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一人ひとりがグローバルリーダー(1)田舎の英会話教室が「種」に
~「ギャップイヤー」で渡航、世界と己知る

一人ひとりがグローバルリーダー(1) 田舎の英会話教室が「種」に~「ギャップイヤー」で渡航、世界と己知る
authored by グローバル・ネクストリーダーズフォーラム

 初めまして、東京大学文科一類一年の水元舜と申します。私は今年から大学生活をスタートさせると共にグローバル・ネクストリーダーズフォーラム(GNLF)という国際サークルで活動を行っています。「法学部志望が国際系サークルってよくあるパターンだな」と思われる方も多いでしょうが、ここで少し、私がなぜGNLFで活動するに至ったかのストーリーを、皆さんにお話したいと思います。

 まず最初に、私の国際的関心のルーツを辿るために私の生い立ちからお話ししたいと思います。父の仕事の関係上、私は幼少期に愛知・和歌山・三重を転々としましたが、その中で後の興味に繋がる「種」となったものがありました。それが「英会話」です。

交換留学生受け入れがターニングポイントに

 私が幼少期の数年を過ごした和歌山県新宮市は、大都市地域から遠く離れ大自然に囲まれた田舎町で、外国人を見かけることなど皆無な環境でした。そんな人口3万人にも満たない小さな街ではありましたが、習い事をする所はそれなりに多く、私は母の勧めで姉と一緒に英会話教室に通い始めました。最初はあまり興味を持てませんでしたが、次第に楽しくなり、英語にちゃんと向き合うようになっていったのを覚えています。「英語を学ぶ意義」などというものは理解していなかったにしろ、のびのびと子供時代を過ごしながら、純粋に英会話を楽しんだ経験は、今の私に繋がる大切なスタート地点でした。

 三重県に引っ越してからも英会話教室を見つけて通い、更に転校した公立小学校が「英語教育モデル校」として英語の授業を必修化していたこともあり、いつしか「英語」というものが身近な存在へと変わっていきました。私は、「帰国子女」なんていう恰好の良い肩書きなどない所謂純ジャパですが、以上のような要因から自然と英語に親しむ姿勢は長く培ってきたように感じます。

オーストラリア受け入れ先高校で、ホスト生らと(右から2番目が筆者)

 小学校5年の秋、私にとって大きな出来事がありました。高校生の兄がオーストラリアからの交換留学生を受け入れることになったのです。当時英会話を続けていた私は英語に関して苦労する家族の手助けをするうちに、今まで日本人相手に教室の中で使っていただけの英語が、母語の違う人々と互いに感情や意見・経験を共有するための有意義な「道具」へと変わりました。これは「単なる英語学習」から「英語を使った国際経験」へと焦点が変わった非常に大きなターニングポイントであったように思います。

 それから、私は自然と「国際交流」や「国際経験」に惹かれるようになり、後に留学生の受け入れ・渡豪ともに経験しました。短期の語学留学に参加したり、高校生向け国際プログラムに応募をしたりと、地方故に少ない国際経験のチャンスを掴もうと必死でした。それらは私の英語力の向上は勿論、それ以上に私自身の「国際経験」に対する姿勢や意欲の頑丈な土台要素となったと言えます。海外渡航の際に人間同士の交流に言葉や文化の壁が薄く感じた時もあれば、また別の場合には逆に言語や文化の壁の強大さを痛感するなどするうちに国際交流に一層のめり込むようになりました。

大学入学早々に休学、1年かけて海外で活動

 ここまで「なんだ、よくある話じゃないか」と思われた方もいるのではないでしょうか。私自身振り返ってみて、所謂「お利口さん」な学生時代だったと苦く実感しています。しかし、そんな「お利口さん」が急にあらぬ方向へ舵を切ることになるのです。それについてお話しします。

 4月、意気揚々と上京し、フレッシュに大学生活を始めるのが元々描いていた未来予想図でしたが、実際には入学早々、大学の「特別休学プログラム」に参加を決めて特別休学届を提出している自分がいました。それは入学直後から1年間特別休学という形をとり、支援金を貰って自主的に活動を行うもので、欧米では主流な「ギャップイヤー制度」に似たプログラムでした。漠然と「国際的な職業に就きたい」と考えていて国際経験に飢えていた自分は単純にこのプログラムへの参加を決めましたが、振り返るとこれは私にとって色々な意味で大きな決断でした。

アイスランドにて、ボランティア仲間と

 具体的な内容については省きますが、1年間の活動中に得た学びや経験は数え切れない程ありました。しかし一番痛感したのは、世界に出れば自分がいかに未熟で無知な人間であり、しかもそれを今まで気づいていなかったという事実でした。多種多様な人々との出会いがありましたが、その度に自分の常識や固定観念を覆されたり、またそれに対し柔軟に対応できず意固地になったり、不快感を露わにしてしまったりする自分がいることに気付かされた、というべきでしょうか。それを痛感したのが、渡航先で出会った友人との口論でした。

 彼はアジア系のアメリカ人で、アムステルダムで留学生として学ぶ、バックグラウンドや経験が実に国際的な人物でした。彼とはイギリス留学中に知り合い、彼が私の国際興味に共感したことで仲良くなりました。しかしある日、北朝鮮についての話題となった際、互いにヒートアップして口論となり、遂には険悪な空気になってしまったのです。彼とは結局、別れの直前まで気まずい関係となってしまいました。しかし振り返ると、その端々に私の人間的未熟さと視野の狭さが滲み出ており、原因はほぼ自分側にあったことに気付いたのです。狭い日本の、さらに限られたコミュニティの中で生活していた私が、少し英語に触れて短期海外渡航を経験しただけで「国際人間」になった気分でいたという事実を正面から突きつけられた気分でした。同時に、自分自身への考え方、ひいては他者への姿勢が変わった瞬間でもありました。

偏見を持たずクリアな頭で相手と接する

 このような経験を通して、私は「国際交流」を新たな視点から捉え直すことができたように感じます。「〇〇人」として接するのではなく、個人として真っさらな姿勢で接すること。異文化交流は楽しいものではありますが、自身の持つ「相手の文化像」に全てを当てはめようとすると、見えている思いがけないリアルも簡単に見落としてしまう。なので、文化や考え方の違いに直面した時、意見の正しさを争うのではなく、時間をかけて異なる考え方の裏にある思いや文化的側面を理解し、互いに共有して歩み寄る努力をすること。自分の考えが受け入れられないと何らかのもどかしさやマイナスの感情を抱きがちですが、極力私情を抑えて自分の頭をクリアにし、その上で相手の意見に耳を傾ける。それこそが国際交流において大切な基盤となる姿勢なのではと私は考えます。

現在復学した私は、浅草のホステルでアルバイトをしています。世界中からゲストが集まる場所で働きながら「観光」という分野で観光客を通じて世界を相手にする貴重な経験を積めていると感じます。その中で、文化的背景の違いや固定観念の相違に直面することは多々ありますが、これは避けては通れない「通過点」であると私は考えます。

 GNLFでは、世界各国からの参加者が一堂に会し、センシティヴな問題についてさえも意見を交わす本会議が1年に1回用意されます。日常の中では硬直しがちな自身の思考をリフレッシュし、世界に共通する問題に対して新たな視点を得られる素晴らしい機会であるように感じられます。私のこれまでの経験を踏まえ、より有意義な意見交換を実現できるように、準備・サポートを含め、一つ一つのプロセスから学びを得ながら貢献していきたいと思います。

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■グローバル・ネクストリーダーズフォーラム(GNLF)
年に1度、世界各国から大学教授と大学(院)生を日本に招き、国際的な問題について議論すると共に文化交流を深める「本会議」を企画・運営している学生団体。今年度は2019年2月18日〜27日に参加者を10ヶ国以上から集め、「マイノリティ」をテーマにした本会議を東京で開催いたします。ホームページ  http://jp.g-nextleaders.net/