アメリカで見つけた新しいアイデンティティー
留学経験なしからのマルチリンガル(3)
成功を予感させる、1カ月の始まり
「新しいアイデンティティーを見つけたい」。そう思い、決断した1カ月のアメリカ・サンディエゴへの短期滞在。アメリカ人だけでなく、英語を学びにやってくる様々な外国人と出会うことで新たなアイデンティティーを見つけるヒントが得られると思い、語学学校にも行くことにしました。
受け入れてくれるホストファミリーも無事に見つかり、ついに出発。成田から約10時間のフライトでサンディエゴに到着しました。雲ひとつない青空に、乾燥した空気。南国を連想させるヤシの木が、飛行機から出た自分を迎えてくれたことを今でもよく覚えています。入国審査を経て、スーツケースをとって出口に向かうと、そこにはホストファーザーとルームメイトになるイタリア人の姿が。アジアの島国からやってきた自分を暖かく迎え入れてくれ、この1カ月の成功を予感させるサンディエゴ滞在の始まりでした。
グローバルな語学学校
到着から3日、語学学校での授業が始まりました。学校に入り生徒用ラウンジに着くと、そこには世界の縮図のような光景が。僕のような東アジア系の学生数人に加え、ヨーロッパが本部の学校だったこともありフランス人、イタリア人、スイス人、そしてアラブ諸国とも提携があるようでサウジアラビア人、クウェート人、そしてブラジル人。本当に色々な地域から学生が集まっていて、グローバルな世界に身を置くことができました。もともと世界の国々に興味があった私にとって、これだけ多くの国の人と日常的に交流できる時間は非常に貴重なものでした。このような国際的な教室で少しの時間でも勉強できたことは、自分の中で忘れられない思い出となっています。
交流の中でかすかに感じた「違和感」
上記のような非常に国際的な空間で生活することができ、私は非常に満足感を感じながらサンディエゴでの日々を過ごしていました。語学学校での授業が終わると毎日誰かと一緒に遊びに行き、休日はヨーロッパ人やブラジル人とサッカー。サッカーというスポーツをやっていてよかったなと改めて感じました。しかし、様々な国の人と英語で交流している過程で、私は僅かながら「違和感」を感じ始めていたのです。
それは「本当に彼らと心が通い合っているのだろうか?」というもの。確かに彼らと過ごす日々は楽しく、それだけでも「ここに来て良かった」と胸を張って言えました。しかし何かが足りない。彼らとの交流の中で、なぜか心が通じ合っていない気がしていたのです。ただ、そこまで深刻な問題とは感じておらず、その答えが何なのかが分からないまま半分の2週間が過ぎていました。
相手の母国語で話すということ
2週間が経過したある日、その答えに出会います。学校の授業が終わり、たまたまその日は家に直接帰ろうとバス停で乗り継ぎを待っている時でした。偶然にも自分が座っていたベンチに外国人2人組が座ってきます。彼らの話を聞いてみると、話している言語がスペイン語でした。第1話でも書いたように、当時からスペイン語ができたので、せっかくのチャンスだから使ってみようと思い、思い切って彼らに話しかけてみたのです。すると彼らの反応は、語学学校で他の学生と話している時とは異なるものでした。
「お前はスペイン語が話せるのか!」
「そうか、じゃあお前はアミーゴ(友達)だ!」
少し話しただけで、彼らは私を心の底から受け入れてくれたのです。そして帰る方向が一緒だったので、バスに乗るのをやめ、1時間以上かけて一緒に歩いて帰ることにしました。この時、私は気付きました。これがあの「違和感」の答えなのだと。「お互いに母国語ではない英語で会話していたから、無意識のうちに心理的な距離が作り出されていた」のです。相手の母国語で話すことで、相手の心を開き、懐に入ることができる。外国人と心の底から通じ合えたあの瞬間が、自分の中で強烈なインパクトとして残りました。
マルチリンガルという選択肢
あの出来事から、私はこの1カ月滞在の目的だった「新しいアイデンティティー」のヒントを得ました。もともとスペイン語を独学でやったという経験、そして幼稚園の頃から世界の国に興味を持って地図帳を読み、国名・首都名を暗記していたという事実。これらも相まって、自分は「複数言語を話して、世界の誰とでも心を通わせられる人間」になることをアイデンティティーとするべきではないかと考えるようになりました。
また、日本は単一民族国家であり、複数言語を話せる人は多くありません。日本語だけで生活ができるという環境だからこそ、ここで多くの言葉を話せるという事実はそれだけでインパクトにもなり得る。こう考えた私は、「マルチリンガルになる」という選択肢にたどり着いたのです。こうして新たなアイデンティティの種を見つけることに無事成功した私は、サンディエゴを去り、日本に戻ってきました。そしてここから複数言語の習得へと進んでいきます。
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