日本経済新聞 関連サイト

OK
skill up-自己成長

池上彰の現代史を歩くスペイン内戦 「ゲルニカ」が継ぐ戦禍の記憶

池上彰の現代史を歩く スペイン内戦 「ゲルニカ」が継ぐ戦禍の記憶
=テレビ東京提供
authored by 池上彰東京工業大学特命教授

 およそ80年前、内戦下のスペイン北部の小さな町ゲルニカは無差別爆撃を受け、多くの命が奪われました。祖国の悲劇を知った巨匠パブロ・ピカソは、その怒りと悲しみを「ゲルニカ」に込めたのです。当時の対立は現代のカタルーニャの独立運動にも深く関わっています。今回の旅はバルセロナとマドリードを訪ね、情熱の国が歩んだ20世紀を振り返ります。

 現代史を巡る旅はバルセロナからです。建築家アントニ・ガウディによる世界遺産「サグラダ・ファミリア(聖家族教会)」を訪れました。1882年に建設が始まってから1世紀を超えても未完成です。1930年代のスペイン内戦で、設計図が燃えたからだといわれています。

サグラダ・ファミリアの前で、スペインの現代史について解説する池上彰氏(バルセロナ)=テレビ東京提供

 当時、スペインは新しく誕生した共和国政府と旧体制への復活を求める反乱軍とが衝突します。フランシスコ・フランコ将軍が反乱軍を率い、ドイツやイタリアが支援したのです。内戦の死者は30万~40万人とみられます。反乱軍が勝ち、長い独裁政権が続きます。

 スペインは歴史的に複数の国が併合されてできました。バルセロナのあるカタルーニャは共和国支持者が多く、反乱軍の攻撃を受けた激戦地のひとつでした。

独立運動につながる歴史

 ウリオル・ドメネクさん(95歳)の証言です。「15歳の時、イタリア軍の爆撃で家を失い、多くの人々が亡くなりました。独裁政権時代にはカタルーニャの言葉すら禁じられ、フランコは共和国派の人々をつぶしたかったのでしょう」

 2017年、州政府が行った住民投票では90%が独立に賛成しました。住民の意識にはスペインの成り立ちがかかわっています。

ウリオル・ドメネクさんに、スペイン内戦の体験を聞く池上彰氏(右)(バルセロナ)=テレビ東京提供

 内戦のさなかの1937年4月26日に大きな事件が起きました。ドイツ軍が人口5千人ほどの町ゲルニカを無差別爆撃します。多くの人々が亡くなり、壊滅的な被害を受けました。

 スペイン政府からパリ万博への出品依頼があったピカソは、フランスで祖国の惨状を知りました。およそ1カ月で「ゲルニカ」を描いたといわれています。

 マドリードにある「ソフィア王妃芸術センター」で、ゲルニカを間近に見ました。この美術館には世界から年間360万人が訪れるそうです。モノクロで描かれた「亡くなったわが子を抱える母親の叫び」に、言葉を失いました。

 地元の専門家、マドリードコンプルテンセ大学のドロレス・ヒメネス教授に解説を聞きました。

祖国を案じていたピカソ

 槍(やり)が刺さった馬は、何も罪を犯していないのに傷を負った町の人々を表しています。

 絵の上部にはランプにも、太陽のようにも見えるかたちがあります。これは、「神の目」「電球」「爆弾」とも推測できます。人は何かアイデアがひらめいたとき、電球のマークを描くことがあるでしょう。人間のひらめきからつくられた道具は、夜を明るくするけれど、破壊もするという皮肉にも受け取れるのです。

 時代が移り、国連本部で奇妙な出来事がありました。2003年2月、ピカソ監修によって織られたタペストリーの「ゲルニカ」が青いカバーに覆われてしまったのです。「誰が、何のために隠したのか」

 掲げられていたのは国連大使らが記者の質問を受けるエリア。「イラクは大量破壊兵器を隠し持っている」という疑惑から、米国がイラクを攻撃しようとしていたとき。戦争の被害を連想させる「ゲルニカ」を消し去りたかった人物か組織があったのでしょう。

 1970年代、独裁政権に転機が訪れます。75年に終身国家元首フランコが亡くなったのです。民主的な選挙を基に新しい国づくりが始まりました。フアン・カルロス1世国王は「君臨すれども統治せず」を貫き、民主化を支援しました。

 ピカソは73年に亡くなるまで祖国の未来を案じていました。当時、「ゲルニカ」は米国の美術館に展示されていて、「スペインが民主的な国になったときに返還するように」と言い残したといわれます。81年、ふるさとへ「ゲルニカ」が帰ることになったのです。

多様性を重んじる人々

 スペインが民族の対立を乗り越えようとしている象徴的な出来事がありました。2007年、「歴史の記憶法」が成立し、内戦や独裁政権時代に弾圧された人々の名誉を回復する活動が始まっています。

 「歴史記憶回復協会」は11万人余りの身元確認を進めています。協会のボニファシオ・サンチェスさんは「スペインはカンボジアの次に内戦による行方不明者の多い国です。活動を続け、家族のもとに遺骨を返したい」といいます。

 スペインが多様性や民主主義を重んじる背景には、内戦や独裁政権に対する深い反省があります。新政権の閣僚が発表された際、17人中11人が女性でした。人々がいまも歴史と向き合い、憎しみを越えて、開かれた国づくりを進めていこうという決意の表れなのでしょう。

取材メモから
(1)スペインは年間8000万人もの観光客が訪れる世界有数の観光大国
(2)現代の地方の独立運動には、内戦以来の対立が関わっている
(3)政府は民主化を進め、開かれた政治の実現に取り組んでいる

◇    ◇

〈お知らせ〉 コラム「池上彰の現代史を歩く」はテレビ東京系列で放映中の同名番組との連携企画です。ジャーナリストの池上彰氏が、20世紀以降、世界を揺るがしたニュースの舞台などを訪れ、 町の表情や人々の暮らしについて取材したこと、歴史や時代背景に関して講義したことを執筆します。同番組の関連映像は動画配信サービス『Paravi(パラビ)』で配信します。

[日本経済新聞朝刊2019年1月21日付、「18歳プラス」面から転載]

※日経電子版に「現代史を歩く」「大岡山通信」「教養講座」を掲載しています。

「日経College Cafe」のお勧め記事はこちら>>