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羅針盤NEO(9)高等数学ができる人は、人工知能ビジネスに参加しよう!

村上憲郎 authored by 村上憲郎 元グーグル米国本社副社長兼日本法人社長、前名誉会長
羅針盤NEO(9) 高等数学ができる人は、人工知能ビジネスに参加しよう!

 この連載の第2回で「『機械のスマート化』を怖がってはいけない~競争に負けない働き方とは」と題して、機械にコンピュータが組み込まれて機械がスマート化されていくこれからの時代で、雇用機会を維持していくために、学生諸君や若い社会人の読者に、プログラミングの技能を身に付けておくことをお薦めしました。

 さらに、それを受ける形の連載の第3回では、「雇用チャンスはこうすれば広がる~電子回路の基本を身に付けよう」と題して、既にプログラミングの技能を身に付けておられる読者に向けて、スマート化された諸機械が、いよいよ、インターネットに繋がるIoT(Internet of Things=物のインターネット)の時代を迎えるにあたって、IoTに繋がっていく「物」が存在している、いわゆる「アナログな世界」にディジタルコンピュータを繋げるためのAD変換、DA変換といった操作を実現する電子回路の基本を身に付けておくことが、その雇用機会を今後、大きく拡大するのに役立つと申し上げました。

 さて、今回は、これまでとは違い、やや特別な方々、数学が人一倍できる方々へ、「人工知能ビジネスに参加されませんか」という、お誘いです。

第3次ブームを迎えた人工知能

 人工知能は、現在、第3次ブームを迎えており、しかも、前2回のブームと違い、遂に、実用に供しうる段階を迎えたと言えます。第1次ブームは、1956年にダートマス大学で開催されたThe Dartmouth Summer Research Project on Artificial Intelligence (人工知能に関するダートマスの夏期研究プロジェクト)が、嚆矢とされます。その後、「ダートマス会議(Dartmouth Conference)」と呼ばれることになるこの研究会は、それまでは、ただ単に計算する機械と見なされていたディジタルコンピュータの上に、知的な操作を担わせるプログラムを構築できるのではないかという発想に基づく、最初の本格的な研究会でありました。Artificial Intelligence (人工知能)と言う言葉も、この時に正式に生まれたとされています。

 しかし、その後の人工知能研究はディジタルコンピューターの上に、知的な操作を担わせるプログラムを構築することが、いかに困難なことであるかをひたすら確認するだけと言っても過言でない挫折の歴史でありました。挫折の歴史ではありましたが、そのような真摯な人工知能研究から、幾つかの成果も生まれてきました。皆さんが、iPhoneのSiriや、Google Nowで日々体験されて、いわゆるディジタルパーソナルアシスタントサービスの自然言語によるやりとりは、人工知能の一分野である自然言語処理研究の判りやすい成果であることを、ご存じの方もおられると思います。

 さて、その苦闘の人工知能研究も、ダートマス会議から四半世紀を過ぎた1980年代に第2次ブームを迎えます。その世界的なブームのきっかけを作ったのは、日本の当時の通産省(現経産省)の開始した「第5世代コンピュータプロジェクト」でした。開発の目的とされたアプリケーションは、「エキスパートシステム」と呼ばれる、専門家の知識を集積して専門家の代りをディジタルコンピューターにやらせようというシステムでした。専門家の知識を集積するので「知識ベースシステム」とも呼ばれ、知識を「もし~だったら、~する」という「If~, then~. ルール」の形で表現するので、「ルールベースシステム」とも呼ばれました。

 しかし、残念ながら「エキスパートシステム」も限定的な利活用にとどまるとともに、その推論機構(複雑な前提条件から、If~, then~. ルールを駆使して結論を推論する仕組み)を実現する新しいコンピューターを目指した第5世代コンピューターも、商品化されること無く、第2次ブームも、プロジェクトの終息とともに終焉しました。このように、第2次ブームはひたすら言葉を取り扱う傾向でありましたので、自然言語処理研究には大きく貢献し、例えば、1980年代に日本のワープロ専用機は長足の進歩を遂げることができました。

キーワードは「機械学習」「深層学習」

 さて、今回の第3次ブームは、機械学習、特に、ディープラーニング(深層学習)と呼ばれる分野で最近達成されたブレークスルーに拠ってもたらされました。今年になって、日本の書店のコンピュータ関連書籍のコーナーにも「機械学習」「深層学習」と言った言葉を題名の一部に持つ本が、次々と並び始めました。それを手に取られた方々は、既にご存知と思いますが、それらは、高等数学の塊のような内容で、第2次ブームのひたすら言葉を取り扱う傾向の対極にあります。

 ということで、この第3次ブームで最も危惧されていることが、人材不足です。つまり、「機械学習」「深層学習」の研究者に要請される素養としての高等数学のレベルが高すぎるため、一気に増員が望めないことからくる人材不足が、心配されているのです。現在、世界で「機械学習」「深層学習」の研究に従事している研究者の総数は、数千人しかいないとも言われ、世界的な人材の争奪戦が始まっています。

 昨年の初めにグーグルが、英国のわずか20人ほどの会社「DeepMind」を4億ドルで買収しました。そこで開発されていた「機械学習」「深層学習」の技術そのものだけでなく、その会社の20人の「機械学習」「深層学習」の開発者が欲しかったからだとも噂されています。

求む! 数学が人一倍できる人

 さて、そこで、数学が人一倍できる方々へ、「人工知能ビジネスに参加されませんか」という、お誘いです。数学が人一倍できる方々、例えば、素粒子物理学で博士号を取ったけど、適切な研究ポジションがなく、大学進学予備校の物理や数学の講師をしながら糊口を凌いでらっしゃるような、いわゆるポスドクと呼ばれる方、ぜひ書店のコンピューター関連書籍のコーナーに並んでいる「機械学習」「深層学習」と言った言葉を題名の一部に持つ本を立ち読みしてみてください。そして、その出てくる数式が、地の文と同じように理解でき、その達成しようとしていることに興味が湧いたとしたら、ぜひ人工知能ビジネスへ、参加してください。

 人工知能ビジネスといえば、例えば、人工知能技術をコア・コンピタンスとするメタップス社が2015年8月28日、人工知能関連のスタートアップとしては最初の企業として、マザーズへの上場を果たしております。このメタップス社を始めとして、新旧、大小の多くの企業が今、「機械学習」「深層学習」の技術者・研究者の獲得競争を繰り広げております。数学が人一倍できる方々、まず、僭越の誹りを顧みずにお誘いしたポスドクの方々だけでなく、次に、学部・大学院や企業の他の分野で勉学・研究・開発を続けてこられている数学が人一倍できる方々、ぜひ書店のコンピュータ関連書籍のコーナーに並んでいる「機械学習」「深層学習」と言った言葉を題名の一部に持つ本を立ち読みしてみてください。そして、その出てくる数式が、地の文と同じように理解でき、その達成しようとしていることに興味が湧いたとしたら、是非、人工知能ビジネスへ、参加してください。

 「その達成しようとしていることに興味が湧いたとしたら」と申しましたが、一言断っておかねばなりません。「機械学習」「深層学習」が達成しようとしていることは、なるほど「人工知能」と呼んでも良いくらいの認識力や予測力であるかもしれませんし、その能力的には、人間の認識力や予測力を凌駕するレベルであるかもしれませんが、人間の知能と比べると決定的に欠けるものがあるということです。それは、「意識」です。ここで、「意識」とはなんぞやという哲学論議をするつもりはありません。ここでは、「機械学習」「深層学習」が達成しつつある認識や予測の背後には、その認識や予測を意識している「意識」は存在しないのだと言うにとどめておきます。

 たとえその能力が、認識力や予測力の生産性として人間を凌駕するような達成を成し遂げたとしても、その認識や予測を意識している「意識」は存在しないという一点において、「機械学習」「深層学習」は、人間の認識力や予測力の足元にも及ばないのだということを断っておきたいのです。「それでも宜しい。そのような限定されたものとしても、今起こりつつある『機械学習』『深層学習』のこの大躍進を社会や人々の生活の改善向上に役立てたい」という方の参加を促したいと思います。

 最後に付け加えておきますと、一方で、脳科学の最近のブレークスルーによって、人間の「意識」の発現メカニズムについても、やっと長年の定性的な仮説の段階を越えて、定量的な解明の端緒が掴め始めてきつつあります。いづれの日にか、この脳科学の今後の定量的な解明の成果が、「機械学習」「深層学習」の更なる開発に重大なヒントを与えることが起こるかもしれません。あるいは、遂に、十全な意味においても、人工知能と呼ぶにふさわしい新たなるブレークスルーを、引き起こすことになるかもしれません。いづれにせよ、このような夢のある、人工知能研究の戦列に、取り敢えず、数学が人一倍できる方々の参加を促したいと思います。今回は、まずは、ご検討をお願いした上で、ご健闘をお祈りいたします。

村上憲郎(むらかみ・のりお) 1947年大分県佐伯市生まれ。70年京都大工学部卒。日立電子、日本ディジタル・イクイップメント(DEC)をへて、米インフォミックス、ノーザンテレコムの日本法人社長などを歴任。2003年から08年までグーグル米本社副社長兼日本法人社長、11年まで名誉会長を務める。現在、村上憲郎事務所代表。

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