日本経済新聞 関連サイト

OK
[ career-働き方 ]

ロボットに負けない働き方(1)「半沢直樹」が失業するとき

authored by 新井紀子×柳川範之
ロボットに負けない働き方(1) 「半沢直樹」が失業するとき

 ロボット(人工知能)は、人間の代わりに働いてくれるのか、それとも人間の仕事を奪ってしまうのか? これから何をどのように学び、どのような仕事をすればよいのか? この連載では、数学者の新井紀子・国立情報学研究所教授と経済学者の柳川範之・東京大学教授が、これから30年の人間の働き方についてじっくりと語り合います。

柳川 ぼくの専門は経済学で、新井先生の専門は数学と情報科学と専門が異なりますが、問題意識に共通している点があって、年に数回は会って議論していますね。新井先生は「ロボットは東大に入れるか」というプロジェクト(「東大に受かるロボ研究・新井紀子氏『ホワイトカラーの次へ』」)のリーダーです。

 ぼくたち2人の共通の問題意識というのは、「今後ロボット(人工知能)が人間の仕事をどんどんこなせるようになる時代に、人間はどのような仕事ができるのか?」というものですね。

新井 はい。「ロボットは東大に入れるか」は、人工知能にセンター試験と東京大学の2次試験の問題を解かせようとすることで、人間と人工知能の可能性を明らかにしようという今年で4年目のプロジェクトです。東大の記述式の2次試験はまだ難しいので、まずは選択式のセンター入試で有名大学合格レベルに達することを目標にしています。

 このテーマで高校生や大学生を対象に講演して学生の感想を聞くと、AIとかロボットとかはよくメディアにも登場するし、iPhoneのSiriとか、お掃除ロボットのルンバとか、いろいろなものに「人工知能搭載」とか書いてある、だからもう人工知能は完成していて、人間同様に考え、人間以上の能力をもつすごい機械ができちゃっているんじゃないか、というイメージがあるようです。

 それで、そうしたすごい機械が自分の代わりにいろいろ便利なことをしてくれる。でも、それによって自分の将来するはずだった仕事が取られてしまうかもしれない、とまでは考えていないのではないでしょうか。

柳川 ぼくが話をする相手は主に大学生ですが、同じような印象です。社会の変化や技術の発展についての知識はあるけれども、それと自分の仕事や就職を結びつけて考えている人はほとんどいないように見えます。

新井 究極の人工知能ができたとしたら、それは人間には把握できないビッグデータのような膨大な情報量のものも計算できて、しかも人間みたいにおかしな間違いとか計算ミスなんかはしない。能力の点では人間をはるかに上回る存在になるかもしれません。だから、そんなものが出てきたら、ホワイトカラーの仕事は根こそぎ全部取られてしまってもおかしくない。でもそうした仕事の競争相手としてはあまり考えずに、賢い人工知能が出てきたら世の中が便利になるだろう、という消費者としてのイメージしかないのは社会人も同じですね。

柳川 夢のような便利な未来像はある程度想像できるけれど、実際それが実現した姿をはっきりとはイメージできない。だから、具体的にいくつかの産業で新入社員の募集がゼロになったとしたら真剣に考えるかもしれないけれど、まだそこまでは達していないので深くは考えない、というところだと思います。

 ただ、多くの学生は、かなり長く、もしかすると60歳とか70歳くらいまでその会社で働くことを前提に会社を選んでいると思います。そうするといま目の前の現状だけを見て、どんな企業がいいかとか、どんなスキルが必要かとかを考えていて大丈夫なのかなというのは心配になるところですよね。変化が実感されるのはいつごろなのかがわかれば、もう少し変わってくるかもしれませんが。

英語も数学も人間の負け?

新井 研究していると、ある程度の知的活動は人工知能に取って代わられるだろうというのは容易にイメージできます。例えば自然言語処理。多くの人がすでにGoogle翻訳とかYahoo翻訳というような機械翻訳を使っていると思います。数年前までとんちんかんな訳ばかりで使い物にならなかった機械翻訳ですが、性能はそれなりに上がってきて、例えば英独とか英仏といった同じ起源をもつ言語間であればかなりの精度が出るようになってきています。

 それでも、村上春樹の小説がすばらしく流麗に翻訳できるようにはならないかもしれない。けれどもそう遠くない先に、普通の日本人が中高で6年とか、大学までで10年とかの間、英語の授業が週4回とか5回とかあって、さらに受験勉強もして、英会話学校に通って、と一生懸命勉強するよりも、よほど機械翻訳の方が上手になるという可能性はそれなりにあるわけです。

 そうなると、10年間、時間もお金もかけて英語を勉強したけれども、それよりも機械のほうがよくできますということになる。その英語学習にかけた投資はどうやって回収すればいいのかということになってきます。

柳川 投資にリスクはつきものですが、世の中に必要とされていて、将来役に立つだろうと思って身につけた能力が必要とされなくなるような事態になれば、社会的なインパクトは大きいですね。学習にかけた時間がもったいなかったというだけではなく、それをある程度専門的なスキルとして、仕事に役立てようあるいは職業にしようとしていた人にとっては、どうやって生きていけばよいのか、と途方にくれてしまう事態になるかもしれません。

新井 数学もそうです。だいたい計算問題だと大学1、2年の微積分の難しい問題あたりまでは、数式処理でかんたんにできてしまう。数学というのは勉強してもなかなか身につかない、といって人間は苦労しているのに、コンピューターなら一瞬でできてしまうとなるといったい何が起こるかです。

 それは数学の専門家に限った話ではありません。ビジネスでも多くの分野で数学が使われています。例えば少し前にドラマ「半沢直樹」でも話題になった銀行員の仕事。銀行がこの人にはどれだけお金を貸してもよいかをみきわめる与信審査というものがあります。

 これはもちろんお金を借りにきた人が土下座したから貸すとか、コネがないから貸さないとかそういうことではなくて、過去の取り引きの履歴とか、どのぐらい資産があって、こういう職業のこういう家族構成のこういう年齢の人であれば、だいたいいくらぐらい貸しても、何年間で返せる能力があるのか、過去の例を参考に、融資を回収できて利益を出せる適正な融資額を決めるものです。知識と過去の経験から、その金額を正確にはじき出せる人が、銀行でいうと審査という仕事で、「できる銀行員」といわれて、高度な仕事だとされていたわけです。

 ところがこの仕事は、データさえあれば、統計と確率から推定できる「最適化問題」で、そういう計算はまさにコンピューターが得意とするところなのです。

柳川 確かに、融資額を決めるのは基本的にはデータですからね。すぐれた審査マンというのは、そういったデータが頭に入っていて、さらに長年の経験とそれにもとづく勘が働くということでしょうが、現実にはすでに、勘よりも客観的データに基づいて判断される面が多くなってきています。何年も仕事を続けてきたベテランの銀行員とほとんど同じ、あるいはそれ以上の仕事を、コンピューターが一瞬でやってのけてしまうようになったら、働き方に与える影響は大きいですね。

新井 ええ。つまり銀行員という、いかにも高度で人間にしかできなさそうな仕事が、まっさきにコンピューターに取って代わられるということです。

新井紀子(あらい・のりこ) 国立情報学研究所教授。専門は数学・情報科学。『コンピュータが仕事を奪う』(日本経済新聞出版社)、『ロボットは東大に入れるか』(イースト・プレス)など著書多数。
柳川範之(やながわ・のりゆき) 東京大学大学院経済学研究科教授。専門は経済理論・法と経済学。『東大教授が教える独学勉強法』(草思社)、『東大柳川ゼミで経済と人生を学ぶ』(日本経済新聞出版社)など著書多数。

【関連記事】
「仕事って何(3) 東大に受かるロボ研究・新井紀子氏『ホワイトカラーの次へ』」 >>
「ついに人工知能が銀行員に「内定」 IBMワトソン君>>

「日経College Cafe」のお勧め記事はこちら>>