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発信!理系女子(25)ヤゴ推しオタク、ミジンコに萌える(下)
~見習いハカセに聞いてみた!博士課程の日常

発信!理系女子(25) ヤゴ推しオタク、ミジンコに萌える(下)~見習いハカセに聞いてみた!博士課程の日常
authored by 東北大学サイエンス・エンジェル

 大人になったら、なりたい職業ランキング第1位、「学者・博士」(2018年 第一生命保険会社調べ)。でも、学者や博士ってどうやってなれるのでしょう。多くの場合、大学院で研究をおこなって、博士後期課程の学位を授与されるとその分野の「博士」を名乗ることができます。

学部生の時から通う深泥池(京都)の浮島で採集に向かう様子。トンボが約60種生息しており(日本にいるトンボの約3分の1です!)、氷河期の遺存種まで生息しているという、生物屋には大変興味深く、魅力的な池です

 こんにちは。「ミジンコの死んだふりはヤゴに効果ある?」という研究をしている東北大学サイエンス・エンジェルの山田紗友美です。前回は、大学院に進学するにあたっての研究室選び、研究室訪問、研究テーマ決めについてお話ししました。今回は、博士の卵である大学院生の〝実態〟をQ&A形式でお伝えしようと思います。

 大学院の博士課程といわれるものは、2段階あって、前期課程(以下、修士課程といいます)が2年、そののちに後期課程(以下、博士課程といいます)が3年あります。私は現在、後期課程2年に所属していて、大学院生活も4年目になりました。

「どうしても知りたい!」という気持ちが原動力

Q:なんで博士課程に進んだの?

 水の中の生き物が見ている世界っていったいどんなものなんだろう? いつの頃からか、水辺に行くと、上から水面をのぞきみるのが習慣になっていました。高校生まで、その水辺を好む生物がそれぞれ好きな場所に点々と生息しているのだろうと思っていました。

 大学生になり、点と点だと思っていた生物達は、捕食、競争、寄生、共生など、いくつもの関係線でつながっていることを〝理解〟しました。その時、急に世界がくっきりと、カラフルになったことを覚えています。この質問を聞かれると、いつも決まってこの瞬間が頭の中に出てきます。私の場合は、見ていた世界が180度変わる感動があったこと、どうしても知りたい! 伝えずにはいられない! そういう気持ちがあったからだと思います。

食う食われる関係のイメージ図。 現在は右図のような、食う食われる攻防のより詳細な部分を追っています

孵化したばかりのアキアカネ(⾚とんぼの仲間)です。今日も尊い

Q:毎日、大学院で何しているの?

 おおよそ、室内実験や野外調査などでデータをとって、データを解析して、関連のある論文をできるかぎり読みつくして、論文を書きます。週に1度、研究室で1週間の進捗と予定を話し、研究室内で論文の紹介(発表形式で)などをします。また、1年に2~3つある国内外の学会で発表したり、時にはTA(学内のアルバイトのようなもの)をしています。研究室で自分用の机とパソコンが用意されているので、そこで作業するか、実験室で実験したりすることが多いです。私は、平日(たまに土曜日)の10時~19時くらいの間で作業をしていることが多いです。

死んだふりをするマルミジンコです。池や湖、田んぼなどの浅く水草が繁茂するような沿岸部によくいるミジンコ界のアイドルです

失敗の多い毎日、苦しい時も

Q:研究はどんなことが大変ですか?

 研究室にもよりますが、研究をはじめる前よりもずっと自分で考えて行動する場面が増えます。ですが、自分で考えているよりも研究がうまくいくことは少ないので、失敗が多い毎日です。そんな試行錯誤の時間が長いと、結果がでなくて焦ります。周りは進捗があるのに、自分だけなかったりする場合は、いくらマイペースでも苦しい時があります。

Q:修士課程と何か変わりますか?

 具体的に修士課程の時と変わることは、基本的に講義がないこと、より質の良い研究成果が求められ論文を書く機会が増えること、あとは周りの環境だと思います。周りの環境というのは、修士課程で修了して就職する人がやはりメジャーなので、一部の人の視線が「ハカセ...?」と奇妙な珍獣を見るような目に変わります(笑)。また、就職した友達が増えるので、食事に出かけた際に、私が学生の立場だからと気を遣って会計の際にお金を出してくれる時には、ちょっと侘しい気持ちになります。ですが、自分が必要だと思う、その気持ち以上に好きなだけ研究に没頭できるというのは、博士課程ならではの自由と喜びだと思います。

鳥の海(宮城)で実験で使うためのヤゴ採集をしました。あいにくの雨模様だったのですが、予想以上にヤゴがたくさんいたので、時間も忘れて夢中になっていました

深泥池の浮島でヤゴを採集中。泥深いところもあるので、うっかりハマると足が抜けません。慣れてくると、足が取られてもとりあえず周囲を網ですくってみたりします

Q:博士課程ってめっちゃ頭よくないと進学できないんですよね?

 博士課程の人は、みな必ずしも優秀であるとは言えません。もちろん、博士課程には素晴らしい研究をしている人がたくさんいます。ですが、個人の優秀さと博士課程に進学するかどうかは実際には別問題です。博士課程進学は金銭面、進路の不透明さなどなど、正直、抱え込む問題が多く、それに伴う精神的な負担が修士のときと比べるとずっと大きいのが博士進学を選ばない主な理由です。優秀さうんぬんよりも、まずどんな自分を目指すのか、そして様々な問題を乗り越えられるだけの研究への執念や覚悟があるのかということの方が、博士課程の進学にはずっと重要です。

まだ知らない新しい一歩へ 生物採集はやはり楽しい

学会はスーツ必須が多い中、生態学系は発表者も来場者もカジュアルで自由な服装の人が多いです。温かくも鋭い指摘が飛びます

Q:そんなので、博士課程って楽しいですか?

 私は今年で26歳ですが、この年齢だからこそ、純粋に自分が知りたいと思ったことを博士課程で追求することは「普通」のことでないと理解しています。失敗ばかりなのにいつも温かく励ましてくれる指導者達、信頼して笑ってくれる家族や仲間を得られたから、「特別な」毎日を過ごせていると思います。そして、修士課程では力不足だった実験や論文の執筆が、今、少しずつ進められていることを本当に嬉しく思っています。あと、毎回泥まみれになる調査での生物採集はやはり楽しいです。調査や大事な実験前日の夜は今でもそわそわして眠れません。

 とは言うものの、推しヤゴがとれなかったり、飼育していたミジンコの培養に失敗した時は、ふて寝するか酒を飲みます。そういった予想していた結果にならないと、手強い猛者に対峙するような困惑と感嘆が混ざったまなざしで生き物をみます。研究の明確な「正解」を把握するには一生かかってもたどり着かないか、あるいは誤答に行きついてしまうかもしれないと思う時もあります。

 それでも、研究は一つ一つ、時間を超え、国境を越え、研究分野を超えて、発信され続けています。たくさんの研究者による研究成果がいくつもの関係線でつながりあい、はじめて人類がまだ知らない新しい一歩を踏み出すことができるのだろうと思います。いつかその一歩を力強くするような研究を残せたらいいと思います。