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フリーランスで生きていく(2)なぜ24歳でフリーランスに?

フリーランスで生きていく(2) なぜ24歳でフリーランスに?
authored by 八木彩香フリーライター

八木彩香のフリーランスで生きていく(1)

 前回のコラムでは「フリーランスとはなにか」ということを説明しました。今回は、私がなぜフリーランスになったのか。フリーランスとして活動していると、その経緯を聞かれることも多くあります。もしかしたら大学生の皆さんも、私の意見にどこか共感できる部分があるかもしれません。経歴や体験談も含めて、私がフリーランスになった経緯を紹介します。

サッカーで日本一! でも「幸せの感度」が鈍った......?

 最初に少し、私のことを紹介させてください。私は1991年2月25日生まれで、現在24歳。ゆとり世代真っ只中の教育を受け、勉強はそこそこ文句を言われない程度にこなす小学生でした。小学4年生の頃、姉が女子サッカー部を作ったことをきっかけに、サッカーと出会います。そのとき、全くボールを蹴れないことに衝撃を受けました。いままでは勉強も、かけっこも、努力せずとも何となくこなせていたのに、「こんな上手くできないものが、この世に存在しているなんて...!」と、調子にのっていた当時の八木少女は大きなショックを受けたのです。

 負けず嫌いな私はサッカーができないことが悔しく、上手くなりたい一心でどんどん熱中しました。サッカーを生活の軸におきながら中学、高校へ進学。気が付けば大学4年生になり、国立競技場でボールを追いかけていました。小学校4年生から大学卒業までサッカーに励む中で日本一になることもでき、様々な「感情」に出会いました。

 大事な試合に勝った日は、「いま日本で一番幸せなのは絶対私!」と言い切れるほどの幸福に包まれ、負けた日は何を食べても泥の味がするほどの絶望に襲われることも。いま思えばこれらの経験が「幸せの感度」を鈍らせてしまったのかなと思います。チャレンジすることの楽しさも知りましたが、一方で悪い言い方をすると、普通の生活では刺激が足りずに満足できなくなってしまったのかもしれません。

自転車での旅の途中に(筆者は右上)

 その後、就職活動を経て内定をもらい、4カ月間の自転車一周の旅に出発。これに関しても「なぜ旅に出たの?」と、よく聞かれます。おそらく自分の中で様々な理由が重なった結果、旅に出たのだと思うのですが、自覚している大きな理由は2つ。1つ目は単純に「冒険」がしたかったから。昔からドラクエやポケモンが好きで、そんな旅(冒険)をしてみたいと思ったからです。

 そしてもう1つは、自分が今まで人生を歩むうちに付いてきた「ラベル」を外したとき、人がどんな風に自分を見てくれるのかを知りたかったから。旅を終えた今、結果的にどうだったのか簡単に結論を言うと、出身大学やサッカーでの経歴......そんなものがなくても人は優しく支えてくれたので、人の目が気にならなくなりました。自分らしく生きても怖くない。旅に出る前も何となく思っていたことだったのですが、この旅で確信できました。いま思えばこの旅が、東証一部上場企業を辞めてフリーランスになると、躊躇なく決断できた理由になっているのかもしれません。

素敵なOBに出会って上がった「社会人に対する期待値」

 次は私の就職活動について紹介します。私は誰もが認めるような「意識低い系の学生」でした。インターンシップなんて行く気もなく、大手就職活動サイトにとりあえず登録するだけで大満足。そして名前を聞いたことのある○○テレビ、○○食品など、超有名企業ばかりにエントリーしていました。

学生時代はサッカーに没頭した

 しかしチームメイトが就職活動に励んでいる様子を見て、さすがに危機感が募り、とりあえずOB訪問を開始。運のいいことに、最初に会ってくれたのは某キー局の方でした。その先輩は本当にいい人で「せっかくなら俺の同期も呼んで、いろいろ話聞いてみる?」と言い、なんと日本最大の広告代理店の人を呼んでくれたのです。

 その2人から私は様々な話を聞き、キラキラと楽しそうに話す先輩の姿を見て、「社会人ってこんなにかっこいいんだ!」と希望が満ち溢れました。このときは当然気が付いていませんでしたが、日本を代表する有名企業で活躍する2人のOBに会って話を聞いたことにより、私の中の「社会人に対する期待値」が知らぬまにグンっと上がっていたのです。

 そしてその後、就職活動に挑んだのですが、結局私は第一志望のキー局には行けず、ある東証1部上場企業へ内定。100%希望通りではありませんでしたが、そこまで不満はなく、「社会人になれる!」ということ自体に胸躍らせていました。

社会人になって感じた「物足りなさ」の原因は......?

 2013年4月、予定通りに内定していた東証1部上場企業に就職。社会人になれる嬉しさが溢れ出し、研修では最もやる気のある新入社員だったと思います。同期とともに過ごした研修を楽しく終えた後、晴れて現場に配属。私は中途採用社員が多く配属される社内の「新規事業推進部」へ。「新規事業推進部っていう名前もカッコイイし、ぐんぐんアクティブに仕事が動いているんだろうな...!」という期待とともに、現場で働き始めました。

 しかし、私はそこで数々の違和感を抱きます。そこで働いている人たちはとてもいい人でした。パワハラもセクハラもなく、嫌味を言ってくる上司もいない......。でも何か物足りなく感じたのです。その「物足りなさ」の原因は自分自身にありました。おそらく物足りないと思った原因は、「スポーツに打ち込む中で出会った感動のせい」です。あのときに味わった「喜び」や、もしかしたら「絶望」さえも求めてしまっていたのかもしれません。

冒険してみようとフリーランスという道を選んだ

 そしてさらに、OB訪問によって、私の中で上がっていた「社会人に対する期待値」。その勝手な期待のせいもあり、とても安定した恵まれた環境を飛び出してでも、何かにチャレンジしたいという気持ちが日々募っていきました。考えた結果、自分の気持ちに正直生きようと、退職を決意。転職も考えましたが、とりあえずフリーランスでどこまでできるかやってみようと、独立して仕事をすることに決めました。

 何だか今の生活は自転車の旅に少し似ています。偶然出会った人たちに支えられて生きているのは同じ。ただ少しだけ違うのは、自分が相手のためにできることが、自転車の旅のときより増えたことです。

 これが私のフリーランスになった理由です。おそらく読んでみてわかったと思いますが、明確に「コレ!」といった理由はないのです。様々な経験が積み重なって「今」が作られています。大学生の皆さんも過去を振り返ってみてください。もしかしたら「今」、そして「未来」を作る材料が見つかるかもしれません。次回からはフリーランスになって感じたメリットやデメリットを紹介したいと思います。

八木彩香(やぎ・あやか) フリーライター。1991年2月、東京都出身。早稲田大学卒業。学生時代はサッカーに励み、大学女子サッカー選手権で優勝し日本一に。東証1部上場企業を2カ月で退職し、現在はライター、編集者として奮闘中。フリーライターでありながら特技はフリーキックです。ツチノコを探し求めて自転車で日本中を冒険しました。好きな言葉は「ハクナマタタ」(どうにかなるさ、の意味)。ツイッター(https://twitter.com/___hachimo___)はこちらから>>

「フリーランスで生きていく(1) フリーターでも社長でもない私」

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