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働くを虹色に(1)LGBTの就職差別をテクノロジーで解決へ
13歳のあの頃の僕へ~いじめられっ子だった中学生編

働くを虹色に(1) LGBTの就職差別をテクノロジーで解決へ13歳のあの頃の僕へ~いじめられっ子だった中学生編
authored by 星賢人JobRainbow代表取締役

 「すべてのLGBTが自分らしく働ける社会の創造」を目指す、株式会社JobRainbow代表取締役の星賢人と申します。現在、月間12万人が利用するLGBT向けの求人サイト「ichoose(https://ichoose.jp/)」、LGBT就職情報メディア「JobRainbow(http://jobrainbow.net/)」、1000名以上のLGBT就活生が参加するキャリアイベントを運営しながら、これまでに1部上場企業を含む300社以上の企業や行政、教育機関でLGBT研修や講演、ダイバーシティ推進コンサルティングをしてきました。

 JobRainbowはデートマッチングアプリなどとは違い、恐らく日本で最も多くのLGBTに関する質の高いライフデータを保有し、最も多くのLGBTフレンドリー企業の情報、およびコネクションを有する企業です。

 最近では Forbes 30 under 30 in Asia に社会起業家としては唯一の日本人として選ばれたり、ソフトバンク孫正義会長に選ばれ孫正義育英財団の1期生にもなっています。

 今年の3月に東京大学大学院情報学環を卒業、先日25歳の誕生日を迎え、20代も後半に入るということで、僕のこれまでの人生経験も誰かの役に少しでも立つのではないかと思い、少しだけ語らせてもらえたらと思います。

なぜLGBTの社会課題を僕は解決したかったのか

人生に絶望していた13歳の中学生、ゲイであることに気付く

 まず最初に、僕はゲイです。男性として生まれ、自分のことを男性だと自認し、好きになる相手が男性の同性愛者です。

 そのことに気付いたのは13歳くらいの時、中学1年生の頃は明るくクラスの中心的な存在でしたが、2年生に上がるにつれ、同性に惹かれる自分に気付きました。男子校だったこともあり、周りに男しかいないためこんな気持ちになるのかと悩むようになったのもこの頃です。

 学校の教科書を開いても、書いてあるのは

 「思春期を迎えると"自然"と異性と惹かれ合う」

という一文。「ああ、自分は"自然"ではないんだな」と子供ながらに思ったことを鮮明に覚えています。当時は空前のオネェブームということもあり、IKKOさんや楽しんごなどいわゆる"おかま"と言われる芸能人がバラエティを賑わせていました。

LGBT差別がメディアで平然と行われてた10年前
友人にも家族にも相談できない異常な空気がそこにはあった

 そんな中、家では両親がそんな芸能人がでる番組を見て一言「気持ち悪い、賢人はこんな人になっちゃダメだよ」と。日本という国で、同性愛者であることは家族にも言えないことなんだと漠然と感じました。

 そしてそれはクラスメイトにも蔓延していました。毎日のように、「どんだけ〜」とIKKOさんのモノマネをして笑うクラスメイト、カミングアウトはしてなかったけれど、AV女優や彼女の話に上手く入ってこれなかったり、なよなよしているという理由から、次第に周りからは毎日のように「おかま」「ホモ」と笑われ、楽しんごの真似を強要されるようになりました。

 僕は負けず嫌いだし、強がりです。だから無茶振りをされても、いじめがエスカレートしても、いつも笑顔でヘラヘラしていました。「おかまじゃねえよ」と笑いながら、そう口にする度に自分で自分を否定しているような気がして、13歳の自分はプライドも尊厳もズタボロに。部活には剣道部に所属してましたが、先輩からは防具なしで竹刀で殴られたり、事あるごとに暴言を吐かれているうちに、段々と心が死んでいくのを感じてました。

 そんな日から段々と、学校に遅刻しがちに。そして毎朝、学校にいくふりをして通うようになったのは池袋のネットカフェ、そこで1000円6時間の学割パックを購入し、インターネットゲームをするのが日課になっていました。

はまっていたオンラインゲームで全国大会4位に、世界が広がるのを感じた

 今では知っている人は少ないかもしれませんが、その時僕がはまっていたのが、SuddenAttackというFPSゲーム。当時は日本で最もユーザー数の多い(累計登録1800万)シューティングゲームで、多額の賞金がでる全国大会や世界大会までありました。

 その頃には自分も、家で自作PCを作って朝から晩まで部屋にこもって一日中ゲームをするような生活に。家庭環境も悪化していた時期で、連日の喧嘩から母親に窓からPCを投げられることも(笑)。

 段々と上達し、いわゆるプロを目指すようなチームに入り、毎日8時間とか練習試合をこなすようになってくると、自ずとゲーム内に何十人も友達ができるようになります。実際に会うことはなくても、Skypeなどで話しながら毎日ゲームを一緒にする友達。

 年齢層は様々で、小学生から社会人まで色々な人と話すようになりました。そこでふと初めて自分がゲイであることを、ネット上で一番の親友に打ち明けました。返ってきたのは「お前はお前だから」、彼はストレートで彼女もいたけれど、その後も変わらずオンラインで毎日遊んでくれました。

 そんな中、全国大会に出場、Best4にまで上り詰めゲーム内ではちょっとした有名人に。あと1勝で韓国で行われる世界大会に招待されるということで、非常に惜しかったですが、クラスでは周りから散々ばかにされていた僕ですが、ゲーム内でヒーローのように求められ、認められたことで、初めて自分を取り戻したような気がしました。そして何より、「自分はゲイでも良いんだ、それでも認めてくれる人はいる」と気付けたことが生きる希望になりました。

今、どこかで悩んでいるだろうLGBTの君へ

たった40人のクラスに君の居場所はなくて良い

 恐らく、今もこの世界では多くのLGBTの若者が、13歳の頃の自分のように悩み、苦しみ、人生に絶望し、死の淵に立たされているだろうと思います。それはすごく悲しい。僕が伝えたいことは、たった40人のクラスの中に居場所がなくても、きっとこの世界には貴方を求めている場所があるということ。

 あの頃の自分は、本当に1クラスが自分の世界の全てでした。でもオンラインゲームを通じて、ちっぽけかもしれないけど、大切な自尊心を取り戻し、自分のことを心から認めてくれる人たちに出会えたことは、人生の大きな転換点でした。

 そして、同時にインターネットを通じて初めて「LGBT」という言葉を知ったのもこの時、当時はどの国でも約5%がLGBTと書いており、20人に1人、自分のクラスにももう一人くらいいる割合だと気付いた時に初めて「自分は世界に一人ぼっちではないんだ」と気付けました。

テクノロジーを通じて社会課題を解決する、そう心に決めた

 インターネットに救われたこの経験が、現在の会社のテーマでもある、テクノロジーによる社会課題解決に繋がっています。エンジニアリングにこそ、この凝り固まった社会構造を打破する力、インパクトがあると今もまっすぐに信じています。

 たかがオンラインのゲームかもしれませんが、この大会をきっかけに学校に通い直すようになり、退学寸前ながら校長面談や反省文を書き、なんとか付属の高校に上がることができました。

 今、e-sportsが世界でも、また日本でも益々注目されはじめています。当時は「ゲーム=悪」という風潮がありましたが、僕にとってのゲームは多分みんなにとってのサッカーや野球のような勇気や希望を与えてくれる存在でした。今世界がゲームを再評価し始めたことが素直に嬉しいです。

 僕はテクノロジーを悪ではなく、善と捉え、これからも活用していきたい。

 自分の会社、株式会社JobRainbowを通じて、世界を繋げたい。

 LGBTにとって、また全ての生き辛さを抱える人たちにとって、13才のあの頃の自分にとって、安心して生きられる場所をこの地平線に作ろうと心に決めています。

働くを虹色に(2) ビジネスコンテストで優勝し起業~大学生編に続く
 大学に入学後、あるトランスジェンダーの先輩との出会いが、LGBTの就職差別解消に僕を突き動かした。