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飾りでいいのよ? 脇役でも光る本

飾りでいいのよ? 脇役でも光る本

 2015年12月1日に発表された15年の年間ベストセラー総合第1位は又吉直樹さんの「火花」(日販調べ)。お笑い芸人による快挙で、出版界は表向きにぎわっているが、出版業界全体の総売上高は2008年からの5年間で19.7%減少(帝国データバンク調べ)。講談社の総合誌「クーリエ・ジャポン」も休刊を発表した。読者はどこに行ってしまったのか。本の魅力は本当になくなったのか。

本は寝るための道具

 池袋駅の西口から歩いて約3分のビルの一室に15年11月5日、「BOOK AND BED TOKYO(ブックアンドベッドトウキョウ)」がひっそりとオープンした。扉を開けると、一面に本棚が広がっている。驚くのは、ここが本屋ではなく、本棚の奥にあるベッドスペースを売り物にしたホステル(簡易宿泊施設の一種)であることだ。

 運営会社、アールストア(東京・品川)の浅井佳・代表取締役は「コンセプトは、幸せな眠りの瞬間です。本を読みながら、うたた寝し、最高の眠りに入ってほしい」と話す。約144平方メートルの店内には特大の書架が置かれ、その合間にカプセルホテルを高級にしたような就寝スペースが30カ所設置されている。収容されている書籍は文学から旅エッセー、写真集、料理本、マンガなど最大約3000冊。「国内外からの旅行者も多いので、ガイドブックもよく読まれます。目標は、オリンピック前の2018年までに都内で10ヶ所に展開することです」(浅井さん)。今後増えるであろう外国人観光客を見越して洋書も20%ちかく取り扱っているという。

最高の寝落ちの瞬間をコンセプトにした「泊まれる本屋」(東京・池袋)

 宿泊をしなくても、13時から17時までは税別1500円で施設を楽しむことができる。「体験」を邪魔しないように、宿泊者以外の最大収容人数は8人に限定するという徹底ぶりだ。空き情報は随時ツイッターで配信している。コンセプトに共感し、都内に住んでいるにも関わらず、宿泊をしに来るお客さんもいるという。

 面白いのは、静かに読書をする人が集うのではなく、本を通じてコミュニケーションが盛んなことだ。外国人観光客が、ガイドブックを読んでいる人に声をかけ、観光の話で盛り上がることもある。「読書は、じっくりと一人で読む以外にも、色々な形があっても良い。ここでは本に囲まれてゆったりとした時間を過ごすという『体験』のデザインを重視しています」(同社)。書籍の販売は行ってはいないが、「気に入ったので、あとでアマゾンで購入する」という声も耳にするという。

室内にはソファもあり、ジャズの心地よいリズムが流れる(東京・池袋)

 実際にコーヒーをすすめられて、ソファで雑誌を手に取ると、予想以上の快適さだ。ジャズミュージックを聴きながら、ふかふかの座り心地に思わず、時間を忘れてくつろぐ。ぜいたくな時間の過ごし方だ。ふと隣を見ると、30代前後の男性が靴を脱ぎ、横になって本を読んでいる。しばらくたつと、男性はソファから降りると本棚の奥のベッドスペースに吸い込まれていった。

本屋は雑誌になれ

 新刊書の売り上げの減少や、雑誌の休刊が相次いでいるのに、若者は決して本からはなれていっているようには見えない。

 「本が売れないのは、読書ばなれのせいではなく、書店が魅力的でないからだ」。国立情報学研究所の教授で、NPO法人、連想出版(東京・千代田)の理事長でもある高野明彦氏はこう指摘する。高野氏は「連想検索」と呼ぶ検索技術で、本・作品・人を手掛かりに、書店や図書館などの膨大なデータを基に情報を探り出す「Webcat Plus」などのサイトを運営する。連想出版はこの技術を使い、東京・神保町の古書街で、「本と街の案内所」を千代田図書館と共同運営し、神保町に古本を探しに訪れた人が目的の本を探す手助けをしている。

 古本屋は個々の専門性が高いが、横のつながりは希薄なところがある。それをつなげる役割を果たしているのが「案内所」だ。古書街に訪れた客に、どの店にどんな本があるのかを知らせるだけでなく、関連のあるテーマやそれに強い本屋の紹介も行っている。「若い人たちは、情報を得るために読む文章の塊が小さくなっている。だからこそ、目的の本だけでなく、周辺を散策して、モヤモヤを解決する本探しの手助けができたらうれしい」(高野氏)。ゆくゆくは新刊書店も含め、出版業界からも人を招いて、「個々の本屋が雑誌のように自由な『編集』ができるようになれば若者の支持を得られる」とみている。

 高野氏の指摘を実現しているのが、11月渋谷にオープンした「HMV&BOOKS TOKYO」かもしれない。ローソンHMVエンタテイメント(東京・品川)が運営し、書籍や音楽ソフトを取り扱う。2010年に撤退した渋谷に5年ぶりに再上陸した。今回はCDではなく書籍を中心に据えて、その周辺に雑貨やDVDを配置しているが、まるで本が主役なのか脇役なのか、わからなくなるほどだ。

HMV&BOOKSの田代貴之さん(東京・渋谷)

 統括プロデューサーの田代貴之さんは「発行人がHMV、編集者が各コーナーの担当者、そんな雑誌のような店舗にしていきたい」と意気込む。1990年代、英国のCD販売チェーンであるHMVが日本に上陸する第1号店が渋谷だった。「当時、CDは流行の最先端で、お客様が店に『文化』を吸収しに来ているのを感じていました。今回、情報発信の場としての店を考えたときに、本の可能性に気がつきました」(田代さん)。

 例えば、映画「ターミネーター」のDVDを扱っているコーナーには、人工知能に関する書籍やフィギュアが置かれ、美術本の隣には、水彩画の筆が立てられるといった具合だ。思わずあわせ買いをしたくなるような仕掛けで、通常の展示に比べて売り上げも好調だという。

B&Bでは、店舗で使われている家具も購入できる(東京・下北沢)

 東京・下北沢の書店「B&B」を手がけるNUMABOOKS(東京都渋谷区)代表の内沼晋太郎さんは「本と何かを単に組み合わせればいいというのは安易だ」と語る。商店街のビルの2階にあるB&Bは、本屋でありながら店内でビールが飲め、店の設備として使われている本棚やテーブルなどの北欧家具を購入することができる。2012年7月にオープンして以来、毎年売り上げを伸ばしている。

 「B&B自体に魅力を感じる人が来てくれている。うちのような小さい書店が生き延びていくためには、特に目的がなくとも『あそこに行けば面白い』というような空間作りをする必要があります」と内沼さんは話す。ここは本が売り物のようで、実はB&B自体も一つの売り物となっている。毎日開催するイベントの企画は、主にスタッフが新刊書籍を元に考える。著者を呼んで講演してもらうだけではなく、話の内容や対談相手まで企画・構成していくやりかたは、まさに雑誌を作っていく編集者に似ている。

蔦屋書店のコンシェルジェ、渡部さんはビジネスコーナー担当(東京・代官山)

欲しかったのは本ではなく

 「本当に欲しい本が決まっている人はネットで本を注文してしまいます。書店に来るお客様は、自分が直面する言葉に表せない悩みを解決してくれるのではないかという期待感をもっているのではないかと感じます」。東京・代官山の蔦屋書店でビジネスコーナーのコンシェルジュとして活躍する渡部彩さんはこう話す。コンシェルジュとは、何を読んだら良いか分からず、漠然とした悩みを抱える来店客に適切なアドバイスをする役職だ。一人の客に30分以上も向き合うこともあるという。

 「30歳代ぐらいの若手で、注目を集めている経営者の本は」こんな質問をぶつけると、注目の経営者のインタビュー集や、国連で働く女性のエッセーなど、すぐに5冊ほどの本を紹介してくれた。最近話題の新刊書についてたずねると、「これはあまり内容がないですね」と本音のアドバイスもしてくれる。すっきりした。実は欲しかったのは本ではなく、悩みの解決だったのかもしれない。

蔦屋書店のコンシェルジュは全部で30人ほど。銀行で働いていた人、フランスで料理を勉強していた人など、個々の今までの経験を踏まえて、大人に向けた生活提案をしていっている。

 「本離れ」以上に深刻な「本屋離れ」を乗り越えるカギは、従来の書籍の概念にこだわらず、さまざまな業種から商品や人材を迎えて、本屋が編集力を高めることにありそうだ。
(雨宮百子)[日経電子版2015年12月1日付]

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