なでしこジャパンで澤さんの存在が大きかったワケ
やる気スイッチを入れよう(9)
私たちは、自分のためだけでなく、誰かのためにがんばることがあります。「誰かのために」のモチベーション(やる気)の特徴について考えてみます。
親に恩返し
入社1~2年目の若い世代に、「やる気のモトはなんですか?」と聞くと、いくつか挙げられる中の1つに、「親に恩返しをしたい」という内容が入っていることがあります。例えば、「やる気のモトですか? できなかったことがだんだんできるようになっていく達成感と、それから給料日ですかね。あと、やっぱ親に恩返しとかしたいじゃないですか」というような回答です。
ここで語られているのは、自分の欲求を満たすためとか、自分の夢を実現するためではなく、自分以外の誰かのためにがんばるというモチベーションです。
なでしこジャパンの澤さんの存在
仕事や勉強で、励ましてくれる先輩や同級生がいたり、部活やサークルでも「この人、すごいな」と思える人がいると、気持ちが上向きになり、一歩を踏み出せたりします。その人がいることが、がんばろうという気持ちの支えになっているのです。
女子サッカーのなでしこジャパンが快進撃を続けていた時の澤穂希さんの存在は、その代表例と言えます。澤さんはチームのメンバーから、サッカーの技量だけでなく人間的にも尊敬を集めていたと言われています。メンバーの「この人のためにがんばろう」「この人について行きたい」という気持ちが、一人一人の力を引きだし、チームの結束を強めたのだと思います。
「誰かのために」はやる気のモトの1つ
誰かのためにがんばる気持ちは、やる気のモトの1つです。お世話になった人に恩を返したいと思う気持ちや、期待に応えたいという気持ち、素晴らしいリーダーについて行きたいという気持ちが、モチベーションを高めるということです。
この気持ちは、強く感じる場合とそうでない場合があります。自分のやりたいことや欲しいもののためにがんばる方が、気合が入るときもあるでしょう。ただ、やる気のモトはたくさんあったほうが、やる気が安定します。今から、誰かのためにがんばる気持ちも育てておくとよいと思います。自分のためにがんばる気持ちだけでは、どうもうまくいかないという時に、「この後輩のために」「家族のために」と気持ちを切り替えると、ゲストエナジーが湧いてきて、再び波に乗り始める、ということがあります。
自分の役割を知る
誰かのためにがんばることのいい点の1つは、自分に何が期待されているかを意識できることです。これは、会社などの組織の中で動くときには、特に重要なことです。例えば、新入社員であれば、「1通りの仕事を覚えること」がまずは期待されるでしょう。転職してきた中堅社員であれば、「後輩を指導しつつ、組織に新しい風を送り込むこと」が期待されるかもしれません。
「自分のやりたいこと」も大切ですが、こればかりが先行して、「期待されていること」を忘れてしまうと、ピントはずれの結果を出し、結局は自分自身にとっても不利益な状況を招きます。親身に面倒をみてくれる先輩や、転職の世話をしてくれた人の顔を思い浮かべ、「この人は何を望んでいるだろう」「どういうことをすると喜ぶだろう」と考えてみることで、自分の方向性を見直すことができます。チャンスがあれば、そのような人たちと話をして、「もっと皆さんの役に立ちたいんですが、どうしたらいいでしょう。アドバイスをください」と、直球でお願いしてみてもいいと思います。
自分の殻を破る
誰かのためにがんばることの、もう1つのいい点は、自分の殻を破れることです。「私はここまでしかやれない」と、勝手に自分の限界を決めていることも多いものです。「誰か」は、それを超えるような期待を寄せてくれたり、「もっとできるよ」と励ましてくれます。
今年、ある外資系の企業に採用が決まった学生は、「高校のとき、先生が『君は世界で活躍できる』と言ってくれて、その時はとても無理、と思っていましたが、大学時代に英語を勉強し挑戦して、第一志望の企業に受かりました」と言っています。高校に報告に行き、先生に喜んでもらえたそうです。
期待をかけられたとき、「無理」と思ったとしても、まずは話を聞いてみましょう。そして、自分の中でその言葉を温めてみましょう。やる気のモトになるかもしれません。
プレッシャーになることも
「誰かのために」は、いいことばかりではありません。自分のためにコツコツやっているときはよかったけれど、先生のため、先輩のため、お客様のためと思い始めたら、急にプレッシャーを感じるようになってうまくいかなくなった、ということもあります。また、周囲からの評価ばかり気にするのも、ストレスの原因になったり、モチベーションを下げることにもなります。
この場合、誰かの期待や誰かの喜びが自分の中で消化されずに、違和感を生じさせているのでしょう。納得して、この人のためにがんばろうと思えないときは、これにこだわらず、他のやる気のモトを働かせたほうがいいかもしれません。
多角的にものを見る
多くの人に支えらえていると実感し、それぞれの人とのためにがんばろうと自然に思えると、「誰かのために」のモチベーションはうまく機能します。
例えば「親に恩返し」と心のどこかで思っていると、会社でいやなことがあって「辞めてやる!」となったとしても、一旦踏みとどまって冷静に考えることができるでしょう。これは、会社の中という単一の世界だけでものを考えるのではなく、複数の世界の判断基準を総合して考えるということです。より多角的な見方ができるのです。
仲間、先輩、家族等、関わりのある人たちの顔を思い浮かべてみてください。この人のためにがんばろうと思える人がいますか。自
分の中で、しっくりくるものがあったら、それはやる気のモトになります。もし、該当する人がいないと思ったら、いろいろな人と会って話をしたり、行動を観察したりしてみましょう。刺激を受ける人と出会うことがあると思います。その人との交流を、自分の中のやる気のモトの1つとして育てていきましょう。
自分らしくモチベーションを高めて、毎日の生活を充実させましょう。
明星大学経済学部特任教授、JTBモチベーションズ ワーク・モチベーション研究所長。筑波大学の博士課程で、組織におけるモチベーションの伝染について研究中。大学ではキャリアや就職支援の講義を担当、企業とのコラボレーションによる講義も実施。JTBモチベーションズでは企業で働く人への研修やコーチング、経営層へのコンサルティングを行う。著書は「やる気が出なくて仕事が嫌になった時読む本」「職場でモテる社会学」「できる人の口ぐせ」等多数。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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