日本経済新聞 関連サイト

OK
career-働き方

日立造船、排ガス浄化技術で
切り開く新航路

日立造船、排ガス浄化技術で切り開く新航路

 日立造船が大型船の排ガス浄化装置(脱硝装置)で「新航路」を切り開こうとしている。地球温暖化を引き起こす窒素酸化物(NOx)を9割強減らす装置の商用化に世界で初めて成功した。2016年には船の排ガス規制が厳格になり、脱硝装置の需要は本格化する。新造船撤退を機に「陸」に上がった日立造船が再び海へと挑む。

NOx排出量で新規制

 「脱硝装置は100億円規模の事業になる。開発チームに入らないか」。08年、古川実社長(現会長)に呼び出された機械・インフラ脱硝ビジネスユニットの中尾徹第1設計部長は直々に口説かれた。思わぬ誘いだったが、古川社長の真剣な語り口に「思わず足が震えた」(中尾氏)。当初から100億円という数字は夢物語ではなかった。同時期に国連傘下の国際海事機関(IMO)が「16年以降に新たに就航する船舶はNOx排出量を10年までの基準からさらに80%減らす」という厳格な新規制を策定。約1千億円の巨大市場が生まれていたのだ。

 三菱重工業など競合企業も一斉に開発へ動き出したが、日立造船には勝算があった。「舶用エンジンを手掛ける会社は多いが、社内で触媒事業までやる会社はうちしかない」(中尾氏)。NOxは窒素と酸素の結合体。触媒と反応させて分解すれば無害化できる。建造量で国内2位の舶用エンジン事業と、火力発電所などに排ガス用フィルターを納める触媒事業。双方の知見が脱硝装置の開発へ最大限に投じられた。

舶用エンジン(写真下部)に取り付けられた脱硝装置(写真上部)。内部で尿素を吹きかけ、排ガスに含まれるNOxを分解していく

 08年にはデンマークの舶用エンジン最大手のマン・ディーゼル&ターボ社と開発協定を結んだ。同社は大型エンジンの約8割に製造ライセンスを供与し、周辺機器の採用にも影響力を持つ。当時、マン社も触媒メーカーと共同開発を進めたが「相手先に舶用エンジンの知識がなく、開発が難航していた」(関係者)。交渉はとんとん拍子で進んだ。

 強力な後ろ盾を得て、日立造船はエンジンの周囲に反応器を取り付ける方式(SCR)の装置開発に乗りだした。強酸性の排ガスを無害化すべく、アンモニアを含む尿素を吹きかけ、触媒フィルターで反応させて分解する方式を採用した。NOxは無害な窒素と水に分離され、船外に放出されるのだ。

脱硝装置(写真上部)の配置イメージ。排ガスは上部の蒸発器で尿素水を吹きかけられ、右側の反応器で触媒と反応して無害化される

 装置の設計にはマン社との連携が遺憾なく発揮された。中でも「競合との差を生む天王山」(土井照之脱硝ビジネスユニット長)が、エンジンから排ガスを引き入れる吸入口の配置変更だ。主流はエンジン直後に吸入口を設ける形だが、日立造船ではあえてエンジン直前に吸入口を配置した。直前に移すことで排ガス温度が約5割高まり、従来は必要だった加熱装置なしに排ガスを触媒と反応させることが可能になった。直前に移すには排ガス量の調節などエンジン側の制御部をいじる必要がある。マン社などライセンサーと共同開発をしていない競合他社は吸入口の配置変更に二の足を踏んでいた。

 11年から実施した累計1万時間を超す実船試験では、触媒メーカーの強みも生きた。試験では排ガス温度が上がりきるまでの間、アンモニアと排ガスに含まれる硫黄分が反応して機器に損傷をあたえる物質に変質する可能性が浮上した。そこで、日立造船は触媒の成分を改良し、反応する温度帯を調整。競合であれば触媒メーカーへの成分開示請求や改良作業で開発が止まってしまう事態だが、もともと内製化していたため即座に課題を解決できた。

欧州船主から高評価

有明工場(熊本県長洲町)のエンジン総組み立て棟(写真)。巨大なエンジンが何基も組み立てられていく景色こそ、日立造船の源流と言える

 14年春、日立造船は満を持して脱硝装置を市場に投入した。造船業界に縁の深い顧客も多く「久しぶりに日立造船が帰ってきた」(造船関係者)と反響は大きかった。14年だけで問い合わせは100件超。マン社などから製造ライセンスを受ける舶用エンジンと異なり、自社開発の脱硝装置は海外へ自由に売り込める。特に環境意識が高い欧州船主からの評価が高く、「既にギリシャ船主などと具体的な話し合いに入っている」(日立造船)という。

 ただ、海外での明るい船出の陰で国内では不穏な動きもある。舶用エンジンとのセット販売で相乗効果を狙うが国内船主の反応が乏しいのだ。装置への問い合わせは絶えないが、「億単位の投資が必要。動静をギリギリまで見極めたい船主が多いようだ」(国内造船所)。本格導入は16年以降となりそうだという。

 舶用機器事業は3年連続で赤字を計上する見通しで、市場関係者は「撤退も検討すべきだ」(国内証券)と厳しい視線を送る。業績改善には脱硝装置の受注を通じて、主力の舶用エンジンの受注を底上げするしかない。「国内船主は実績を重視する」(澤田賢司常勤顧問)だけに、競合に先駆け脱硝装置を投入した欧州・アジア市場で成功を収め、後追いする競合を突き放したいところだ。

 日立造船の社員にとって脱硝装置の成功と舶用機器事業の復活は長年の悲願だ。巨大な精密機器の塊である舶用機器は「ものづくりの象徴」(澤田氏)。重厚長大にあこがれ入社した社員にとって、営業利益のほぼ全てをごみ焼却施設の設計など「エンジニアリング事業」で稼ぐ現状には割り切れない部分も多い。

 澤田常勤顧問は「ものづくりとエンジニアリングの両輪で成り立つのが日立造船」と熱弁する。果たして脱硝装置はものづくり企業、日立造船復活ののろしとなるのか。祖業を育んだ海を舞台に企業のアイデンティティーを取り戻す新たな「航海」が始まっている。
(大阪経済部 山本夏樹)[日経電子版2015年3月30日付]

「電気よりエンジン マツダが挑むエコカー戦略」はこちらから>>

「燃料電池車『ミライ』 解剖25年にクラウンHV並み価格へ」はこちらから>>

「日経College Cafe」のお勧め記事はこちらから>>