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「泊まれる」本屋、味噌蔵も
新たな宿泊スタイル拡大

「泊まれる」本屋、味噌蔵も新たな宿泊スタイル拡大

 本屋や味噌蔵など"泊まれる〇〇"を標榜する宿泊施設が増えている。宿泊のみならず、様々な経験や体験を楽しむひとときを過ごせるのが特徴だ。手ごろな価格も魅力で、いずれの宿も販売は好調。新たな宿泊スタイルとして今後も広がりそうだ。

1カ月以上先まで予約で一杯

 気に入った本を読みながら、寝落ちしよう――。2015年11月、東京・池袋に"泊まれる本屋"をうたった宿泊施設「BOOK AND BED TOKYO(ブック アンド ベッド トウキョウ)」が開業した。場所はJR池袋駅西口から徒歩1分の場所にある雑居ビル。エレベーターで7階に昇り、扉を開けると、部屋を貫くように置かれた大きな本棚が目に飛び込んでくる。

 マンガや写真集、哲学書など幅広い分野の蔵書約1700冊を備えており、その本棚の奥には「ブックシェルフ」と呼ぶベッド空間が広がる。最大30人が宿泊できる。宿泊客はこれらの本が読み放題だ。料金も平日で1泊3780円からと、ホテルに比べるとだいぶ安い。

 「枕や布団などは必ずしもホテルのような高級品ではない」と、運営する不動産会社アールストア(東京・品川)の力丸聡・新規事業部部長は言い切る。だが、それは狙った上での演出だ。「友達の家などに来てリラックスした中、本を読んでいたらいつの間にか寝てしまう。そんな最高に幸せな、寝る瞬間の体験を提供したい」と話す。

東京・池袋にある 「BOOK AND BED TOKYO」は、大きな本棚の奥にベッド空間を備える

 雑居ビルの1フロアを改装した宿泊施設で、客室を多人数で共用する「簡易宿所」に当たる。一般的には、カプセルホテルなどが簡易宿所に当たる。「寝る瞬間の体験を新たな付加価値として提供できる」とみて、開業に踏み切った。

 その狙いは当たり、新たな需要を創り出している。顧客はほとんどが20~30代。国内外の観光客とビジネス客で6割を占めるが、都内からの来客も3割に達する。つまり、宿泊の必要のない人々がわざわざ泊まれる本屋での寝る瞬間を楽しむために来ているのだ。販売も好調で、ブックシェルフは1カ月以上先まで予約で一杯となっているという。

 長野県松本市の「カンデラゲストハウス」は、"泊まれる味噌蔵"として、人気を集める。築100年を超える味噌蔵を改装して13年4月にオープンした簡易宿所だ。醸造室や麹(こうじ)の発酵室を改造してつくった客室などが売りだ。もともと味噌だるを並べて醸造していた部屋は、一部の壁の塗装を除き、当時の面影をそのまま残す。天井には大釜で煮た大豆を2階から1階にある醸造室に運ぶ穴がぽっかりと空いたまま。麹の発酵室は麹をつくるための徹底した温度と湿度の管理のため、おがくずを断熱材に使った分厚い壁が残る。

味噌蔵を改造したカンデラゲストハウス(長野県松本市)の客室

 建物は間口が狭いが、奥に伸びる"うなぎの寝床"のような特徴的な造り。館内はランタンの明かりでともし、まるで、子供の頃に遊んだ秘密基地のよう。宿は「地域の人々との交流拠点としても使ってもらいたい」と期待する。地域の人を交え、飲食物をそれぞれ持ち寄ってだんらんし、交流を深めるイベントも定期的に開く。

 岡山市の簡易宿所「KAMP(キャンプ)」は、さしずめ"泊まれるキャンプ場"だ。地元商店街の路地裏のビルを改装して14年8月に開いた。1階部分のカフェラウンジは木材をデザインにふんだんに採り入れ、アウトドアの雰囲気が漂う。夜は音楽イベンドなどを開き、国内外の観光客のほか、岡山市外からも人が訪れ、にぎわいを生んでいる。

訪日外国人客の拡大が追い風に

館内のバーでお酒を楽しんだ余韻を残したまま客室に戻れる「ホテルバー グランティオス」(東京・品川)

 こうした個性豊かな宿泊施設が増えている背景にあるのは訪日外国人客の拡大を追い風とした需要の拡大だ。都心部やリゾートを中心に、宿泊施設の客室の稼働率が上昇し、需給の逼迫度合いが高まっている。ホテルは2014年度末に約9900軒と10年前より約12%増え、簡易宿所は2万6300軒と約17%増えた。

 従来の旅館業法ではホテルや旅館、簡易宿所に1カ月以上を単位として宿泊させる「下宿営業」の4タイプに大きく分かれるが、内容も硬直化し、宿泊のニーズに応え切れていないとの指摘も多い。「BOOK AND BED TOKYO」などは、それぞれのジャンルに収まりきらない需要をすくい取ったといえる。

 JTB総合研究所(東京・千代田)の調査によると、こうした宿泊施設の多様化により「20代を中心に泊まってみたいと思える宿泊施設が増えて、国内旅行に対する関心が高まっている」という。早野陽子主任研究員は「日本の消費パターンが商品を買う『モノ消費』から体験重視の『コト消費』にシフトした流れに沿った動き」と指摘する。

 多様化する消費者の需要に対応しようとする動きは、既存のホテルなどでも広がっている。

「ホテル アンテルーム 京都」(京都市)は館内のギャラリーに芸術作品を置き、宿泊客らが鑑賞を楽しむ(Swell-Deer 2010, courtesy of SCAI THE BATHHOUSE Photo : Nobutada OMOTE | SANDWICH)

 「ホテルバー グランティオス」(東京・品川)は、ビジネスホテルでは珍しくバーを備える。1991年に小さなプチホテルとして開業したが、14年3月にリニューアルオープンする際に、わずか17室ながら館内にバーを設けることにした。ビジネスホテルをはじめとする宿泊特化型の施設が増え続ける中、大量の客室を供給できる競合他社と違う戦略を打ち出さなければ競争は難しいと判断。「バーでお酒を堪能した後はそのまま客室に戻り、自宅に帰ったようにくつろげる」と同ホテルはアピールする。ホテルバー グランティオスによく泊まるという岩手県在住の40代女性会社員は「バーを最初に訪れた時は独りで心細かったが、店員に気さくに話しかけてもらい仲良くなった。今は出張で東京に泊まる際は必ず使う。泊まるというより友達に会いに行く感じ」と話す。

 代々木ゼミナールの建物を改装し、11年4月に開業した「ホテル アンテルーム 京都」(京都市)は、玄関とつながった自由度の高い空間を持つギャラリーを備える。京都を拠点に活躍する芸術家を紹介する企画展などを定期的に開く。アートに関心の高い観光客はもちろん、展示を鑑賞するのに併せて宿泊する客、そして地域の人も引き寄せている。宿泊客からも「小さな美術館のような雰囲気」が受けており、開業以来、平日や土曜日はほぼ満室とされる8割を超え、約9割で推移している。

 空き部屋や空き家を活用し、旅行者を受け入れる「民泊」も、多様化する宿泊需要をすくい取る動きの一つといえる。新たな宿泊スタイルの増加は、日本の宿泊施設の幅を広げる可能性を秘めている。
(企業報道部 新沼大)[日経電子版2016年5月13日付]

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