日本経済新聞 関連サイト

OK
skill up-自己成長

池上彰の現代史を歩く内戦や虐殺、傷痕深く 悲劇の王国カンボジア

池上彰の現代史を歩く 内戦や虐殺、傷痕深く 悲劇の王国カンボジア
=テレビ東京提供
authored by 池上彰東京工業大学特命教授

 世界遺産「アンコール遺跡群」で知られるカンボジア。1970年代後半、独裁者ポル・ポトに支配され、数百万人ともいわれる国民が殺されたという悲しい歴史があります。ゼロからの再出発の国づくりを日本は手伝い、絆を深めてきました。「何が起きていたのか」。現地を訪ね、極限状態を生き抜いた人々の証言とともに悲劇の歴史をたどります。

知識人を敵視し処刑したポル・ポト政権

 東南アジアの新興国カンボジア。首都プノンペンから飛行機で約1時間。人気の観光地シェムリアップは、世界遺産「アンコール遺跡群」で知られます。

 日本は風雨や内戦で傷んだ遺跡の保存や修復を支援しています。その一つ「アンコール・トム」にあるバイヨン寺院。修復作業に携わるチア・ノルさんに話を聞きました。実は日本と深い関わりがあります。

内戦下のカンボジアを脱出し、日本で学んだチア・ノルさんにインタビューする池上彰氏(右)(遺跡「アンコール・トム」にて)=テレビ東京提供

 「ポル・ポト政権時代、私が9歳だったころ。医師の父、高校生の2人の兄は殺されました。私も母から離され、兵士として養成されました。一日を生き延びることで必死でした」

 彼は80年、13歳のときに内戦下のカンボジアを脱出し、日本に難民として迎えられました。努力して日本語や生活習慣を学び、日本の大学へも進学しました。

 少しポル・ポトについて補足しましょう。彼は知識人を敵視し、教師、留学生、眼鏡をかけた人などが処刑の対象になったそうです。諸説ありますが、当時の人口約600万人のうち犠牲者は推定100万人とも、300万人ともいわれます。30代以上が少ない人口構成になり、国の再建に大きな課題を抱えたのです。

 悲劇の王国は、朝鮮半島やベトナムと同様に東西冷戦に翻弄されてきました。

 53年、カンボジアはフランスの植民地から独立します。ところが、70年、シアヌーク殿下が海外訪問中、クーデターで親米派のロン・ノル政権が誕生したのです。裏で糸を引いていたのは米国でした。

 一方、カンボジア共産党がシアヌーク殿下を担ぎ、反政府勢力「カンプチア民族統一戦線」が誕生。これを中国などが支援します。ポル・ポトは75年、ロン・ノル政権を倒しました。そして約3年8カ月、"狂気"の支配が続いたのです。

 当時を知る人々に話を聞くことができました。

 元ポル・ポト兵のサルーンさんを訪ねました。

 「16歳で強制的に部隊に入りました。国民が殺されていることは知っていましたが反対できなかった。私は両親も兄弟も殺され、内戦後に地雷の事故で左足を失いました。助け合い、差別のない国になってほしい」

 絵描きだったボウ・メンさんは、2万人が収容されたという刑務所で生き残った7人のうちの1人です。

 「米国のスパイ容疑で連行され、暴力と尋問の日々でした。妻も暴力を受けました。一握りの幹部が罰せられただけで関係者は生きている。謝罪の言葉もありません。私にはいまも終わっていない問題なのです」

 ポル・ポト時代の清算は終わっていないのです。

新しい国づくりに日本人が協力

 やがて78年12月、ベトナム軍がカンボジアへ侵攻すると、ポル・ポト政権はあっけなく崩壊。ベトナム寄りのヘン・サムリン政権が樹立され、ポル・ポト派などとの内戦になります。混乱の時代が続きました。

 89年にベトナム軍が撤退した後、対立してきた関係者が歩み寄り、91年にパリ和平協定がまとまります。新しい国づくりに日本も協力することになります。

 国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC、明石康特別代表)がつくられました。UNTACの下で、憲法を制定する議会選挙が実施されることになりました。日本では国連平和維持活動(PKO)への自衛隊参加をめぐって、国会で激論が交わされたのです。

 ところが、復興を支える日本人2人が殺害される事件が起きました。現地の警察官養成のために文民警察官として派遣された岡山県警の高田晴行さん。選挙を支援する国連ボランティアだった中田厚仁さんです。

 中田さんがカンボジアで活動した動機についてテレビ東京の取材に答えていました。一部を紹介します。

 「子どものころ、ポーランド在住時にカンボジアで国民が殺されたことを知りました。そうした問題を防ぐためにできることは何かということを考えました」

 中田さんはあえて治安の悪い地域を担当したそうです。中田さんの父親は息子の遺志を受け継ぎ、国連ボランティア名誉大使として活動されました。

 98年、ポル・ポトはジャングルで亡くなりました。特別法廷で一部の元政権幹部は裁かれましたが、すべて解明されたわけではありません。

 当時の政権にいた人々、家族を殺された人々が同じ国内でいまも暮らしています。国民どうしが加害者と被害者に分かれて争えば、新たな国づくりの障害になりかねません。カンボジアは内なる課題を抱えながら再建の途上にあるのです。

取材メモから
(1)カンボジアはクーデターや内戦など混乱の歴史を歩んできた
(2)ポル・ポト政権時代を生き抜いた人々はいまも苦しんでいる
(3)日本は和平の実現、遺跡の保存や修復などで協力してきた

◇    ◇

〈お知らせ〉 コラム「池上彰の現代史を歩く」はテレビ東京系列で放映中の同名番組との連携企画です。ジャーナリストの池上彰氏が、20世紀以降、世界を揺るがしたニュースの舞台などを訪れ、 町の表情や人々の暮らしについて取材したこと、歴史や時代背景に関して講義したことを執筆します。

[日本経済新聞朝刊2018年10月15日付、「18歳プラス」面から転載]

※日経電子版に「現代史を歩く」「大岡山通信」「教養講座」を掲載しています。

「日経College Cafe」のお勧め記事はこちら>>