日本経済新聞 関連サイト

OK
skill up-自己成長

キャンパスドリーマー(3)「マジックで”不可能”を消す」
医学とマジックの融合

キャンパスドリーマー(3) 「マジックで”不可能”を消す」 医学とマジックの融合
authored by Co-media
名前:志村 祥瑚(しむら しょうご)さん
所属:慶応義塾大学医学部 精神科研究室
10才からマジックを始め、2012年にラスベガスで行われたJr.マジック世界大会で優勝。現在はプロマジシャンとして活動中。その一方で、マジシャンとして培った「人の心の思い込みをコントロールする技術」を使って、慶応義塾大学医学部精神科研究室で新しい「自分の中の思い込みを外すメンタルトレーニング」を開発している。

――マジックを始められたきっかけを教えてください。

 マジックを始めたのが小学4年生の時でした。父親の影響で始めたのがきっかけです。自宅に地下室があって、そこにマジック用品がありました。書斎にはマジックの洋書もありましたね。最初は趣味程度で始めたという形です。

思い混みだった"目立ったら嫌われる"という発想

――小学校の時いじめられていたとお聞きしましたがどういう経緯だったのですか?

 家で父親に教えてもらったマジックを小学校で披露するようになってから、僕は小学校でどんどんどんどん目立って行きました。目立って行くのが楽しかったんです。ですが、目立って行くにつれて僕のことを面白いと思ってくれる人が減ってきました。そこで、僕は目立ったら嫌われるんじゃないかと思うようになりました。

 みんな、目立ちたがりの人が嫌いなんです。TEDのスピーカーを嫌う人っているじゃないですか?笑 目立つと妬まれたり嫌われたりします。そして、それがきっかけで小学校の時に友達がいなくなりました。

 それがきっかけで中学校に入ったらマジックを辞めました。目立ったら嫌われると思ったからです。代わりに僕の家は医者の家系だったので、一生懸命勉強することにしました。そうやって勉強を続けて、医学の本を読んでいたら、たまたまある一文を見つけました。そこには「人の気持ちになりなさい」と書いてありました。

 そこで、自分の中の思い込みに気がつきました。僕が嫌われたのは目立ってたからじゃなくて、鼻持ちならないから嫌われただけだったんです。僕は自分のためだけにやっていたから嫌われたんです。そうじゃなくて、エンターテイメントは人を楽しませるためにあります。その思い込みに気づいたら、前に進めるようになりました。

マジックにのめりこんだ高校時代

――本格的にマジックを始められるまでの経緯をお聞かせください。

 うちの家庭では僕の人生にレールが敷かれていたんです。中学から慶應の内部進学でずっと上がってきていて、母親は「お受験ママ」でしたし、小学校の時は10個ほど習い事をしていました。その頃はクラスで勉強が一番できる存在でしたね。

 高校に進学するときに人生で自由な時間が増えて、束縛もなくなってくるので、徐々に親に反発するようになってきたんです。高校に入るとマジックの部活に所属していたのですが、親の意見は無視して1日に8時間ぐらい、寝る時食べる時以外は、トランプやコインをいじる生活を送ってました。家でマジックはできないので、電車の窓ガラスを鏡代わりにして、電車の中でずっとトランプのマジックをやっていました。

 そんな中で転機になったのは、高校の文化祭です。高校3年生の文化祭で2000人ほどの観客に、10~20分のショーをしたんです。そうするとものすごい拍手喝采が起こりました。イリュージョンで人が消えるマジックもやりましたし、2000人がいる会場ということもあり、熱気がハンパではなかったんですよね。体が一気に熱くなる感覚でした。その2000人分の熱狂がものすごく気持ち良かったんですよね。

 それがきっかけでマジックのコンテストに出るようになりました。国内・海外問わず色んな大会に参加ました。でもボロ負けでした。精鋭が世界から集ってきますし、自分の力不足に気づいたんです。海外の選手によく怒られました。「しょうご、ハングリー精神足りないよ」と。南アフリカの人なんかは、1年間畑仕事で貯めたお金で来てるんです。僕なんてボンボンですよね。"明日生きていけるか分からない"という環境のなかで来ている人がいるのに"僕は何しているんだ"と強く思いました。

 高校卒業後に慶應大の医学部に入って、将来は医者になるのかなと思っていたのですが、でもその道は違うなと感じ始めたんです。

医学とマジックは融合できないという思い込み

――大学進学後に進路への違和感に気づいた理由は何だったのでしょうか?

 周りの医学生と違い、僕は「自分にしかできない事をやりたい」という価値観があったんです。周りは「医学部に進学しているからOK」という感覚だったんです。僕も専門性を極めればオンリーワンになれるなと思っていました。医学部に入ってみると、「青春を全て医学に注いでます!」という人が多いんです。「将来医者になって、独立・開業して、年収これくらい確保します。」という決まった考えの人も多かったです。安定思考の人もたくさんいましたし、「これで人生おもしろいのかな?」と疑問を持つようになりました。

――その後、志村さんの心境にどのような変化を起きたのですか?

 コンテストでぼろ負けして、もの凄く悔しいなと思いました。それと同時に自分の中の思い込みに気がつきました。僕は自分の人生にはレールがあると思い込んでいたんです。そうじゃない。可能性は無限大なんです。自分のしたい事だけを突き詰めていく人生もあっていいんだと思いました。色々なしがらみとか束縛とか環境を言い訳にせずに生きる道もあるんだと気づいたんです。もしかしたらプロマジシャンをやってもいいかもしれないです。医者とマジック両方やってもいいかもしれないんです。僕は、思い込みに気づいたら、前に進む事が出来ました。

――具体的にどのような行動を実際におこされたのですか?

 それから大学の医学部生活が始まり、とても忙しくなりました。でも合間を縫いながら、自分も環境を言い訳にせず来年に向けてやってみようとがんばりました。

 その後、1年間アメリカのUCLAに語学留学しました。そこではUCLAに浸るつもりは全くなくて、ロサンゼルスのハリウッドに行って、マジックキャッスルという「マジックの殿堂」と言われる場所に通い始めました。ハリウッドスターが通うようなところです。ツテがあって、マジックキャッスルでトレーニングさせて頂けることになったんです。
その結果、3回目のラスベガスの大会でやっと勝つ事が出来ました。

「不可能なんてない」と伝えられるのは僕だけ

――志村さんの現在の活動についてお聞かせください。

 慶應の大学院と、医学部の精神医学研究室の共同研究として、「自分中の思い込みを変えるメンタルトレーニング」を開発しています。人は一度思い込んだら、前に進めなくなる事があります。出来ないと思い込んだら、本当に出来なくなってしまうのです。

 僕も何度も何度も「自分の中の思い込み」が原因で立ち止まる事があったのでよく分かります。ですので、誰もが夢に向かって立ち止まらないで進んでいける世の中が創りたいと思っています。「不可能なんてないんだよ」、「可能性は無限大なんだ」、ということを皆さんにも気づいてもらいたいです。

 そう思い、今の目標は、「一瞬で思い込みを変えられるメンタルトレーニングを創り上げること」です。自分が心の中で出来ないって思っているものが、もしかしたら出来るようになるかもしれない。不可能だと思っていた事も、もしかしたら現実になるかもしれない。そういう心の中の不可能を可能にしてあげるのが、本当の"マジック"なんだ、と思うんです。その新しいメンタルトレーニングで皆が自分の夢ややりたい事に向き合える世界になったら、もっと皆が優しくなって、住みやすい地球になると想います。人類全員が、その人らしく生きられる世界でありたいなと思います。

 もうその一歩を踏み出していまして、現在、【30分でうつ状態が減弱する新しいメンタルトレーニング法の実証実験】をしています。実験を繰り返していて、論文に纏めている最中です。お楽しみに。

(Co-media2015年6月15日掲載)

Co-mediaは「学生に特化した情報プラットフォーム」です。インターネットの発展により、個人の情報発信力に対する価値が高まり、一人の発言によって世の中にムーブメントを起こすことができる時代です。ただ昨今では、若者が自らの意見を主張する場が限られており、情報発信の影響力が最大限生かされていない状況です。学生が「自らの主張を等身大で発信できる」と同時に「他の学生の意見に触れられる」場としてCo-mediaが存在しています。これからも皆さんと共に、日本の学生が盛り上がる場を創り上げて参ります。
サイトはこちらから

【関連記事】
「内定者インタビュー(2)国家公務員を捨ててJICAを選んだ理由とは?(上)」
「キャンパスドリーマー 東大起業家サークルTNKが私を変えた「コンピュータ × 脳」で世界一へ」
「後輩たちへ 「大学に行く方がリスク」 2018年サッカーW杯からの逆算」

「日経College Cafe」のお勧め記事はこちら>>