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ブラック企業なくすには

ブラック企業なくすには
撮影協力:大東文化大学

 過酷な労働を強いる「ブラック企業」対策の新たな制度が3月に始まった。法令違反を繰り返す企業からの新卒者の求人は、ハローワークが受理を拒否できるなどの内容だ。ブラック企業をなくす術(すべ)はあるのか。外食大手、ロイヤルホールディングスの菊地唯夫社長と、ブラック企業対策に詳しい法政大学の上西充子教授に聞いた。

◇    ◇

ロイヤルホールディングス社長 菊地唯夫氏「不毛な価格競争やめる」

 ――ブラック企業と批判される外食企業が目立ちます。

 「長年のひずみを放置してきたことに対する警鐘だろう。日本は20年続いたデフレで激しい価格競争に陥った。製造業は活路を求めてコストの低い新興国に流れたが、外食のような内需型産業は行き場がなく、材料費や人件費にメスを入れた。行き過ぎた人件費削減のひずみが過剰労働の問題となって表れた」

 「これまでの外食産業は多店舗展開し、働き手をコストの低い非正規社員でまかなうモデルで成長してきた。人口が増え市場が拡大する局面では有効だが、減少に転じると持続性がない。若い非正規社員に頼る外食産業は間違いなく回らなくなる。人が足りず付加価値が減る負のスパイラルに陥る。持続可能な新しいモデルを考えねばならない」

 ――自ら価格競争に拍車をかけてきた印象があります。

 「低価格ありきで考えすぎた結果ではないか。そもそもコストの高い日本では何かを犠牲にしなければ低価格は成り立たない。廃棄食品の横流しも長野県軽井沢町のバス転落事故も、安さのために材料費や人件費を犠牲にした。正当な対価をもらえるサービスの構造に変える必要がある」

きくち・ただお 旧日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)、ドイツ証券を経て04年にロイヤルHD入社。10年から現職。50歳。

 「20年かけて下がった価格は急に回復しない。消費者は今の価格が正当な水準と受け止めているからだ。商品やサービスの価値を高め、20年かけてじわじわ上げるしかない。それだけデフレは重い。過剰労働の企業をつくりたい人などいない。長い時間かけて常態化し、それで利益を出すしかなくなった。解決には同じだけ時間がかかる」

 ――具体的にはどんな手立てがあるのでしょうか。

 「限られた従業員数で価値を高めていくことだ。『ロイヤルホスト』では国産食材のメニューを強化している。安心感があれば消費者は多少高くても対価を払ってくれる。とはいえクルマエビは大量に確保できないなど、材料の安定調達の面で限界がある。従業員もそれほど増やせないならどうすべきか。当社は無理に店舗を増やすのをやめた」

 「営業時間も縮め、5年前に約60店あった終日営業の店を3店に減らした。お客の数は減ったが、従業員に余裕が生まれ、質の高いサービスが提供できるようになってきた。付加価値を高めれば、価格競争も避けられる」

 ――規模を追わないと、成長を諦めることにつながりませんか。

 「時代が変わったことをまず認識すべきではないか。これまでは消費者の喜ぶ商品を画一的に効率よく販売する力が重要だった。これからは質の高いサービスを提供するために、優秀な人材をひき付ける力が大事になる。人手が確保できずに多くの居酒屋が閉店したのは歴史的な転換点と言える」

 「昔の社員は自己犠牲の精神で会社に尽くしたが、今の若者は自分の時間を大事にする。働きにくい会社から働き手は逃げていく。人材の供給制約の時代は会社が合わせる必要がある。それぞれの企業が新しい考え方で解決策を導かなければならない」

 ――生産性の低いサービス産業は人手集めに不利です。

 「今すぐトヨタのようなぴかぴかの会社になることはできない。時間をかけて従業員というステークホルダーとコミュニケーションする必要がある。当社は第三者機関を入れて従業員満足度を定点観測している。成果を上げた社員に自社株を給付する制度も導入しており、長期的な会社の成長が従業員の利益になる」

 「消費者、従業員、株主、取引先というステークホルダーの利益相反をおこさないためには増収増益が重要だ。当社は4期連続で増収増益だが、毎期わずか1円でもいいから増やそうといってきた。10年まで8年間新卒採用を凍結したので、無理をすると従業員や顧客にしわ寄せがいきかねない。しかし株式会社である以上、利益や株主も犠牲にできない。経営が唯一使えるのは時間軸だ。無理せず長い目で成長を狙う。当社は必ずしもホワイト企業とは言えないが、時間をかけて働く環境を改善し利益も追求する」

 「日本の国内総生産(GDP)の成長を考えると、約7割を占めるサービス産業の重要性は言うまでもない。訪日外国人客が日本の食を評価していることを考えても、外食産業が元気でいる必要がある。地道な作業かもしれないが、それぞれが従業員の働きやすさと株主の利益を両立する方程式を解く必要がある」

◇    ◇

法政大学教授 上西充子氏「正社員の配置 隅々まで」

 ――ブラック企業が生まれる要因は何でしょうか。

うえにし・みつこ 研究機関を経て、03年法政大キャリアデザイン学部教員、13年から現職。ブラック企業対策に取り組む。50歳。

 「企業は賃金の低い非正規社員を活用して人件費を削り、低価格の商品やサービスで利益を上げてきた。一時は効率経営ともてはやされたが、しわ寄せは現場の従業員に及ぶ。パートやアルバイトだけではない。外食チェーンの現場では、正社員も足りないケースが多い。低い収入で過剰労働を強いられ、キャリアパスも描けない人がいる」

 「フランチャイズチェーン(FC)も問題が多い。大手の学習塾や飲食店の看板を掲げるため働き手が集まるが、実際の運営はコンプライアンス(法令順守)の意識が低い零細企業だったりする」

 「若者がブラック企業に排出されるルートもある。就職氷河期とリーマン・ショック後に新卒採用の波にうまく乗れなかった人が、いったん非正規になって5年ほど職を転々とすると、企業は『そういう人でしょ』と見てしまう。まっとうな企業の正社員になる道が実質的に閉ざされる」

 ――ブラック企業への批判が厳しさを増しています。

 「低価格は消費者の利益だとされてきたが、コストを切り詰めることによるひずみが抑えきれなくなった。従業員の過労死や自殺の問題はその象徴だ。長野県軽井沢町のバス転落事故のように、消費者に直接被害が及ぶ事態も起きている。競争や成長ばかりを追い求めるのではなく、労働時間と賃金の最低ラインをつくらないと社会が壊れる」

 「昔から大企業の正社員でも長時間労働だったが、収入は安定していた。最近では同じように夜中まで働いても収入が少なく結婚できない、子供を育てられない非正規の若者が増えている。彼らは貯蓄もなく、別の仕事を見つける間の生活費にも困るので今の仕事を辞められない。『どこも同じだろう』と考えて視野が狭まり、現状の打開が難しくなる。『いやなら仕事を変えればいい』というのは暴論だ。そう簡単な話ではない」

 ――ブラック企業にならないためにはどんな対策が必要なのでしょうか。

 「まず経営者の意識を変えることだが、より具体的には末端まで正社員を十分に配置すべきだ。パートやバイトだけで店を回すと無理が出る。バイトの学生からは、泊まり番のビジネスホテルのフロントはバイトだけなので火事の時にどうすればいいのか分からないとか、受付のバイトで入ったのにエステの施術をしているという話を聞く。問題が起きない方がおかしい」

 「働き手にとっては正社員になれるだけでも大きい。適切な処遇がなされることが前提だが、雇用が安定する。企業は人件費が増え事業が回らないなら価格を上げるべきだ。人が足りないなら、営業時間を縮めるか休みを増やす。事業拡大にブレーキをかけてもいい。それでも回らなければ事業内容を変える。『この商品をこの値段で売る限りはしょうがない』という発想からまず脱却すべきだろう」

 ――国が支援すべきことはあるのでしょうか。

 「公的な支援としては、働き手がブラック企業から抜け出せるよう転職を促す仕組みが必要ではないか。失業保険の受給要件を緩めたり、公営住宅を安く提供したりするなどが考えられる。最低賃金も大胆に上げるべきだ。正社員がいない時間は営業できない規制を設けるなど、コンプライアンスが徹底できない企業は市場から退場する仕組みをつくる必要がある」

 ――働き手がブラック企業を見抜く方法はありますか。

 「最近は所定の残業時間まで一定の手当を払う『固定残業代』を悪用する企業が多い。所定の残業時間を超えても割増金を払わなかったり、募集時の給料を固定残業代込みで表示したりする。IT関連や小売り、飲食業に多い。新卒採用のサイトに初任給30万円とあっても、月30時間分の固定残業代5万円を含む場合がある。確認したうえで、募集時のサイトを印刷して証拠として保存するのも手だ」

 「学生は離職率などの情報をきちんと開示する企業を選ぶべきだ。昨年施行された青少年雇用促進法で、学生に労働時間などの開示を求められた企業は対応が必要になった。それでも大企業は開示に後ろ向きだ。学生はOB訪問などで漠然と社風を聞くのではなく、同期で辞めた人は何人いるかや毎日何時くらいに帰っているかなどを聞いた方がいい。大学や高校の就職支援担当も意識を高めることが重要だ」

◇    ◇

【聞き手から】小手先の改革では限界

 「ブラック企業」が流行語になったのは3年前。過剰労働が社会問題になり、一部外食店は働き手不足で店舗閉鎖を迫られた。経営者はそろって「襟を正す」と話したが、そう簡単にはなくならない。

 論者2人に共通するのは、もはや「小手先の改革では対応できない」ということだ。長時間労働を見直せば人を増やす必要があるが、日本は今後一段と人手不足が深刻になる。菊地氏が指摘するように、従業員の働きやすさと利益を天秤(てんびん)にかけ、ビジネスモデルそのものを見直すべき時ではないか。持続成長を考えれば、一度ペースを緩めて大幅な経営改革が必要になる企業も出るだろう。

 3月1日には17年春の新卒採用の会社説明会が解禁。働き方に対する若者の関心は高い。3月からは要請があれば、企業は離職者数や労働時間などの情報開示も義務づけられた。「ホワイト企業」を目指さなければ生き残れない。そんな社会になればブラック職場も減るはずだ。
(藤野逸郎)

[日本経済新聞2016年2月28日付]

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