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グローバルZEN問答(8)「副業のススメ」
~副業で気づく、新たな自分の価値

松山大耕 authored by 松山大耕臨済宗大本山・妙心寺退蔵院副住職
グローバルZEN問答(8) 「副業のススメ」~副業で気づく、新たな自分の価値

 一葉落ちて天下の秋を知る。まだ暑さが残る時期であっても、葉っぱが一枚落ちる様子を見て、秋の訪れを感じなければならない。わずかな変化であっても、そこから将来の大きな世の中の動きを察せねばならないという禅語です。

 2020年に東京オリンピック開催が決まって2年近くが経とうとしています。日本は現在、失業率は低位安定、就職率も回復して、経済的にもひさびさに活気を取り戻しつつあります。また、世界からの注目も集まり、訪日観光客が激増してある種のブームともいえる状況になりました。これからオリンピックに向けて、ますますこういった傾向が増していくのではないでしょうか。しかし、世の中の浮かれた雰囲気の反面、私は新しい変化が訪れようとしているのではないかと非常に危機感を抱いています。

 私事で恐縮ですが、最近、はじめての子供が誕生しました。家族はもちろん、親戚や檀家の皆さんも大変喜んでくださっていますが、子供を授かってはじめて、こんなに育児は大変なものなのかとまさに今実感しているところです。私も率先して手伝うようにしていますが、母親の負担がこれほどまで大きいのかと、その立場になって初めてわかることがたくさんありました。子育ての負担を軽減すべく政府や自治体でもさまざまな施策が講じられていますが、共働き世帯が大半になっている現代においては必要不可欠なことだと思います。

 しかしながら、確かに育児は大変だし、社会全体で支えていかねばならない問題だとは思いますが、私は今後、別の問題でもっと困る人が大勢出てくるのではないかと危惧しています。

単身男性が介護するケースが目立ってきた

 最近、正月や盆に檀家さんのお参りに行くとあることに気づき始めました。それが、単身の方がご両親の介護をしていらっしゃるケースが非常に増えているということです。昔は介護といえば女性の仕事というイメージもありましたが、私の印象では単身の男性が介護をしなければならないケースがかなり目立ってきたということです。

 働き盛りの男性は、女性と比べて家事や身の回りの世話をした経験が少ないですし、会社という組織を離れてしまうと女性と比べて社会とのつながりを築くのが不得手だという人も多いのではないでしょうか。確かに育児は大変ではありますが、子供の成長は喜びですし、大きくなればだんだんと手がかからなくなってきます。

 しかし、介護はその多くの場合、より症状が深刻になりますし、かつ、いつ介護から離れることができるのか先が見通せません。ですから、単身の方が介護をする場合には、働き盛りであったとしても仕事を辞めざるをえないという話もよく伺うようになりました。そして、介護ののちにご両親を看取ったあとも喪失感に苛まれ、一度つながりが切れてしまった社会に復帰するのは想像以上にハードルが高いと言います。

 オリンピックが終わるころには団塊の世代が一気に後期高齢者になり、私自身の両親もその世代ですから、他人事では済まされない事態が訪れます。今から10年後はおそらく、介護スパイラルで国全体が著しい生産性の低下に見舞われるのではないでしょうか。

正規雇用で会社一筋だけが唯一の安定か?

 いま、政府も労働組合も正規雇用を増やすことに躍起になっていますが、こういった将来を見通したとき、果たして正規雇用で会社一筋という働き方だけが、本当に生活の安定や個人の幸福に結びつく唯一の方法なのでしょうか。また、これから社会に出る若いみなさんにとっても、ひとつの組織に属して一生懸命働けば、生きがいが見つかるのでしょうか。

 先日、三重県で法要があった帰りに、寺の池に放つ錦鯉を買いにある養鯉場に立ち寄りました。初めてお伺いするお店だったのですが、私のイメージでは養鯉場というと田んぼの一角に大きな池があって、そこでたくさんの鯉が泳いでいるというのを想像していました。しかし、実際に行ってみると一軒家の軒先の庭で水槽がいくつも並べられていて、その中で所狭しと鯉が泳いでいます。店主に話を伺うと、錦鯉は縄張り意識がないから、浄化槽だけしっかり整えれば、相当な密度で鯉を飼うことができるとのこと。また、近年では東南アジアやヨーロッパでも錦鯉が大ブームになっていて、錦鯉を求めて国内外からお客様が来られるようになったそうです。

 店主は普段は会社員として別の仕事をされているようですが、錦鯉を育てるのは非常にやりがいを感じるし、収入としてもかなり家計の助けになっているとおっしゃいました。会社員としての仕事のほかに、副業をすることで新たな生きがいを見出し、生活の糧にするという方法もあるのか。錦鯉のご縁のおかげで、新しい価値観に触れることができ、そしてこういった生き方こそがこれから迎える介護社会におけるひとつのヒントになるのではないか。そう気づかされたのです。

自分の価値を再発見する

 会社の中だけにいるとどうしても自分の評価は会社からの評価だけになってしまいます。しかし、社会にはいろんな価値観があって、副業を得ると会社の中だけでは評価されなかった自分の価値を再発見する機会にもなります。

 また、正規雇用の仕事を続けるのが難しい状況になったとしても、在宅勤務できるバイトや不定期の仕事をいくつか経験しておけば、自分のできる範囲で収入を得る機会も残ります。また、社会とのつながりが途切れないので、また復帰できるような状況になったときでも心理的なハードルも低く抑えられるでしょう。

 確かに、正規雇用は両親の介護に専念するといった大きな環境の変化がない場合には、生活の安定に資する制度だと思います。しかし、これからの社会情勢を鑑みたときには、非正規雇用もしくは副業をかけもちするということについて、その価値を再認識するべきだと思うのです。

 夏が過ぎると秋はすぐに訪れます。キリギリスのように夏を謳歌するのか。アリのように今からさまざまな価値観を見出す努力をするのか。世の中がオリンピックに浮かれている今だからこそ、各人が真剣に考えておくべき課題ではないでしょうか。

松山大耕(まつやま・だいこう) 臨済宗大本山・妙心寺退蔵院副住職。1978年京都市生まれ。2003年東京大学大学院農学生命科学研究科修了。埼玉県新座市・平林寺での3年半の修行生活後、2006年より現職。外国人に禅体験を紹介するツアーや国内外での講演などを通じて、禅や日本文化の発信を続けている。政府観光庁のVisit Japan 大使、京都市の京都観光おもてなし大使も務める。著書に「大事なことから忘れなさい」(世界文化社2014年)がある。

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