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高校野球をスマホで生観戦
ITで「スポーツ新体験」

高校野球をスマホで生観戦ITで「スポーツ新体験」

 2020年開催の東京五輪をにらみ、IT(情報技術)の力を借りてスポーツ観戦の魅力を高める動きが活発化している。その一つがスマートフォン(スマホ)向けの生中継(スマホ中継)だ。甲子園球場で開かれる今夏の全国高校野球選手権大会では、全試合をスマホでリアルタイム観戦できる。一球ごとに詳細なデータを画面上で速報。ネットならではの新しいスタイルで試合を楽しめるのが特徴だ。

 スマホ中継は、プロバスケットボールなどほかの競技でも相次ぐ。仕事などが忙しく競技場から足が遠ざかっているファンをつなぎ止めると同時に、興味が薄いファン予備軍を呼び込む効果が期待できるためだ。

 空き時間にスポーツ観戦を手軽に楽しむスタイルとして定着させることができれば、2020年に最先端のスポーツの楽しみ方として日本発で世界へアピールできる可能性も出てくる。

地方大会決勝戦から本大会まで無料

 「2014年に実施した生中継では、1000万人を超えるユニークユーザーを獲得した。消費者の多くがスポーツ観戦の醍醐味をリアルタイム性にあると感じている証拠だ」。サービス開発を請け負ったリムレットの黒飛功二朗社長はこう語る。

 同社は2013年、大手広告代理店出身者を中心に「事業の成長戦略を描き、実現する会社」として設立された。特に既存メディアのコンテンツとITを絡ませた新規事業の立ち上げで定評があることが評価され、今回開発を任された。

 全国高校野球選手権大会の主催者である朝日新聞社が、テレビ中継を担当する朝日放送と共同で、専用サイト「バーチャル高校野球」を2015年7月に立ち上げる(図1)。出場校が決まる地方大会の決勝戦(約20試合を予定)を皮切りに、本大会の決勝戦までの全試合を生中継する。試合後に録画を見ることもできる。提供期間は8月末までだ。

図1 テレビ番組と同じ映像をスマホやパソコンで楽しめる。ただアングルを切り替えられるなど独自の工夫もある

 中継では、テレビ放送をしている朝日放送の試合番組をそのまま流す。ただ、視聴者が好みの角度に切り替えて試合を楽しめる「マルチアングル」機能を用意し、ネットならではの使い勝手にこだわった。テレビ放送では、球場に設置された「ピッチャー向き」や「バッター向き」などのカメラを運営側が切り替えている。バーチャル高校野球では、いわば視聴者がテレビ局社員の代わりにカメラの向きを自分の好みで切り替えられるわけだ。

自分だけのハイライトをSNSで拡散

図2 一球ごとの詳細データも速報。試合経過を追うことができる

 高校野球選手権大会のネット中継は、2014年まで朝日放送がテレビの付加サービスとして提供していた。今回、朝日新聞との共同事業として格上げし、サイトを朝日のニュースサイト配下へと移管した。

 「スマホ革命で、新聞社のサイトも動画で読者の満足度を高めなければならない時代になった。人気の高い高校野球の動画を提供する意義は大きい」(朝日新聞デジタル本部の前澤智氏)。従来のニュースやスコア情報に動画を加えることで、高校野球に関するすべての情報を集約し、消費者のスポーツの楽しみ方を大幅に広げることを目指したという(図2)。

 交流サイト(SNS)を通じてファンを呼び込む点でも知恵を絞った。それが「ハイライトジェネレーター」と呼ぶ機能。視聴者が、自分が気に入ったシーンを約20秒分切り出してハイライト動画を作れるようにするものだ。

 作成後はバーチャル高校野球のサイト上に保管。その保管場所を「フェイスブック」などを通じて宣伝できる。「例えば、球児の親が自分の子供の活躍するシーンを友人などとシェアできれば、テレビで高校野球を見ていない人たちをリアルタイム観戦の世界へといざなえる」(リムレット黒飛社長)。

動画広告で収益化

 虎の子のコンテンツであるにも関わらず無料視聴にしたのは、動画広告による収益化を見込むためだ。試合の冒頭部分で流れる数秒から数十秒の広告枠を用意したほか、試合中のイニング間などにも動画広告を流す。試合中に広告が入るタイミングはテレビ中継のCMとほぼ同じだが、広告主はネット単独で募る。

 サイバーエージェントによると、2014年の動画広告市場は前年からほぼ倍増の311億円。2017年には880億円に伸張する見通しだ。大手広告主を中心に出稿意欲が高まっており、「新聞サイトへの移管で昨年以上のユニークユーザーの獲得が期待できる。広告商品の量が増えると見込んでいる」(朝日放送コンテンツ事業部の中村大輔コンテンツ事業課長)という。

 海外では米プロフットボールリーグ(NFL)や米大リーグ機構(MLB)などが早くからネットを使った生中継に取り組む。日常的なファンとの接点を設けたおかげで、休日などに競技場に足を運ぶファンが増えるなど、間接的な効果を生み出すことに成功している。

バスケやボクシングでも

図3 「バーチャル高校野球」の仕掛け人たち。左から順にリムレットの黒飛功二朗社長、朝日新聞デジタル本部の前澤智氏、朝日放送コンテンツ事業部の中村大輔コンテンツ事業課長

 肝心なのは、いずれも競技の主催者自らが配信を手がけている点だ。「コンテンツの保有者だからこそ品質や著作権を担保した形で配信できる。結果として消費者からも広告主からも信頼を得られる」とリムレット黒飛社長は分析する(図3)。

 国内でも海外の動向に敏感な競技主催者が、有料サービスとして取り組む例が相次ぐ。パ・リーグ6球団の試合が見られるパシフィックリーグマーケティングの「パ・リーグTV」、バスケットボールのプロリーグの一つbjリーグが運営する「bjTV」などがその代表だ。WOWOWもテレビで放映中の試合映像を、契約者向けにネットでも中継している。2015年5月3日には、世界で大きな注目を集めたプロボクシングの「マニー・パッキャオ対フロイド・メイウェザー」の試合を流した。

 そんな中、今年誕生100周年の節目を迎える全国高校野球選手権大会が、本格的にネット活用に乗り出したインパクトは大きい。無料版でも広告で収益化できることを証明できれば、ファン層の急拡大が課題のマイナースポーツでも同様の取り組みが広がるかもしれない。

 スポーツ人気を東京五輪による一過性の特需で終わらせないためには、持続的に消費者との接点を持つことが何より大切。スマホの小さな画面を主催者が有効活用できるならば、真の意味でのスポーツ振興にITは大きく貢献できるはずである。
(日経コンピュータ 高田学也)[ITpro 2015年5月18日付の記事を基に再構成、日経電子版2015年6月8日付]

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