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羅針盤NEO(12)量子力学を『英語で』勉強してみよう!

羅針盤NEO(12) 量子力学を『英語で』勉強してみよう!
authored by 村上憲郎 元グーグル米国本社副社長兼日本法人社長、前名誉会長

 この連載の第5回目「『英語を』ではなく、『英語で』勉強してみよう!」と題した記事の中で、会計学と法学という、どちらかと言うと文系の学問を『英語で』勉強しようとお薦めしました。「どちらかと言うと文系の学問」と言いましたが、第5回でも申し上げたように、理系の方に対しても「簿記、会計、法学概論といった内容は、この社会の基本的な仕組みを理解する極めて具体的な内容です。自分は理系なので関係ないと思っているとしたら、それは大きな間違いです。もし、貴方がそうお思いでしたら、貴方こそ簿記、会計、法学概論を勉強すべき人なのです」と、その勉強をお薦めしました。

 その上で、さらに理科系の方に対しては「学生諸君は今現在、線形代数の講義を受けているのであれば、米国のLinear Algebraの教科書を手に入れて、併読してほしいのです。既に卒業されておられる方も、米国の数学や物理学の教科書を手に入れて、復習を兼ねて、英語『で』勉強しなおしてほしいのです。それが、理系人間として、グローバル人材としての段階を登っていく上で、必ずや役立つ日が来ると確信しております。」と申し上げて、第5回の結びとしました。今回はさらに具体的に、どうすれば良いかをお話したいと思います。

MOOCで物理学の講義を

 それをここでは端的に、ネット上で公開されているStanford大学のLeonard Susskind教授の「Theoretical Minimum」と題された物理学の講義を視聴されることをお薦めしたいと思います。これは、いわゆるMOOC(Massive Open Online Course)と呼ばれるものの一つです。MOOCは世界の有名大学が、自らの講座をネット上に公開しているものの総称で、主に「英語で」講義がなされているものが中心であり、中には単位の認定を受けられる講座もあります。事ほど左様に、ここでも世界の趨勢は勉強は「英語で」するということになったということが、端的に伺われるわけです。

 さて、この「Theoretical Minimum」は、Stanford大学の提供しているContinuing Studies(生涯学習)の一つですから、社会人向けの物理学の講座であります。「社会人向け」と称していたとしても、良くありがちな「数式を使わない」といった「お話講座」では全くありません。その逆で、「Classical Mechanics(古典力学)」「Quantum Mechanics(量子力学)」「Special Relativity and Electrodynamics(特殊相対性理論と電磁力学)」「General Relativity(一般相対性理論)」「Cosmology(宇宙学)」「Statistical Mechanics(統計力学)」という6つのコース全てについて、それを記述するのに必要な数学が平行して導入される内容となっております。

 ですから、この講座を視聴すると、同時に、微分積分、微分方程式、正準方程式、線形代数、ベクトル解析、テンソル解析等々の数学も、「英語で」勉強できるのです。このことが、私が、理科系の方にこのコースの視聴をお薦めするもう一つの理由でもあります。白状しますと、私自身、数学があまり得意ではなく、物理数学と言う形でしか数学が理解できないので、余計にそう思うのかもしれませんが。

直接視聴していただくに如くは無し

 例えば、「Quantum Mechanics(量子力学)」ですと、まず「状態」という概念を記述するために線形代数が自然に導入されます。それも、ケットベクトルとブラベクトルというわかりやすい形が取られます。しかもそれはスピン状態という実りの多い量子状態を例として導入されます。実りが多いというのは、後に「量子もつれ」を解説する上で有用だということと、「量子もつれ」を解説する上で「テンソル積」を導入する上でも理解しやすくなるという意味です。

 これ以上の内容の紹介は意味がなく、後はただ「直接視聴していただくに如くは無し」ですが、あと一つだけ付け加えさせていただきます。それは、この量子力学の講義は、いよいよ実用の兆しが見え始めて来た量子コンピューターを理解する上でも最適だということです。例えば、2015年10月に刊行された『量子計算』(西野哲郎他著、近代科学社刊)は、この連載の第6回「『あくまで機械にすぎない』量子コンピューターから読み解く」で紹介した量子式アナログコンピューターである量子アニーリング方式の量子コンピューターも紹介されている量子コンピューターの最新のテキストですが、その量子式デジタルコンピューターの章は、テンソル積を基本として展開されております。したがって、この「量子力学」の講座を視聴し終えた方は、ぜひ、その実りとして、この「量子計算」をお読みになられることをさらにお薦めします。

数式を英語で読む

 なお、この講座自身の書籍化も進んでおり、「Classical Mechanics(古典力学)」「Quantum Mechanics(量子力学)」が刊行済みで、日本語訳も日経BP社から刊行されております。ただ、ここでも「英語で」読むことを、強くお薦めする次第です。そのためには第5回でもお薦めしたように、まず、「数式が英語で読める」ようになっている必要があります。

 たとえば、2次方程式の解の公式(quadratic equation formula)は、皆さんは、「2a分のマイナスb、プラスマイナス、ルートb2乗マイナス4ac」と覚えておられると思いますが、これを英語で読むと次のようになります。「minus b plus or minus the square root of b squared minus 4 times a times c over 2 times a」。講義でもこのような流儀で読まれますので、この際、数式を英語で読むということも、数冊刊行されている参考書を読まれて、まず、身に付けて置かれることをお薦めします。繰り返しますが、「それが理系人間として、グローバル人材としての段階を登っていく上で、必ずや役立つ日が来ると確信しております」。

 今回は、理系向けの記事だとお思いの文系の方もおられると思いますが、実は、少なくとも今回紹介した、「Quantum Mechanics(量子力学)」の講義の数学は、線形代数を使ってはおりますが、言い換えると、それは、せいぜい0と1と虚数単位iの3つの内2つ同士(同じもの同士を含む)の掛け算を、ある順序に従って行うだけです。数学だと思わずに単なる記号操作だと思えば、文系の方でもついて行ける内容です。その結果として、これからの社会に大きな影響を持ってくると思われる量子コンピューターも理解できるのですから、ぜひ「Quantum Mechanics(量子力学)」の講義だけでも視聴されることをお薦めします。

 その上で「量子計算」もお読みになられることもお薦めします。この本で紹介される、「量子チューリング機械」も、単純な記号操作の仕組みの説明ですから、理系文系の区別なく、根気よく辿れば、誰にでも理解できるゲームのようなものですので、是非挑戦してみてください。そうすれば、文系としても、大きな新しい世界が一気に広がる経験をなさることでしょう。

重力波がついに検出された

 と、ここまで書いたところに、大ニュースが舞い込んできました。「重力波がついに検出された」というニュースです。重力波は、「General Relativity(一般相対性理論)」の結論として「General Relativity(一般相対性理論)」を生み出したアインシュタインが予想していたものですが、「General Relativity(一般相対性理論)」の講義でも、その最終回「Gravity Waves(重力波)」で紹介されています。

 ちなみに、Susskind先生は「General Relativity(一般相対性理論)は難しい。なぜかと言うと、それを記述する数学、つまりテンソル解析が込み入っているからだ」と講義の中で正直におっしゃっています。もちろん、「自分もテンソル解析は上手に使いこなせないでいるんだ」とブラックホール理論の第一人者に言われても、話半分に聞くしかないですが、テンソルの添字の上がったり下がったりに、眼がチカチカ、頭もチカチカするという、数学の不得意な私自身としては、「Susskind先生でも、少しはチカチカするんだ」と、元気がもらえました。皆さんも、ご健闘をお祈りします。

撮影協力:立命館アジア太平洋大学、東京理科大学

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