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時代に追い越され破綻
名楽器メーカーのたそがれ

時代に追い越され破綻名楽器メーカーのたそがれ
authored by 藤森徹帝国データバンク東京支社情報部部長

 ギブソン、フェンダー、グレコ、フェルナンデス......。これらの名前を聞いて「著名なギターメーカー」と即答できる者は、音楽バンドの経験者か現役バンドマンだろう。この名器メーカーのリストに名前を連ねていた一社、ベスタクス(東京・世田谷)が昨年、経営破綻した。音楽シーンをリードしてきた世界的ブランドの失墜の背景に何があったのか。

世界ブランドのギター、DJ機器

 「悲報!マジかー」「うそだろ」「世の中、世知辛すぎる」「お世話になりました」「一部の機器だけでも存続を」――。

 ベスタクスが東京地裁から破産手続きの開始決定を受けたというニュースが流れた2014年12月上旬、短文投稿サイト、ツイッターではこうした破綻を悲しむ数百もの「つぶやき」があふれた。

 嘆息したのは大きく分けて2グループ。ひとつは、1980年代終盤から90年代初めにかけてのロックバンドの一大ブーム、いわゆる「いか天」時代をリアルタイムで経験した40~50代のグループ。もうひとつは、2000年代に入ってからのクラブシーンでDJ(ディスクジョッキー)の音楽パフォーマンスを楽しんだ20~30代のグループ。ベスタクスが幅広い年齢層から支持されていたことが分かる。

ベスタクスが東京・渋谷で運営していたスタジオ「VESTAX TO THE CORE」。オリジナルレコードの製作を体験できるのが人気だった(写真は2002年当時)

 同社を立ち上げたのは、世界的な「楽器設計家」として知られる椎野秀聰(しいの・ひでさと)だ。日本楽器製造(現ヤマハ)の勤務を経て、1977年に椎野楽器設計事務所を設立。長年、エレキギターやベースギターの設計開発に携わり、ギブソン、フェンダー、マーティンなど海外本場のモデルの模倣商品が多い中で、グレコ、アリア、フェルナンデスなど国産ギターの設計をプロデュースした。世界に通用するものづくりを目指して、楽器・精密機器の集積地である長野県に専門工場を開設するなど、モノづくりへのこだわりも強かった。楽器用プリアンプや録音用マルチトラックレコーダーなど電子楽器分野への進出を機に、87年にベスタクスと社名を変更した。

 その後、音楽シーンの変化に伴い、DJ向けミキサーの開発に注力し、その後はターンテーブルも販売。PMCシリーズ(DJ向けミキサー)やPDXシリーズ(ターンテーブル)は、世界的なヒット商品となった。特に海外での評価が高く、ヨーロッパベストミキサーオブザイヤー、ターンテーブルオブザイヤーなどを受賞。ベスタクスは「Vestax」として世界規模で多くのユーザーに支持される有名ブランドへと成長した。

ベスタクスの創業者、椎野秀聰氏(写真は2005年当時)

 海外展開を加速するため、89年に英国で、91年には米国で現地法人を設立。欧米での評判がきっかけで「Vestax」ブランドの製品が逆輸入され、さらには高い技術力を背景に大手音楽機器メーカーへのOEM(相手先ブランドによる生産)も行うなど業容は拡大した。02年3月期の売上高は約25億1400万円になった。

 椎野が楽器作りのカリスマだったことに疑いはない。実はベスタクス以前に、イーエスピー(ESP、東京・豊島)という楽器メーカーとショップを一体化した会社の立ち上げメンバーに加わっており、このときから椎野の製作するギターは「SAMURAI Sound」と呼ばれる名声を獲得していた。

 しかし、ベンチャー企業の経営者によく見られる「会社の存続と成長にこだわる執念」は、あまり持ち合わせていなかったようだ。ESPでは、拡大路線を目指す他の経営メンバーとの意見の相違から、数年後に自ら会社を去った。ベスタクスでも2002年、椎野は欧州、米国事業を担当していた中間俊秀に経営を譲り、自身は代表権の無い取締役に退いた。

 ベスタクスを離れたことについて、椎野は実家のシルク製品を扱う会社の復興を表向きの理由としているが、椎野自身の著書『僕らが作ったギターの名器』(文春新書)では、音楽が身近にあふれる現在の社会を「息苦しい」とし、仕事にストレスを感じ、楽器、音楽の世界から撤収したことを明かしている。そして、その事実を「音楽を裏切ったことにほかならない」とも記している。

カリスマが去った後の迷走

ベスタクスが運営していたDJ機器専門店

 カリスマが去った後、ベスタクスの経営は嵐の中に突入する。音楽市場の縮小、安価な中国製品の台頭、さらにはCDからデジタルプレーヤーへと音源や音響機器の形態が目まぐるしく変わっていった。こうなると資本力に劣る同社などでは新製品の開発が追いつかなくなってくる。「DJ関連機器は頻繁に買い替え需要が発生する製品ではない。新規ユーザーはあまりおらず、最近は固定ファンがほとんどだったようだ」(業界関係者)

 それでも、近年は新たな主流となっていたパソコンを使ったDJプレーに対応すべく、コンピューターインターフェースの開発に注力。米アップルと提携して開発した「SPIN」や「Typhoon」は音楽関係者から高い評価を得た。だが、大幅な業況改善には至らず、規制強化によるクラブシーンの停滞もあり、厳しい収益状況が続いていた。

 さらに、円高による輸出部門の不振、東日本大震災後の買い控えなどの影響も大きくなり、本社事務所の移転や従業員の大幅削減などによる立て直しを図るも、2014年8月には実質的な営業停止に追い込まれた。東京地裁から破産手続きの開始決定を受けたのは14年12月5日。負債額は9億5500万円に上った。

 椎野は前述の自著で「音楽が変質すれば、楽器、音響機器は同じ運命をたどるしかない」とも述べている。「時代のサウンドが求める製品を作る」というスタンスを貫いてきたベスタクスだが、一方で市場の激変という時代の大波には抗しきれなかった。

 ただ、この破綻は必然だったのだろうか。環境の変化は、どんな分野・業種にもつきもので、激変を乗り越えて成長を続ける企業はたくさんある。もし、カリスマの椎野が「もの作り」と同じぐらいのこだわりと情熱を企業の継続に生かしていたら......。こんな思いを巡らせる関係者は多いはずだ。ベスタクスへの音楽ファンの支持が失われていなかったことは、ツイッターの悲嘆のつぶやきの数が証明している。=敬称略

藤森徹(ふじもり・とおる) 帝国データバンク東京支社情報部部長。スポーツ用品メーカーを経て92年(平成4年)同社に入社、大阪支社配属。バブル経済崩壊後の数々の企業破綻を現場の第一線で見続けた。06年福岡支店情報部長、2010年から現職。現在は各地で中堅中小企業の経営問題に関する講演もこなす。兵庫県出身。51歳。

[日経電子版2015年3月18日付]

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