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「iPSも海外が奪う」
先駆者ペプドリ社長の警告

「iPSも海外が奪う」 先駆者ペプドリ社長の警告

 技術系の東大発ベンチャーの中でも「最も成功した」と語られる企業がペプチドリームだ。治療薬のない病気に対する薬を作り出す特殊ペプチドの技術を、スイスのノバルティスなど国内外の大手製薬会社に提供して着実な成長を遂げた。失敗するリスクが高いといわれるバイオベンチャーの中でどう独自の地位を築き上げたのか。独創的な事業モデルがなければ「iPS細胞のビジネスも海外勢に奪われる」と警告する窪田規一社長(62)に、国内の大学発ベンチャーが目指すべき方向性を聞いた。

製薬大手に負けない技術を磨く

2013年に東証マザーズに上場し、現在の時価総額は1600億円を超えます。成功できた理由は。

 「東京大学の菅裕明教授が開発した、特殊ペプチドを自在に作る『フレキシザイム』という素晴らしい技術に加え、2006年の会社立ち上げ時から安定した利益が出る仕組みを作り上げたことです。従来のバイオベンチャーの場合、大手製薬会社に技術を持ち込んでも、実証のための実験を無償で繰り返すだけになってしまいがちでした。いくら将来の顧客のためにと一生懸命やっていても、その間は何もお金が入らない。そのうち資金がなくなって、疲弊してダウンしてしまうのです」

ペプチドリームの窪田規一社長。1953年東京都生まれ。日産自動車を経て、1978年に医療関連の検査会社スペシアルレファレンスラボラトリー(現エスアールエル)に入社。2000年にDNAチップ開発のJGS(ジェー・ジー・エス)を立ち上げる。2001年にJGS社長就任。2006年7月にペプチドリームを設立。2013年6月にマザーズ上場

 「ペプチドリームでは、製薬会社が有償でも使いたくなる独自の事業モデルを作り上げました。数千億から一兆もの特殊ペプチドの群(ライブラリー)を試験管の中に作り出す技術、その中から薬の候補になる物質を正確に抽出する技術。これら新しい薬を作り上げるための一連の技術をそろえることで、製薬大手に負けないオンリーワンの地位を築きました。我々の独自の技術を使う場合は、実証のためであっても常に利用料をもらうという契約形態を取っています」

 「2010年に初めて契約を結んだ米ブリストル・マイヤーズスクイブは、実は薬の候補を抽出する技術については自分たちで持っていました。それでもビデオ会議で我々の説明を聞いたあと、突如取締役の5人が来日して『我々がやりたかったことを実現するためのすべての技術をあなたたちは持っている』と話し、契約を結んだのです。このときに事業モデルは間違えていなかった、大手製薬とも対等にビジネスができると実感しました」

菅教授との連携も成功の一要因なのでしょうか。

 「その通りです。菅教授は会社を立ち上げるときに、経営は素人だから窪田さんにまかせるよ、と言いました。その代わりオレは技術を世界的なものに発展させると。それが2人の約束なのです。ビジネス上でこんなものが必要だと相談をすると、しっかり開発をしてくれます。キャッチボールは常にうまくいっています」

ペプチドリームは東京・目黒の東京大学駒場リサーチ(駒場II)キャンパス内部にある産学連携施設にオフィスを構える

 「実は産学連携で会社を立ち上げても、先生との連携がうまくいかないケースは多いのです。大学の先生にとって、自分の技術はかわいい子供のようなものです。いわば婿養子で来た経営者の方針に、それは違うと言う方が多いのです。ビジネス上はこうすべきですといくら説明しても聞いてくれない」

 「そういう問題を抱えている経営者は私の知人にも数多くいます。以前、医療用検査の大手企業に勤務して全国の病院を回っていました。現場のお医者さんや研究者を数千人は知っています。そういう方々が立ち上げた会社を目の当たりにして、良い面と悪い面を見てきました」

 「菅教授のご実家は商家で、商売は簡単なものじゃないと子供の頃から実感してきたと聞きました。だから研究者が二足のわらじで経営なんてできるはずないと。そうした感性を持っていらっしゃったことが、最初に気が合った理由かもしれません」

人間の体を構成するたんぱく質を分離すると、ペプチドになる。それをさらに細かくしたものがアミノ酸だ。人間の体の中で合成できるアミノ酸は20種類だけだが、自然界や人工的に作ったものを含めるとアミノ酸の種類は数百種類もある。それらの特殊なアミノ酸を試験管の中で合成できるようにした技術が菅教授の「フレキシザイム」である。この技術で作られた特殊ペプチドは、これまでにない医薬品候補物となる可能性を持つ。

過剰な資金が狂わせる

菅教授とはどのように知り合ったのでしょうか。

ペプチドリームの設立の基盤となった技術を開発した東京大学の菅裕明教授

 「以前経営していたDNAチップ開発のジェー・ジー・エス(JGS)を2005年に解散させたあと、京都大学の治験施設を立ち上げる手伝いをしていました。そんなときに、アナリストの知人から菅教授と会ってほしいという依頼があったのです」

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