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デジタル社会の光と影(5)“将棋対決” 人vs.コンピューター
~“ついに”勝ったのは…

小川和也 authored by 小川和也アントレプレナー、フューチャリスト
デジタル社会の光と影(5) “将棋対決” 人vs.コンピューター~“ついに”勝ったのは…

小川和也のデジタル社会の光と影(5)

 プロ棋士とコンピューター棋士ソフトによる棋戦「電王戦」。2勝2敗で迎えた最終局が、4月11日、東京・渋谷区の将棋会館で行われた。先手の阿久津主税八段がわずか21手という短手数で対局相手のソフト「AWAKE」に勝ち、通算成績を3勝2敗とした。序盤で阿久津八段がAWAKEの弱点を突く一手を指し、わずか49分で終局。4度目の電王戦で、初めて棋士側が勝ち越しを決めた。コンピューターに敗れ続けてきた人間が、最終決戦で"ついに"勝った。

 「電王戦」が初めて行われたのは2012年のことだ。

 歴史的第1回目では、(故)米長邦雄永世棋聖と「第21回世界コンピュータ将棋選手権」優勝ソフト「ボンクラーズ」が対局し、男性棋士として初めてコンピューターに敗れた。翌2013年の第2回「電王戦」では、佐藤慎一四段が現役として初めて敗れるなど、1勝3敗1分で負け越した。まさに、コンピューターがプロ棋士を圧倒する。2014年に行われた第3回「電王戦」では、ソフト事前貸与の義務付け、ハードの統一化でプロ棋士が有利とみられていたにもかかわらず、プロ棋士側の通算成績が1勝4敗と、前年の成績をさらに下回る衝撃的な惨敗となった。

コンピューター将棋の歴史はまもなく50年

 「電王戦」が行われる遥か昔から、プロ棋士の棋譜を元にしたプログラミングは試みられており、コンピューター将棋の歴史はまもなく50年を迎えるともいわれる。ただし、かつてのコンピューター将棋のレベルは、プロ棋士に勝てるものからはほど遠かった。1990年代に普及したゲーム機用の各種将棋ソフトも遊びの域は超えず、とてもプロ棋士を脅かすような次元には至らなかった。

 まさかこの短期間で、プロ棋士がコンピューター相手に四苦八苦することになるなど、多くの人が想像できなかったはずだ。「電王戦」でプロ棋士が苦杯をなめ続けるようになった中で、阿久津八段が一矢報いたことで安堵と歓喜一色になるかと思いきや、この一矢が物議をかもす。

 AWAKEが以前アマチュアと対戦した際に、「自陣にあえて隙を作ることで、AWAKE側に持ち駒の角を打たせて捕獲してしまうことができる」という弱点が見つかった。

 阿久津八段は昨年12月にAWAKEを借りた数日後に自陣にあえてソフトに角を打たせると、その後に角を捕獲できる可能性が高いという弱点を発見していた。先のアマチュア対戦の前からソフトの"穴"に気付いていたことになり、それを踏まえて勝負に挑んで勝利した。対戦ソフトの事前貸与を受けられるようになってからも、プロ棋士はコンピューターの穴を突く作戦は取らなかったが、阿久津八段は勝利こだわった。

ソフトの"穴"を突くのは卑怯?

 勝利したにもかかわらず、「阿久津八段の指し手は正攻法ではないトリック戦法の"ハメ手"であり、卑怯だ」という類の批判が浴びせられ、ソフトの"穴"を突く一手による勝利の是非が問われることになった。

 "ハメ手"を使うに至った心境について、阿久津八段は「事前にソフトを貸し出していただくというルールの中で、自分にできる最善ということでこの作戦を選びました。普段はやらない戦法なので葛藤はありましたが、団体戦で2勝2敗ということもあり、一番勝率の高い形を選ぶべきだと思いました」と述べている。

 「コンピューターがプロ棋士を負かす日は?」。

 1996年版「将棋年鑑」(日本将棋連盟)内でなされたプロ棋士に対する問いだ。「永遠になし」「こないでしょう」「来世紀」「100年は負けない」と答える有力棋士が多かった。その中で、羽生善治氏は「2015年」とピンポイントの年数で回答していたが、結果は電王戦をみての通りだ。

将棋がコンピューターに完全解明されたら

 テクノロジーの進歩は、有力棋士の想像をはるかに超える速度であったということだろう。コンピューターの穴も、もちろんこれから改良されて進化を続ける。その先で、まだ完全解明されていない将棋が、コンピューターによって完全解明されてしまうかもしれない。それはプロ棋士の存在意義すら問いかねない。将棋がコンピューターによって完全解明されてしまったとしたらどうするかという問いに対し、かつて羽生氏は笑いながらこのように返している。

 「そのときは桂馬が横に飛ぶとかルールを少しだけ変えればいいんです」

 羽生氏は、コンピューターの進化を脅威と捉えていないように思える。それどころか、コンピューターのレベルが上がり、将棋が完全解明されることで、さらに高度な将棋を楽しめるようになることを待ち望んでいるかのようだ。

 たとえ、ロボットや人工知能の能力が人間に追いついたとしても、それらと人間が互いに進歩するルールをつくるのは他ならぬ人間だ。コンピューターの穴を発見し、それを補うのもまた人間である。

 阿久津八段のあの一手も、羽生氏の視点も、人間とコンピューターが切磋琢磨し、人間の叡智を磨くプロセスの中のひとつの出来事なのだと僕は捉えている。

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