いました。

 自費で中東や欧州へ取材に行きました。ちょうどイランの核開発疑惑が表面化した頃でした。イスラエル、パレスチナなどにも足を延ばしました。現在のニュースの解説に当たっては、過去の現地取材が財産になっています。

 現在、世界や日本を取材し、テレビ番組づくりに参加し、新聞や雑誌にコラムを書いています。思いがけず、ジャーナリストとして活動の分野が広がりました。縁あって、東京、名古屋、長野の大学でも、教授として学生たちに教えるようになりました。人生とは不思議なものです。

◇ ◇ ◇

 来年4月1日の入社式まであと半年間という時間があります。意中の企業から内定を得たとしても、自分の生き方や働き方をよく考えてほしいと思います。

 私が新人だったときの上司は、私に「まずは1年分の生活費を貯(た)めよ」とアドバイスしました。いつ上司と喧嘩(けんか)して辞めることになっても困らないから、というのです。結果、それだけ貯めようとしているうちに何年も過ぎてしまいましたが。

 大きな組織になじめなかったら、自ら起業するという選択肢もあります。就職で人生が決まるわけではありません。長い人生の始まりにすぎないのです。人生の可能性を切り開くのは、まさに君たち自身です。

[日本経済新聞朝刊2018年10月1日付、「18歳プラス」面から転載]

 ※大岡山は池上教授の活動拠点である東京工業大学のキャンパス名に由来します。日経電子版に「現代史を歩く」「大岡山通信」「教養講座」を掲載しています。

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