新しい自分と出会う
やる気スイッチを入れよう(10)
春は節目の季節。卒業、入学、就職、異動など様々な別れと出会いが訪れます。そんな時に必要なやる気について考えてみます。
人との別れ、自分との別れ
卒業や職場の人事異動には、多かれ少なかれ別れの痛みが伴います。いっしょに過ごした人たちとの別れ、慣れ親しんだ校舎や自分の席との別れ、見慣れた街並みとの別れです。そしてもう一つ、自分自身との別れがあります。大学生だった自分、○○課に所属していた自分と別れるのです。過去の自分との別れです。
こうした別れは、私たちの心身にそれなりの負担をかけます。その結果しばらくの間は、普段とは違う気分を味わいます。例えば、なんとなく沈んだ気持ちになる、漠然とした不安で足元がおぼつかない気分になる、逆にはしゃぎ過ぎてしまう、ということが起こるのです。
今までを「終わらせる」、これからを「始める」
こうした気分はあって当然と言えます。卒業、入学、就職、異動は、人生の大きな転機、つまり人生の分かれ目です。何年か経ったときに思い返すと、「あのときにその後の人生が決まったんだ」とわかることになる、重大な時点です。そんな非常事態にいるわけですから、気分もいつもと違って当たり前でしょう。
転機とは、何かが終わり、何かが始まることです。大学生活が終わり、社会人としての生活が始まる。これまでの部門の仕事が終わり、新しい部門での仕事が始まる。転機では、きちんと「終わらせること」と「始めること」が大切です。これは、過去の自分に納得して別れを告げ、新しい自分をイキイキとやっていくためのプロセスです。
「過去の自分」と別れる
前述の沈んだ気持ちや不安は、過去の自分と別れる痛みです。「私は、いったい何をやっているんだろう」と自分を見失ったり、「これから何をすればいいんだろう」と進むべき方向がわからなくなったりすることもあります。
これはアイデンティティの揺らぎが影響しています。「これが自分である」という概念をアイデンティティと言いますが、これまでのアイデンティティが変化したり揺らいだりして、こうした疑問が湧いてくるのです。
例えば、「大学ではそこそこの成績を修め、○○サークルで副部長を務め、バイトではリーダーで、全体に主体的に動けて人生を楽しんでいる自分」というアイデンティティが、「○○会社で新入社員として、先輩社員や上司に囲まれ、その指示に従って働く自分」に変わるわけです。自分が自信を持っていた「主体的に動けて」って、いったいなんだったんだ、と懐疑的になったり、指示する自分から指示される自分への変化に戸惑ったりします。
儀式には意味がある
転機を有意義なものにするためには、どのようなことに気を付ければいいのでしょうか。
まず、儀式は重要です。卒業式、入学式、入社式などに参列し、意識してその内容を味わうことで、気持ちの区切りが付きます。「本当に卒業するんだ」「この会社に入社して、これから働くんだ」という気持ちを実感しましょう。
自分で儀式を行うことも可能です。旅行をしたり、行ったことのないところに行ってみるという小さな冒険は、区切りをつけるための儀式として有効です。家族や知人から祝いの言葉をもらう、ということでもいいでしょう。
「ひとり時間」の確保
転機の日々は、あわただしく過ぎていきます。しかし、そういうときこそ、1人で振り返ったり考えたりする時間が必要です。
カフェで一息ついたり、散歩をしたり、ゆっくりとバスタブに浸かったり、という「ひとり時間」を意識的に作りましょう。環境や自分の意識が大きく変わっていくときのエネルギーは、とても大きいものです。これに飲み込まれて、流されてしまわないよう、ときどき日常の流れから距離を取るのです。まわりでどんな変化が起きているのか、自分はいったいどのように変化しつつあるのかを考え、見つめる時間を作りましょう。過去の自分を過去のものとして受け入れ、新しい自分になっていくのです。
三日坊主日記のすすめ
この時期のみの三日坊主でいいので、日記を書いてみましょう。スケジュール帳や携帯電話のメモ機能などを利用するのも一つの手です。
自分の判断基準や価値観が変化していくため、まわりの人のひとことやいつも見ているドラマなどに対して、いつもと違った反応が起こります。普段は何とも思わないことにカチンときたり、なぜか大感動してしまったり、ということが起こるのも、転機のときの特徴です。
日々感じたことを書き留めておきましょう。これは過去の自分と別れる助けになったり、新しい自分として道を切り拓くヒントになったりします。
例えば、「電車に乗り合わせた大学生がしゃべっているのを聞き、ウザいと感じた。自分はもう違う世界にいるということか?」「○○のニュースが妙に気になった。新しい配属部門の仕事で取り扱ってみたい」などです。
新しい自分を楽しむ
新しい環境では、緊張を強いられます。どこに何があるかわからず、人の顔と名前は一致せず、覚えなくてはいけないことばかりです。しかし、そういう緊張の時期は、たいてい3カ月から半年くらいです。期限付きなのだと考えて、楽しみましょう。新しい自分になっていくための脱皮の時期だと思ってください。
この時期だけのいいこともあります。まず、いろいろなことを知らなくて当たり前ですから、質問しても恥ずかしくありません。失敗も大目に見てもらえるでしょう。ゼロからスタートするため、成長の度合いが大きい時期でもあります。
緊張、不安、わからないことだらけ、失敗・・・・。これらは想定内だと思って、例えば3カ月間は気にせず、がむしゃらにがんばりましょう。
そして、3カ月後に振り返りをします。「先輩が温かく接してくれる職場で本当によかった」等の感想や、「この3カ月間で、お客様からの電話に基本的な対応ができるようになった」「上司に報告ができるようになった」といった学んだこと、「営業担当者としては、まだ成果を上げていない」等の課題などです。できれば、まわりの人からも、コメントをもらいましょう。「こちらに来て3カ月になります。いつもご指導いただき、ありがとうございます。私の仕事ぶりについてコメントをいただけたら嬉しいです」等です。
こうした過程を踏んで、新しい自分のアイデンティティが少しずつ形作られていきます。
転機はチャンスです。上手に乗り越えて、新しいやる気を持った自分に出会いましょう
明星大学経済学部特任教授、JTBモチベーションズ ワーク・モチベーション研究所長。筑波大学の博士課程で、組織におけるモチベーションの伝染について研究中。大学ではキャリアや就職支援の講義を担当、企業とのコラボレーションによる講義も実施。JTBモチベーションズでは企業で働く人への研修やコーチング、経営層へのコンサルティングを行う。著書は「やる気が出なくて仕事が嫌になった時読む本」「職場でモテる社会学」「できる人の口ぐせ」等多数。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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