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規制緩和は何のため(5)タクシーに迫る「危機」
五輪控える日本に欠かせぬ決断

規制緩和は何のため(5) タクシーに迫る「危機」五輪控える日本に欠かせぬ決断
authored by 戸崎肇早稲田大学教授・経済学者

 タクシーは規制緩和政策によって大きな影響を受けた産業のひとつです。大学生の場合、タクシーに乗る機会は少ないかもしれませんが、社会に出れば時間を節約するため利用することが増えるでしょう。今回はこのタクシー業界を巡る問題点について考えてみます。

小泉政権下で参入容易に

 発端は2002年です。当事、競争促進政策を強力に推進していた小泉政権のもとで、タクシー業界への規制が大幅に緩和されました。最低保有台数は60台から10台に引き下げられ、車両も新車ではなく中古車でも構わないことになりました。営業所や車庫も自社で保有しなくてもリースでいいということになり、新規参入が容易になったのです。

 この結果、タクシー市場の総車両数は大幅に増え、競争が激化しました。1台あたりの売り上げが減少。運転手は収入源を補おうとするので、労働時間が長くなり、疲労を蓄積させていきます。そして利用者を何とか獲得しようと、無理な車線変更をするなどで事故の件数も増加していきます。中年層は低賃金構造のもとでは家族を養うことができないためにタクシー業界で働こうとはしません。長時間労働という劣悪な環境が加わって、若年層も敬遠します。

タクシー運転手の高齢化が進む(写真はイメージ)

運転手の高齢化、平均60歳に迫る

 こうしてタクシーの運転者は年金で生活を下支えできる高齢者層が多くなり、タクシー運転者の平均年齢は60歳に迫っています。高齢化が進むことで、運転中の状況変化にも適切に対応できなくなり、事故を起こすというマイナスのスパイラルが生じているのです。

 大都市の駅や盛り場には大量のタクシーが客待ちで駐車することから歩道に接する車線がふさがれ、場合によっては複数の車線が占領されることによって、深刻な渋滞を引き起こす要因ともなってきました。

政策転換、台数を制限

 こうした事態は社会的にも問題であると認識されるようになり、市場の適正化に向けた動きが起こってきました。2009年、国土交通省はタクシー適正化・活性化法(正式名称「特定地域における一般乗用旅客自動車運送事業の適正化及び活性化に関する特別措置法」)を制定、タクシーの台数を削減する方向に政策方針を転換しました。

2002年の大幅な規制緩和から一転、2009年以降は台数を制限する流れに(写真はイメージ)

 台数が供給過多であるとみなされる地域については協議会を設け、その中で適正台数を算定し、それを念頭においた台数削減目標を掲げ、タクシー業者に対し削減への協力を要請したのです。この取り組みは一定の成果を生み、タクシー1台当たりの営業収入も上向きました。

 さらに2014年には法律が改正されました。国から指定された地域に関しては、独占禁止法の適用除外を受けて、台数の強制的な削減が実行できるような仕組みが導入されることとなりました。

規制強化に批判も

 こうした規制強化の動きに対しては、反対する声も高まりました。新規参入を果たした事業者の側は「新たな政策は既得権益を守るためのものであり、消費者の利便性を損なう」と批判しました。政府の規制改革会議も、規制強化の動きに待ったをかけ、指定地域の設定についてその数をできるだけ絞り込むよう迫ります。

公正な競争が大前提だ(写真はイメージ)

 結局、その意見が採用されました。当初70~80地域が指定されるだろうと予想されていましたが、実際の数は大幅に抑え込まれることになりました。指定地域に指名された地域でも、その指定を受諾しないという決議がなされる例も増えています。

 台数を強制的に減らすことは法的にも難しい問題です。タクシーを保有する事業者にとって、タクシーは「財産」であり、その財産を保有する権利は保障されなければなりません。それにやる気がある事業者を排除するような政策は認められないのは当然のことでしょう。

公正な競争大前提に

 ここであえて問題提起しなければならないのは、すべての事業者が「公正」な競争のためのルールを守っているかどうかです。交通産業において最大の命題は安全性の確保です。そのための投資がきちんとなされているか。運転者にその負担が押し付けられていないか。その点をしっかりと社会的にチェックしていかなければなりません。

 残念ながら、必要な車両の整備が行われていないなど、最低限守らなければならないルールが守られないケースが多くみられます。それを国が監視しようにも、十分な人員を確保できない切迫した予算状況もあります。民間がその代わりに監視できるかというと、それも法的権限の問題もあって難しいのです。

地方のサービス低下を懸念

 一方、これまでの問題は都市部のものであり、地方では逆の状況が生じているところもあります。利用者に対して、十分なタクシーサービスが提供できないところもあるのです。地方はマイカー社会になっているので、そもそもタクシー事業がなりたちにくい状況があります。

「適正化のためには一時的に参入を抑制することもやむをえない」と考える筆者

 しかし、高齢者など、マイカーを利用できない人が多くなっています。病院に行くにも、タクシーを利用できないのは不便ですが、タクシーが「公共手段」であるという認識は地方では薄いのが現状でしょう。タクシー事業が厳しさを増し、このままでは地域住民の生活も立ち行かなくなる懸念があります。

 このほか、2020年の東京オリンピック開催を考えれば、タクシーの台数を制限するのは理に適っていないという見方もあります。しかし、タクシー事業が健全な成長を遂げていくためには、競争が適正に行われているかどうかについて、これまで以上に厳しく監視していくことが必要だと思います。

 地方におけるタクシーの安定供給をどのように果たすのかも大きな課題です。しっかりとした議論の場をつくるために、タクシー適正化・活性化法をより有効に活用すべきではないでしょうか。一時的に新規参入を抑制し、競争環境の見直しと修正をはかりながら、タクシーのもつ公共性をどのようにすれば最大限発揮していくかを考えることに大きな意義があると考えます。

戸崎肇(とざき・はじめ) 1963年大阪府生まれ。京都大学経済学部卒、日本航空に入社。在職中は社会人大学院に通う。経済学者に転進するため、博士号取得にめどをつけ日航を退社。帝京大学、明治大学勤務を経て現在、早稲田大学ビジネススクール教授。航空政策・空港経営、交通一般の情勢に詳しい。趣味はランニングと読書。交通産業を体感的に理解しようと最近、バスの運転免許を取得した。

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