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[ career-働き方 ]

美大流シャカイの扉の開き方(2)1年間、休学したいのですが…

小川敦生 authored by 小川敦生多摩美術大学芸術学科教授
美大流シャカイの扉の開き方(2) 1年間、休学したいのですが…

 3年ほど前に「1年間休学したいのですが」と相談に来た男子学生がいた。菅原海人君。当時彼は、東京五美術大学管弦楽団という東京近郊の美大合同学生オーケストラの団長を務めていた。

 私も学生時代から今までほぼずっとアマチュアオーケストラでヴァイオリンを弾き、責任者のようなこともやってきたので、オーケストラの団長の仕事の大変さはよく分かる。一方で、喜びの大きさも想像できる。

 そんな菅原君がわざわざ相談に来たのは、私の「音楽と美術」という授業に親しみを持っていたからだろうと推測している。相談に来てくれるというのは、実にありがたいことだ。信頼してもらっている証拠だと勝手に思っている。

 とはいえ、休学するというのはやはり心配だ。「1年間、全国を旅したい」という。自分探しの旅というやつだろうか、いわゆる「放浪」か、などと考えてしまう。決心は固そうだし、必ず戻ってくるという。特に止めることはしなかった。

 菅原君は休学の後、昨年度の初めに戻ってきた。4年生として、「Whooops!」という雑誌を制作する私のゼミの授業に登録したのだ。ずっと気にかかっていたので、ほっとした。1年間の旅で、「自分」は見つかったのだろうと思った。これでもう地に足をつけて卒業に向けた学生生活を送るだろうとも推測した。

小川ゼミで発行しているアート誌「Whooops!」より。左に写っているVol.4の表紙には、萬代さんが取材した山﨑利幸さんの鉛筆彫刻を拡大鏡で覗いている写真(撮影=荻原楽太郎)を使った。菅原君が取材した倉敷本染手織研究所の記事(右の下半分)が載ったページのレイアウトを手がけたのは萬代さんだった

 ところが、その推測は当たっていなかった。菅原君は、復学してからも旅人だった。もちろん授業期間は基本的に東京にいるのだが、機を見て旅に出る。ただ、そこには明確な目的があった。柳宗悦が顕彰したことで知られる「民芸」にかかわる調査を地方でしていたのだ。

 ゼミの雑誌の企画提案ももちろん民芸にかかわる内容だった。東京にいる期間は、鎌倉にある「もやい工藝」という民芸関係の店を経営している久野恵一さんという人物を取材し、「Whooops!」昨年夏号で記事にした。久野さんは有名な民俗学者の宮本常一さんの弟子。もやい工藝も全国の民芸品を集めた極めて特徴的な店だったのだが、残念なことに、久野さんはこの4月に亡くなった。この機会を逃すとできなかった実に貴重な取材をしたことになる。

 さらにその後、今度は岡山県倉敷市に出かけて倉敷本染手織研究所を取材し、秋号に記事を載せた。実にフットワークが軽い。

 卒業論文のテーマも民芸関係だった。それも、これまであまり研究する人がいなかった「大津絵」という、江戸時代の大津(現在の大津市)のみやげ物の絵画を研究の対象にした。大津には3週間ほど滞在したという。卒業論文は、古文献の研究はもちろんのこと、フィールドワークによる調査や現代文化との比較も踏まえた充実した内容に仕上がっていた。こうしたことを考えていて、「菅原君の休学は自分探しの旅などではなく、大学の授業に縛られているとできないフィールドワークをしていたのではないか」と思い当たった。実際に話を聞くと、「自転車で全国の民芸関係の場所を訪ねて回った」という。

 菅原君は今春、大空出版という東京の出版社に就職した。編集記者として情報誌を制作しているという。記者は足で稼ぐのが仕事の基本だ。学生の時にしてきたことをそのまま生かせる職場にいるのは、やはり努力のたまものなのだろう。まだ働き始めて2カ月くらいなので本格的に仕事を任せられるのはこれからだとは思うが、早く成果を見たいという衝動に駆られる。

 フットワークで思い出したのは、やはり昨年度のゼミ生でこの3月に卒業した萬代とし栄さんである。人当たりがソフトで気遣いも細かく話しやすい人柄。一方で、ゼミの雑誌づくりにはとても積極的だった。

 2013年の「Whooops!」夏号用に彼女が提案した企画は、鉛筆彫刻家の山﨑利幸さんのインタビュー記事。山﨑さんの彫刻の素材は、鉛筆の芯だ。例えば「I LOVE YOU」という文字や、輪のたくさんつながった鎖を、直径が数ミリ程度しかない黒い芯から巧みに削り出す。制作現場はなかなかすごそうだ。企画は通った。

 山﨑さんが活動している場所は少し遠く、甲府市まで出かける必要があった。多摩美大のキャンパスがある八王子市は比較的山梨県に近い印象があるかもしれないが、学生が授業の合間を縫って取材に出かけるのはやはり大変だ。しかし、こうした雑誌の企画だからこそ、アーティストと会えるということがある。萬代さんは取材を千載一遇のチャンスと捉え、電車に乗ってとことこと甲府に出かけた。「1mmの世界、挑戦の彼方へ」と題した記事になり、「合格」という文字を彫った山﨑さんの作品の写真が表紙を飾った。

 彼女はエディトリアル・デザイナーの技術も持ち合わせていた。その後、「Whooops!」でも何本かの記事で誌面デザインを手がけた。レイアウトには人柄が出るものだなあ...温かみのある独特のデザインを目にしてこう感心した。

 萬代さんもやはり今春卒業し、水上印刷という印刷会社に就職した。印刷物のデータをコンピューターで作成する部署で働いている。雑誌づくりの経験を生かせる仕事である。
雑誌づくりということ自体が社会とつながっており、学生たちは好き好きに扉を開いて出て行く。そんな学生たちを見るのは、なかなか楽しいものだ。

小川敦生(おがわ・あつお) 多摩美術大学芸術学科教授。専門は美術ジャーナリズム論。1959年福岡県生まれ。88年東大文卒、日経マグロウヒル社(現・日経BP社)入社。「日経エンタテインメント」記者、「日経アート」編集長などを経て日本経済新聞社文化部へ。美術担当記者・編集委員として多数の記事を手がけた後、2012年から現職。

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