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[ liberal arts-大学生の常識 ]

規制緩和は何のため(45)社会人になる前に
独禁法について知っておこう

戸崎肇 authored by 戸崎肇大妻女子大学教授・経済学者
規制緩和は何のため(45) 社会人になる前に独禁法について知っておこう

戸崎肇の規制緩和は何のため

 環太平洋経済連携協定(TPP)が合意され、市場環境が激変しそうです。企業は素早く変化に対応しないと生き残っていけません。同時に変動期は、新たな事業のチャンスをもたらすものです。守りを固めるだけではなく、攻める姿勢が問われるときです。企業が積極展開する際、気を配るべき法令に独占禁止法があります。今回は同法に注目したいと思います。

企業が注意すべき独占禁止法

 企業は各種法令を遵守しているかどうかを、きちんとチェックしておかなければなりません。良かれと思って取った行動が、後に法令に反していたと判明した場合、罰則が科されることはもちろん、企業名が社会的に広く公表されることで企業イメージが大きく損なわれ、長期にわたる痛手を負うことになってしまいます。

最も警戒すべき法令が独占禁止法でしょう。公正取引委員会のホームページでは、同法の概要として、以下のように説明しています。

 独占禁止法の正式名称は、「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」です。この独占禁止法の目的は、公正かつ自由な競争を促進し、事業者が自主的な判断で自由に活動できるようにすることです。市場メカニズムが正しく機能していれば、事業者は、自らの創意工夫によって、より安くて優れた商品を提供して売上高を伸ばそうとしますし、消費者は、ニーズに合った商品を選択することができ、事業者間の競争によって、消費者の利益が確保されることになります。このような考え方に基づいて競争を維持・促進する政策は「競争政策」と呼ばれています。また、独占禁止法の特別法として、下請事業者に対する親事業者の不当な取扱いを規制する「下請法」があります。

 以上の考え方に沿って、同法は私的独占、不当な取引制限(カルテル、入札談合等)、不公正な取引方法などの行為を規制しています。

成長戦略としての規制緩和の流れ

 政府は国の成長戦略として規制をどんどん撤廃し、市場での競争を促すことで経済の活性化を進めることを大きな柱として取り組んでいます。そのために安倍内閣は2010年3月末に廃止された規制改革会議を2013年1月に復活させ、内閣府内に設置し、財界・有識者の有力者をそのメンバーとして任命しました。

公正な競争がなされているかどうかを監視し、問題があれば罰する権限を持つ公正取引委員会

 規制改革会議とは、内閣府設置法に基づく内閣府本府組織令38条に基づいて設置されるもので、「経済に関する基本的かつ重要な政策に関する施策を推進する観点から、内閣総理大臣の諮問に応じ、経済社会の構造改革を進める上で必要な規制の在り方の改革(国及び地方公共団体の事務及び事業を民間に開放することによる規制の在り方の改革を含む)に関する基本的事項を総合的に調査審議すること」をつかさどる機関(審議会)であるとされています。

 現在、この規制改革会議は政府内で非常に強い発言力を持っており、事業を管轄する官庁よりも力を持っているといっても過言ではありません。そのため、事前に省庁と相談をして事業を進めようとしても、後から規制改革会議の意向によって環境がすっかり変わってしまうという危険性もあります。

競争原理を徹底、公正取引委員会の姿勢も厳しく

 公正な競争がなされているかどうかを監視し、問題があれば罰する権限を有するのは公正取引委員会です。公正取引委員会も当然ながら規制改革会議の意向を強く意識することになります。現状のように、競争原理を極限まで徹底させようというような状況下では公正取引委員会の取り締まり姿勢も厳しいものとなっています。

 とはいえ、公正取引委員会が常に迅速かつ正しい判断ができるとも言えません。各事業には相当な専門性があり、それらを踏まえた上での判断が求められますし、人員も限られていますから、調査などを行う際にも限界があります。また何を持って「公正」とするかは、その時々の市場環境によってその解釈も異なってくるでしょう。これは企業にとってあらかじめ明確なルールが定められていないことと同じようなことになります。

ビジネスチャンスを邪魔しない配慮が必要

変化の時代ゆえに、企業にとっても成長の好機となりえる

 実際、タクシー事業では、行政の判断と公正取引委員会の見解が対立し、市場環境の適正化に対する取り組みがなかなか進んでいないという現状があります。こうした状況は、新たに新規事業に参入しようとしたり、事業を革新しようとしている企業にとって大きなリスクとなってきます。「公正」な競争を強化しようという仕組みが、逆に多くのビジネスチャンスの実現を阻害していることにもなっているのです。

 そこで公正取引委員会は、独占禁止法に違反する行為を企業が自ら是正すれば、処分をせずに調査を終えるようにするという制度を導入しようと動いています。この制度は「確約(コミットメント)制度」と呼ばれるものです。

 従来、企業は公正取引委員会から一方的な命令や課徴金の支払いを命じられ、それが不服であれば法廷で争うしかありませんでした。これは先述のように企業にとっては大きなビジネスリスクとなってきます。それに対して今回導入が検討されている制度では、企業が独占禁止法に違反したという疑いがある場合、公正取引委員会は当該企業に対して法的な問題点を指摘します。それに対して企業が自ら解決することを約束すれば、公正取引委員会は本格的な調査に入りませんし、違反の認定もしません。これによって企業のビジネスリスクは大きく軽減されますし、公正取引委員会の側でも、調査するための人的・財政的負担を削減することができます。

企業にとってリスク軽減は朗報

 このような制度はすでにEUや中国で導入されています。日本も同様な制度を早急に導入しなければ、日本の企業は国際競争においてその分、不利な立場に置かれることになってしまいます。

ビジネスチャンスを阻害しない配慮が求められる

 ただ、すべての商取引行為が対象となるわけではありません。カルテル行為のような悪質な違反行為はこの制度の対象となっていません。この制度の対象となるのは、「私的独占」や「優越的地位の乱用」などです。たとえば前者の例としては日本音楽著作権協会が楽曲の使用料をめぐってライバル企業の市場参入を排除したことがありますし、後者の例としてはセブン-イレブン・ジャパンがフランチャイズ契約の解除の可能性を示唆してその加盟店に弁当の値引きを止めさせた例があります(2015年10月28日付日本経済新聞より)。もちろん、企業が問題解決の約束を破った際の罰則は重いものとなります。EUの場合ですと、約束を守らなかった企業は、前年度の売上高の最大1割の課徴金を支払わなければならないことになっています。

 企業は今後も、常にリスクを考えながら前進する姿勢を堅持しなければならないのですが、グレーゾーンに踏み込むリスクが軽減されることは望ましい展開でしょう。

◇    ◇

 昨年来、連載してきた「規制緩和は何のため」も今回で45回目を数えました。ここで本連載を終え、次回からは「資格」について学生の皆さんの役に立つよう、多面的に説明していきたいと思います。

連載記事【規制緩和は何のため】
(1)空の新興勢力、日本で羽ばたくには
(2)こんな大学はいらない 「高等教育」の意味を問う
(3)日本の物流が危ない! 利便性の裏に潜むワナ
(4)医学部は本当に必要か? 37年ぶり新設が意味するもの
(5)タクシーに迫る「危機」 五輪控える日本に欠かせぬ決断
(6)法科大学院の格差拡大 「司法試験」改革が危ない
(7)なぜバスが足りないのか 観光立国への長い道のり
(8)カジノ解禁って本当? なぜ議論がかみ合わないのか
(9)多くの空港が赤字のワケ 「運営権」売却は切り札か
(10)「残業代ゼロ」って本当? 働き方を変えた3つの条件
(11)自転車が危ない 「免許制」は安全の決め手になるか
(12)ステーキが安く食べられる? 農業と食の未来を決めるTPP
(13)「持たざる生活」は快適か シェアリングエコノミーの課題
(14)小型機墜落が突き付けた課題 空の安全はどうなっているのか
(15)外国人観光客をもてなそう それでも残る心配な話
(16)鉄道の安全を守る 想定外を許さないために
(17)人気集める「ふるさと納税」 忘れられた目的とは
(18)アマゾンが書店を滅ぼすって本当?
(19)「介護」は大切な産業なのになぜ人手不足?
(20)「日本郵政」上場、それで誰が得するの?
(21)国が守ってくれる銀行ってあるの?
(22)電力の自由化で生活はどう変わるの?
(23)TPPでクスリが安くなるって本当?
(24)「子育て支援」とベンチャー企業の未来
(25)ホテルの予約がとれないのはなぜか
(26)スマホ料金がグンと下がるって本当?
(27)マンションが傾いた問題をどう考えたらよいのか?
(28)本当に「自動運転」を実用化できるのか
(29)「地方創生」をどう考えたらよいのか
(30)もしドラッグストアが24時間開いていたら
(31)出でよ!! ベンチャー精神富む公認会計士
(32)日本の安全をどう守りますか?
(33)「18歳から投票権」が求める責任
(34)もしスーパーのレジで現金を引き出せたら
(35)私たちの「食」を守ろう
(36)いま高校で起こっていること 先生の負担が重すぎる?
(37)クルクル変わる解禁日 日本の「就活」の問題点
(38)バスの事故をどう考えたらよいのか
(39)男性も育児休暇を!! 多様性を受け入れる社会へ
(40)「遺伝子治療」を説明できますか?
(41)「未病」にどう取り組むべきか
(42)薬物や八百長...スポーツに必要な歯止めとは?
(43)高速道路が地方衰退を招くって本当?
(44)農地の放棄地は富山県に匹敵する広さ
(45)社会人になる前に独禁法について知っておこう

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