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日中韓の架け橋に(下)お互いを分かり合えた瞬間とは~韓国人留学生の視点から

日中韓の架け橋に(下) お互いを分かり合えた瞬間とは~韓国人留学生の視点から
authored by OVAL実行委員会

 「日中韓の架け橋に」の下編は、日本に留学してる韓国人女子大生のOVALで活動記録です。彼女がなぜ、OVALに入ったのか、そこで感じたギャップとは、北京での体験など、日本支部のメンバーとして活躍した彼女の活動の記録です。

どうして学生団体か?

 こんにちは。OVAL実行委員会ケース局員で、慶應義塾大学経済学部2年の金藝璘です。私の大学生活での目標は多様な人に会い、色んな経験をすることでした。特に留学生という立場から見ると多くの日本人と出会い、日本で多くの経験をすることはとても大事なことです。そのため、春学期には学校のいろんな分野のサークルに入って充実した生活を送りました。

 ところが、どれだけ頑張ってもサークルでは何か足りないと感じていました。自分が求めていた多様な出会いと経験、それを得るためには大学に限られるのではなく、大学を飛び越えて活動する必要があると思いました。そんな中、学生団体「OVAL」を知りました。

OVALとは?

 OVALはグローバルとビジネス、この2つをキーワードにしている学生団体です。将来私はアジアに基づいて世界を舞台に活躍する人材になることが目標で、そのために経済学部で学んでいます。このような自分の関心分野に適合した学生団体を探すためにグローバル、経済というキーワードを持って学生団体を探した結果、会えたのがOVALでした。

 OVALとは日中韓それぞれの国に支部があり、毎年の夏に各国を順番に回りながらビジネスコンテストを開いています。各国のスタッフと参加者が集まって企業に協賛していただきながら、英語でコンテストを開くという話がとても魅力的でした。この団体なら、自分は自分の英語力を有効に活用して活動できることだけではなく、ビジネスに対する実践的な知識も身につけられると思いました。また、日中韓というキーワードをテーマとしている団体の日本人と話すことにも興味が湧きました。

想像とは違った活動

 ところが、想像と現実にはかなりの差がありました。まず、OVALは一般の会社の部署のように局が分かれています。私は「ケース局」という局に所属するようになりましたが、今まで1回も聞いたことのない「ケース」という名前がとても難しく感じられました。このような局ごとに細分化して作業することに慣れていなかった上に、ケース局の業務も何をすればいいのか分かりませんでした。ケース局の仕事は夏にあるコンテストで、参加者にテーマとして解いてもらうケースを決め、ケースを理解するための情報を提供するケースブックというものを作ることです。そのため、私が入ったばかりの秋には、ケース局員としてビジネスと関連した業務をしようとしても、何もすることのない状態でした。

 私が入ってから1カ月たった頃、OVALは高校生に日中韓の歴史の観点を教えて正しい認識と日中韓関係の改善を目標とする、という講演イベントを開催しました。そのためにまず、OVAL内で日中韓の歴史や政治問題に対して話すことになりました。歴史や政治問題は親しい日本人の友達とは暗黙のうちに話さないことにしていました。それを会ったばかりのOVALで話すなんて、とても負担に思いました。一方、日本人とはこのような分野の話をしたことがなかったため、とても楽しみにも思いました。

 今まで自分の中では、「日本人は学んだ歴史が違う」「他国の意見を知ろうとしない」「政治にも興味がないために話しても無駄」という諦めている自分がいました。日中韓、という分野の団体に入っている日本人なら何かちゃんと自国の意見を出して、論理的に話せるのではないかと期待しました。しかし、日本人はお互いの国の話を始めても中国や韓国の立場に対しても知っていることがなく、「自国の話も歴史に対してもあまり関心がない」という言葉で終わり、討論ができませんでした。正直言って、このようなことにショックを受けました。OVALではすぐビジネスに対する知識が伸びるような業務ができるわけではなく、日中韓に興味のある日本人が集まっているわけでもなかったです。私はそのような現実にOVALを続けるべきか悩むまでになりました。

お互いに違う環境の中で育った仲間たち

 このような危機もイベントの計画から運営を通して克服することができました。お互いに違う環境で生まれ、育ったことを理解し、配慮する方法を学ぶことができたためです。最初はあまりうまくいかなかった日中韓に対する討論が、次第にお互いの国の考えに対して自分から聞いてみて、その考え方が理解できないと怒るのではなく、なぜそのような考え方を持つようになったのか、自分から関心を持ち理解するように努力しました。また、講演を通しても学生たちだけではなく、OVALer(OVALで活動する学生)としても日中韓のそれぞれの国について考える契機になったと感じました。

 11月下旬になるとケース局としての仕事も始まり、本格的にOVALerとしての仕事が始まりました。その過程で、ビジネスに対する知識だけではなく、局としてのチームワークも身につけられるようになりました。

お互いを理解し合えた北京SEP

 日中韓のOVALは年2回会います。夏にある大会で1回、そして冬には夏の大会に向けた大会議「SEP」の1回です。SEPは2月に北京で行われ、色々なものを感じさせられる経験でした。まず、本当の日中韓の学生団体として完成した感じがしました。日本で活動するOVALerだけでなく、他の国のOVALerと会うことはかなり違いました。特に中国支部のOVALはSNS制限などで、普通に連絡を取れる韓国支部とは違い、どこか壁や違いがありましたが、北京SEPで解消することができたのです。お互いの考え方や行動の違いを理解することができました。

 例えば、仕事の進め方でも大きく違います。日本人は細かいところまで気にして真剣に仕事を進めるため、仕事がしっかりしていますが、仕事のペースは多少遅れます。中国人は自分たちが納得がいけば細かい仕事は多少無視してても仕事を早く終わらせ、追加にもっと多くの仕事をしたりしました。そのため、時々摩擦がありましたが、北京SEPを運営する中国OVALerの姿を見て、改めて理解することができました。そうした違いは、中国の風景からも感じられました。中国の街の中の建物は日本の建物のほぼ倍だといってもいいほどに大きさでした。このような大きな国、大きな街で暮らしてることから、中国人の大様な性格を理解することができました。

 一方、悔しかったことは英語力と知識の差があったことです。中国や韓国支部のOVALerはみんな日本支部のOVALerよりだいぶ優れた英語力があり、また日本支部がほとんど1年生で構成されているのに比べて中国と韓国は1年生から4年生まで、多様な学年で運営されているため知識や経験が日本のOVALerより豊富でした。そのような基礎的な違いから、自分の考えや気持ちがうまく伝わらず、知識も足りなくて、焦ったりプレッシャーを感じたりしました。それでも、日本支部は諦めることなく、連日明け方近くまで全員で会議をのフィードバックや情報交換をしながら知識や言葉の差を埋めるために頑張りました。その結果、日中韓の3分の1のOVALとして、その役目を果たすことができました。

東京IBCに向けて

 そしてOVALが存在する理由、ビジネスコンテスト「東京IBC」に向けた活動開始です。私たちケース局員は、この東京IBCのためにケースブック制作に取り組み始めました。この過程を通して分かったのは、日中韓という互いに違う文化圏の参加者に対して、情報をただ共有するだけでなく、平等に役立つ情報として提供することは想像以上に難しいことでした。

 例えば韓国支部では今年のテーマである「Safety Business」を説明するために、Weltwaveという企業から出たスマートフォンの補助レンズを例としてあげました。ですが、これはまだ日本側では実用化されてなかったため、単純に説明するだけでは、どうしてこれがSafety Businessとつなげられるのか理解することが難しかったです。

 自分の作業にもトラブルがありました。私が預かったのはSupport Policyというパートでした。日本政府がSafety Businessを展開する企業のために、どんな支援(support)をしているかを説明することが当初の計画でした。しかし、実際には日本政府はSafety Businessに対して大した支援をしておらず、セコムのような会社以外には外資系企業が日本に進出している場合もありました。このような問題を解決するために、日中韓のケース局は常に連絡を取り合い、テスト期間中にもケースブック作りに励むなどの努力を通して最大限のケースブックを作り出しました。

このような努力を通した東京IBCは自分にとって多くな刺激を与えました。自分たちが作ったケースブックでコンテストに臨む参加者の方々の姿はとても感動的でした。特に開催国のスタッフとして、同時に韓国人の日本支部スタッフとしての責任感を強く感じました。あるときは日本のスタッフとして、あるときは韓国人のスタッフとして活動しました。英語で、日本語で、韓国語でコンテストが動く。私の努力で笑ってくださる参加者たちの顔やコンテストが進む光景は、毎回1分1秒がかけがえのない経験でした。完璧とは言えませんが、自分を大きく成長させた、そのようなIBCだったと思います。

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