日本経済新聞 関連サイト

OK
skill up-自己成長

ウイスキーガール(1)高卒後、音楽生活をしていた私がウイスキーを売るまで

ウイスキーガール(1) 高卒後、音楽生活をしていた私がウイスキーを売るまで
authored by 小嶋冬子KOVAL Distillery

小嶋冬子のウイスキーガール

 はじめまして、この春、跡見学園女子大学を卒業した小嶋冬子と申します。3年前までは英語なんて全く話せなかった私の人生は、スコットランド留学をきっかけに大きく変わりました。私は現在、アメリカ・シカゴの蒸留所でたった1人の日本人としてウイスキー作りに携わり、日本での市場を開拓・展開しています。普段は日本の大学で学び、長期の休みは全て海外へ。そんな2つの世界を行き来する、ウイスキーガールのお話です。

高校卒業後の音楽生活で感じた違和感

 私は高校卒業後、しばらくは音楽で生活していました。ギターでの弾き語りスタイルで、ライブハウスや路上などで演奏するのではなく、主にラジオやホールなどでのライブ出演をしていました。音楽以外のことをしている人たちとの共同出演が多く、お笑いをしている人やボイスパフォーマンスをやっている人など、とにかく様々な人と交流してきました。それはとても刺激的で非常に楽しい経験でしたし、さまざまな個性を持った人たちと出会うことができました。

 いろいろな人と出会う中、私もそのような素敵な人になりたいと強く思うようになったのですが、私と彼らは「何かが違う」という感じがありました。それは彼らと私が生きている環境、言ってしまえば土台でした。彼らは皆、アーティストでもありましたが、大学生でした。自身の芸術活動にある柔軟性や独自性は、大学での経験や勉強をすることで身につく「考える力」からくるものだと教えてくれました。

 一方で、その時の私は高校からずっと音楽だけをやってきました。もともと音楽は大好きでしたし、人との出会いやその出会いの中から得られる自分の世界の広がりも大好きでした。ただ、彼らのようになりたいという思いが日に日に強くなり、音楽活動を辞めて大学受験を決意したのです。慣れない勉強を1から始め、卒業後も母校に勉強を教わりに頻繁に行き、予備校の先生に分からないところを1つ1つ質問し、学力を伸ばしていきました。様々な人に支えられながら、現在の大学に進学しました。受験勉強をしたという経験は、音楽をやっているときとは全く違った経験でした。彼らが言っていた、勉強することで身につく忍耐力や考える力、時間内に何かを均等に成し遂げる力を知ることができました。

大学入学、でも......

 大学入学後は、「女子大生になったら、好きな勉強をしながら毎日友達とカフェとか行って話をして...」なんて思っていました。でも、私の大学生活の序盤は、思い描いていたものとは全く違うものになりました。理由は大学入試の直前、私の生活環境が悪い方向に一気に変わったことです。

 センター試験直前に自立を余儀なくされ、ゼロから住むところを見つけなければならず、生活費・学費は全て自身で稼がなければならなくなったのです。そんな中での大学受験、合格でした。当然、思い描いていた生活は金銭面で叶うことはなく、勉強とアルバイトをする毎日。週6回以上のアルバイトは、体調を崩しても収入が減る怖さから休むことはしませんでした。

 大学の友達といても、やはりどこか余裕のない日々。そんな中、唯一心を癒してくれたのは「本を読む」ということでした。少ない時間と費用で、その本の世界を見ることができるその魅力に、私は空いた時間のほとんどを当てるようになりました。その楽しさの中、たまたま洋書も手にしたとき、英語の文章を見て思ったことは「世界ってどんなところなんだろう」でした。まるで子供が宇宙を想像するように思ったことを覚えています。それくらい、私には遠く、縁がないと思っていた世界でした。そういった生活を暫く続けていたある日、大学の教授からスコットランドへの留学の話を提案されました。

気持ちはYES。でも、金銭的にはNO(笑)

 留学をして世界を見てみたいという思いと、その時の生活を変えたいという思いから大学1年生の冬、スコットランドへの留学を決意しました。漠然とはしていましたが、イギリス英語というものに興味もありました。留学への気持ちだけは強かったのですが、語学力も経済力も人より随分と劣っていた。留学資金を貯めるため、そこから返還不要の奨学金を取得し、よりアルバイトをするという目の回るような忙しさでした。でも、誰にも邪魔されず、やりたいと思っていることに純粋に向かっていける毎日は非常に楽しく、充実したものでした。

 ただ、この留学が叶ったのは全ては母のお陰だと思っています。実はどうしても、最後の最後まで飛行機代金を用意できませんでした。その時の生活状況は本当に苦しいもので、留学に行く余裕なんてありませんでした。それなのに、母が飛行機代金を支払ってくれたのです。堅実な母ですから、これだけは、と思って貯めていてくれたんだと思います。だからこそ、絶対にこの留学を無駄なものにしてはいけない、という思いがありました。勉強して英語を話せるようになって、ついでに美味しいものもいっぱい食べて(笑)帰ってくるという決意で、大学1年生の冬、自身初の海外、スコットランドにあるUniversity of Stirlingへ留学しました。

【ウイスキーガール】
(1) 高卒後、音楽生活をしていた私がウイスキーを売るまで
(2) 私の人生を変えたスコットランドでの2つの出会い
(3) 日本、スコットランドでいつも私の隣にあったもの
(4) 日本市場開拓で学んだこととこれから

【関連記事】
グローバルZEN問答(11) 「にっぽんの伝承」~大事なことは言葉では伝わらない
サントリー山崎蒸留所、苦境が生んだ100種類の原酒