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サントリー山崎蒸留所、苦境が生んだ
100種類の原酒

サントリー山崎蒸留所、苦境が生んだ100種類の原酒

 近年のハイボール人気に、NHKの連続テレビ小説「マッサン」の効果も相まって、ブームに沸くウイスキー。マッサンの舞台の一つにもなった国内初のウイスキー蒸留所は大阪府と京都府の境に位置する「天下分け目の天王山」の麓にある。サントリースピリッツの「山崎蒸留所」(大阪府島本町)だ。1924年に完成した国内最古の蒸留所は今や、世界でも評価される蒸留所の一つになった。

霧が発生しやすい湿潤な土地

 JR東海道本線の山崎駅から徒歩10分。広葉樹と竹林に囲まれた森に抱かれるように山崎蒸留所が建つ。赤茶けたレンガ風の外観が森の緑とコントラストをなし、目に鮮やかに飛び込んでくる。明智光秀と羽柴秀吉が戦った「山崎の戦い」で有名なこの地は西国街道が通り、今も鉄道や高速道路などが集中する交通の要衝。電車で大阪から約30分、京都から約15分とアクセスは抜群だ。

 山崎は万葉の歌にも詠まれた「名水の里」で、桂川と宇治川、木津川がちょうど合流する地点。冬場は水面上に冷気が流れ込み、霧が発生しやすい。この湿潤な気候がウイスキー独特の深みを生みだす貯蔵・熟成に好影響を与えるといい、サントリー創業者の鳥井信治郎氏が目を付けた理由の一つとされる。

「名水の里」に立地する山崎蒸留所(大阪府島本町)

 「断じて舶来を要せず」を志したウイスキー蒸留所の歴史は、創意工夫の歴史と重なる。製造工程を見て回ると、探求の痕跡があちこちで見られる。

 大麦麦芽を原料とするモルトウイスキーは大まかに言うと、「製麦(せいばく)→発酵→蒸留→貯蔵→瓶詰め」という工程をたどる。原料はモルトウイスキーに適した二条大麦を使い、約1週間で発芽・乾燥した麦芽を粉砕する。

 麦芽容量16トンと4トンの2つの仕込み槽で、温かい仕込み水と混ぜておかゆ状態にし、麦芽中のでんぷんを糖に変える。時間にして約8時間。木村俊一・品質担当ジェネラルマネージャーは「本場のスコットランドではもっと早いが、ゆっくり混ぜることできれいな麦汁になる。きれいな麦汁は次の発酵工程で華やかな香りを生むのでとても大事だ」と説明する。

 小さな仕込み槽は「原酒を多様化するため、小ロットでの仕込みができるように導入した」と福与伸二・チーフブレンダーが教えてくれた。仕込み室にはふわりと甘い香りが漂っている。

海外より1日長いアルコール発酵工程

 ろ過した麦汁は米松を使った巨大な発酵槽の中で酵母と混ぜる。麦汁中の糖分がアルコールと炭酸ガスに変わり、アルコール度数が約7%の発酵液「もろみ」ができる。海外では発酵工程は2日間だが、山崎蒸留所ではもう1日、木製の槽に生息する乳酸菌などに活躍してもらう。「乳酸菌が働くと、麦汁中の水素イオン濃度(pH)が下がり、すっきりした香りになる」(福与氏)ためで、同蒸留所の発酵工程は約60時間を要する。

 次はいよいよ蒸留。もろみを黄銅色に輝く銅製の「ポットスチル」と呼ぶ単式蒸留器に入れ、2度蒸留する。アルコールがセ氏約80度で沸騰する性質を利用し、アルコールや香味成分など揮発成分だけを取り出す。1回目の「初留」でアルコール度数は約7%から20~25%程度に、2回目の「再留」で65~70%程度に高める。ここでできた無色透明の液体を「ニューポット」と呼ぶ。

粉砕した麦芽を仕込み水と混ぜ、麦芽中のでんぷんを糖に変える仕込み槽

発酵槽の中で麦汁中の糖分がアルコールと炭酸ガスに変わる

 蒸留器の上部のかぶと部分は主に3種類の形状がある。真っすぐ伸びる伝統的な「ストレートヘッド」は成分の多い重厚な酒質に仕上がる。ウエストがくびれた「ランタンヘッド」と、一部が膨らんだ「バルジ」は外気に触れる面積がストレートヘッドより広く、蒸気が冷えて液体に戻りやすいため、軽快で華やかな香りになる。山崎蒸留所にはストレートとバルジが鎮座する。

もろみを蒸留するポットスチル

 蒸留室に入ると、もわっとした熱気がまとわり付く。6基の初留器のうち、5基がガスのじか火炊きだからだ。「じか火だと力強く香ばしく仕上がる」(木村氏)。初留器には焦げ付きを防ぐ装置も備えている。かぶと部分にもろみの沸騰を防ぐための「のぞき窓」もある。もろみが吹きこぼれ、かぶとの先端部に入らないように、窓から内部の様子を確認。必要に応じて火加減を調節する。

 ここで福与さんが面白い話を聞かせてくれた。本来は揮発成分だけがかぶとの先端部を越えていくのだが、高い位置で沸騰したもろみの泡がはじけると、その少量が先端部を越えてニューポットに混じり、独特の深みとまろやかさを生み出す。20年ほど前に国際的なウイスキー学会で発表したところ、大きな反響を呼んだという。

樽が小さいほど熟成が進みやすい

 ニューポットは樽(たる)の中で長期間熟成させる。樽は木の種類や大きさによって様々なものがある。木材は木目が細かくて漏れにくい北米産ホワイトオークや、欧州産スパニッシュオークが主流。山崎蒸留所では国産ミズナラを使った樽もある。ホワイトオークはリンゴやかんきつ系の果物を連想させる香りと黄金色の原酒を生む。スパニッシュオークはドライフルーツのような香りと茶褐色に仕上がる。ミズナラは香木をイメージさせる香りと赤みがかった黄金色が特徴だ。

樽の内側を焼き焦がし、様々な香りが出るようにする

樽に詰めて長期間熟成させる

 大きさは主に3種類。容量約180リットルの「バーレル」は内側を強く焼き、バーボンウイスキーの熟成に1度使った樽を再利用する。容量約230リットルの「ホッグスヘッド」はバーレルを解体し、大きく組み直した。最も大きいのは容量約480リットルの「パンチョン」だ。スペインでシェリー酒をつくるのに使う「シェリー樽」(容量約480リットル)も活用する。

 樽が小さいほど内部のアルコールが樽に触れるため、熟成が進みやすい。樽の内側を焼き焦がすのは、木の成分がバニラやカラメル、コーヒー、アーモンドのような様々な香りを与える成分に変わるからだ。タンニンなどのポリフェノールが原酒に溶け出し、色合いや熟成感を与える。炭化した木材は原酒の不快な香りを吸収する役割も果たす。

 ウイスキーが熟成中に徐々に蒸発して減る現象を「天使の分け前」と呼ぶ。4年間で約1割減り、12年でほぼ半減する。もったいないとも思うが、「濃縮と嫌な香りや成分を飛ばすのに必要だ」(福与氏)。気温や湿度などの変化も加わり、多彩なウイスキー原酒が生まれる。

ウイスキーは熟成中に徐々に蒸発して減る

1日100サンプルをテイスティング

 山崎蒸留所には1924年に初めて仕込んだ原酒も残っている。サントリー全体で約80万個もの樽を貯蔵。原酒のタイプを大別すると約100種類に上る。これだけ多くの原酒を持つメーカーは世界的に見ても異例だ。海外のようにメーカー同士で原酒を交換する習慣がなく、自前でつくらざるを得なかった苦境が多彩な原酒を生み出した。

1924年に仕込んだ原酒の樽

 この膨大な原酒を絶妙なバランスで混ぜ合わせるのがブレンダーの仕事だ。1つの蒸留所の原酒だけでつくる「シングルモルト」もあれば、トウモロコシなど穀物を原料にしたグレーンウイスキーとモルトウイスキーを混合した「ブレンデッド」もある。サントリーのシングルモルトの代表格は「山崎」。ブレンデッドなら「響」だ。こうして様々な原酒を組み合わせて瓶に詰め、ようやく消費者のもとに届く。

テイスティングをする福与伸二チーフブレンダー

左から山崎、白州、響

 ブレンダーがテイスティングするのは1日平均ざっと100サンプル。「これを年間200日、3年間続ければブレンダーになれますよ」と福与氏は笑う。この情熱こそが、2003年に世界的権威の酒類コンペティション「インターナショナル・スピリッツ・チャレンジ」で「山崎12年」が金賞を受賞した原動力になっている。その後も数々の国際コンクールで上位賞を受賞し続けている。

 国内ウイスキー市場は長らく縮小傾向が続いた。83年に約38万1000キロリットルだった市場は08年には7万4000キロリットルまで減少。だが、ハイボールブームなどを背景に底を打ち、近年は消費量が拡大している。サントリーの推計では14年は11万1800キロリットルと前年比6%増えた。

 ウイスキーの復権を受け、山崎蒸留所は13年、約10億円を投じて45年ぶりに設備を増強した。初留器2基、再留器2基を増設し、計16基体制に拡大。年間生産量は4割増えた。もっとも、現在つくっている原酒を飲めるのはずっと先の話。いま売れるウイスキーは過去につくった原酒によるものだ。「山崎などプレミアムウイスキーはすぐに増産とはいかず、供給数量を制限せざるを得ない状況だ」(福与氏)という。

 14年夏には滋賀県東近江市の貯蔵施設「近江エージングセラー」に約40億円を投じ、約15万個の樽を収容できる貯蔵庫1棟を増設。貯蔵庫は計20棟になった。これらの貯蔵庫でウイスキーは3年、5年、10年と時を刻む。子や孫の世代が飲む未来の宝に思いをはせながら、匠(たくみ)の技を落とし込む作業はこれからも続く。
(大阪経済部 関口圭)[日経電子版2015年3月31日付]

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