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未来の学会、やってみた
育て「野生の研究者」

未来の学会、やってみた育て「野生の研究者」

 研究を本業としていない在野の研究者たちに発表の機会を提供するなど、従来の学会のあり方に一石を投じた「ニコニコ学会β(ベータ)」が昨年末で足かけ5年の活動にピリオドを打った。ユニークなユーザー参加型研究の場を発案したのは、産業技術総合研究所の江渡浩一郎主任研究員。発想の背景にある潮流や活動の成果などを聞いた。

研究発表からベンチャーも ニコニコ超会議やJSTが事業継続

 ――ニコニコ学会βは、第一線のプロの研究者も、プロではないものの知的好奇心に満ちた一般の人たちも同じ場で研究成果を発表し交流するという前例の少ない試みでした。

 「2011年12月に東京・六本木にあるドワンゴのイベント会場『ニコファーレ』で最初のシンポジウムを開いてからほぼ年2回のペースで開き、昨年12月の第9回を最終回とした。最初から5年の期限を宣言してきたのは、期間を区切るからこそできることがあると考えてからだ。やってみて(その判断は)正しかったと思う」

 ――持ち時間15分で20件の成果を立て続けに発表する「研究100連発」など研究発表の新しいスタイルはエンターテインメント性があり、一般の人々の目をくぎ付けにする力がありました。

初回のシンポジウムの様子。壁面が巨大なモニター画面になっている(撮影:中村聡史)

 「研究活動を職業にしていない在野の研究者を私たちは『野生の研究者』と名付けた。ニコニコ学会βは野生の研究者とプロの研究者の両方に発表の場を提供してきたが、このうちプロがやる『研究100連発』については、科学技術振興機構(JST)の科学コミュニケーションセンターが引き継ぐ形で、昨年11月のイベント『サイエンスアゴラ』で開催した。2日間にわたり5つのセッションで『研究500連発』をやった」

 「また野生の研究者がそれぞれ成果を披露する『研究してみたマッドネス』はドワンゴが毎年開く『ニコニコ超会議』の中で主催者を代えて継続することになった。どちらも研究発表の新しいあり方を示すことができ、それらはアカデミア(学界)を進化させていくために有用なものだと評価されたと理解している」

 ――活動を振り返って、自己評価すると。

スケルトニクスはイベントでも人気(スケルトニクス提供)

 「手応えはあった。いい成果がたくさん生み出された。沖縄工業高等専門学校のチームがつくった動作拡大ツールの『スケルトニクス』は動力なしの機械的な機構だけで人間の動きを拡大できる乗り物で、話題を呼びテレビコマーシャルにも使われた。いまはスケルトニクスを商品化するベンチャー企業が生まれている。また網戸を舞台上の映像投影スクリーンに利用する『アミッドスクリーン』は安価な画像投影法として各地の学園祭などで多用され、新しい映像コンテンツをたくさん生み出した」

 「企業の技術者で学会登壇をきっかけに大学博士課程に入り直し新たな研究者人生を始めた人もいる。また江戸の古典奇術である『手妻』を継承してきたマジシャンの藤山晃太郎さんはバーチャルリアリティー(VR)技術にのめり込み、VR映像のプロデューサーとして活躍し始めた。専門家ではない人々が研究活動に参加して科学コミュニティーを豊かにする。研究の底辺を広くすることは科学の発展にもつながる」

集合知からイノベーション 創造の連鎖を追求

 ――「β」と名付けたのは、学会的な場ではあるが、学会とは言えないという意味合いだと思います。発表のなかには趣味の色彩が濃いと感じられるものもあります。

 「学会のあり方にはかねて疑問があった。研究論文には新規性が求められるが、何を新規とするかは論文の査読者の主観に左右される面がある。新規性の基準が厳しすぎるのではないかと思うことがあった。例えば欧州合同原子核研究機関(CERN)でワールドワイドウェブを発明したティム・バーナーズ=リーはウェブについての論文を投稿したら拒否された。既存の技術の組み合わせにすぎないと言われたのだ。新規性の基準を緩めて、だれでも発表でき、だれでも意見が言える仕組みができるのではないかと考えた」

 ――そのあたりの思いが新しいスタイルをたちあげた背景にあるのですか。

「ニコニコ学会β」を発案した江渡浩一郎・産業技術総合研究所主任研究員

 「私の今の研究テーマは創造性の連鎖を可視化することにある。だれかの発見や発明に触発され、別の誰かが新しいことを考えて示し、それが次の創造を生む。ウィキペディアなども、もともとは共同研究を支援する小さな試みだったが、大勢が利用するようになり大きな技術として展開した。これは集合知からイノベーションが生まれる過程そのものだといえる」

 「ニコニコ動画はユーザーが動画をネット上で公開するサイトというだけにとどまらず、他のたくさんのユーザーがその動画にコメントを書き込める、コミュニケーションの場となっている。投稿サイトとして『やってみた』などのジャンルがあり、ユーザー参加を基本にしたサイトだ。その土壌を生かして研究者以外の一般の人も輪の中に取り込んでいき、一人ひとりの力が足し算ではなくかけ算になるような環境をつくれると考えた」

 ――会場のニコファーレは四方の壁が発光ダイオード(LED)を使った表示画面になっていて、研究者の発表途中にリアルタイムで視聴者のコメントが流れ臨場感があります。SF作家の瀬名秀明さんが未来の研究発表はみなこうなるかも、と話していました。

 「アカデミアは進化している。少しずつだが変わる。メディアの進化の方向性と軌を一にしている。書物の発展はグーテンベルグ以来、連続しているようにみえるが、いくつか断絶がある。グーテンベルグの活版印刷だけでは印刷できる書物の数は限られるが、蒸気機関と一体になった輪転機が発明され新聞が生まれマスメディアが誕生した。福沢諭吉はマスメディアとしての書物で思想を広め、本の売り上げで慶応義塾をつくった。メディアが学術機関をつくったといえる。近年はオンデマンド印刷で出版に新たな形が生まれた」

 「論文を論文誌に投稿して学会で口頭発表する。論文が研究成果の正統として後世に残されるものだという仕組みもこれから変わっていくにちがいない。今は無理だ、できないと考えられることであっても、コンピュータープログラムで解決がつくことはあっという間に解決できるようになる。コンピューターの性能が向上し、情報処理にかかるコストもどんどんゼロに近づくからだ」

取材を終えて

 江渡さんは情報通信技術(ICT)分野の研究者でありメディアアーティストでもある。日本科学未来館(東京・江東)の常設展示「インターネット物理モデル」は江渡さんの作品のひとつだ。白と黒の球の動きでインターネットで情報が伝わる仕組みが可視化されている魅力的な作品だ。ニコニコ学会βの取り組みもグッドデザイン賞や、メディアアート分野で著名なアルスエレクトロニカ賞を受賞している。

 学会の企画・運営は江渡さん以外にもたくさんの人が関与した。学会は異分野のアイデアが交錯するオープンイノベーションの場だといえるが、同時に学会を企画し運営してきたこと自体もオープンイノベーションの試みだったといえる。ちなみに「野生の研究者」という印象的な言葉を生んだのは、学会創設に関わった八谷和彦さん(メディアアーティスト、東京芸術大学准教授)が「ぽろりとこぼした」ものだという。科学研究が産業競争力や国家安全保障からの要請にこたえるものとして語られることが多い昨今、政策や予算に縛られない野生の研究者の活躍が期待される。
(編集委員 滝順一)[日経電子版2016年1月18日付]

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