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「ヒト・データ・キカイ」
AI時代の経営資源
ヤフーの安宅和人
チーフストラテジーオフィサー(CSO)

「ヒト・データ・キカイ」AI時代の経営資源ヤフーの安宅和人チーフストラテジーオフィサー(CSO)

 米グーグルが「モバイルファーストからAI(人工知能)ファーストへと移行する」と4月末に宣言するなど、AIは社会に溶け込みつつある。急速に進むAIによる変化に、我々はどう対応すればいいのか。人工知能の技術動向に詳しいヤフーの安宅和人チーフストラテジーオフィサー(CSO)は、「ヒト・モノ・カネの経営から脱却し、AIとビッグデータで未来の変化を生み出せなければ未来はない」と後れを取る日本に警鐘を鳴らす。

――グーグルのAI「アルファ碁」が人間のプロ棋士に勝ちました。

 「今までのAIでは困難だった"局面を読む"能力が、劇的に高くなったことがポイントです。そのブレイクスルーを引き起こしたのが深層学習(ディープラーニング)などの新しい手法になります。プロの解説者も困惑する人間には考えられない手でも、局面を正しく読んでいるから勝ってしまうわけです」

 「もともと瞬時の情報処理は機械の得意分野です。膨大なコンピューティングパワーとデータを組み合わせられたら当然勝てません。そんなものと人間が戦っていること自体がおかしいのです。相撲の横綱がブルドーザーと戦って『ブルドーザー強えよ』と驚いているようなものです。いやいや当たり前じゃないかという話です」

生命に近づくAI

――今後AIは社会でどんな用途に使われていくでしょうか。

ヤフーでビッグデータ活用を含む全社戦略などを担当する安宅和人(あたか・かずと)CSO。東京大学大学院生物化学専攻で修士号、米イエール大学脳神経科学プログラムで博士号を取得。マッキンゼー・アンド・カンパニーに11年余り勤務し、飲料・小売り・ハイテクなどの企業を担当する。2008年にヤフー入社、2012年より現職

 「AIは単独ではなく、膨大な量のビッグデータと組み合わせることで大きな意味が出てきます。『AI×データ』で生み出される用途は『識別』『予測』『実行』の3つです」

 「『識別』は機械がものすごく得意とする分野です。写真や動画から物体を識別するといったもので、囲碁の局面を読むのもそうです。データさえ与えれば、信じられない早さで正確に処理します。大量のカメラからリアルタイムで送られてきた映像を分析して挙動不審な人を検出したり、銀行で送金や決済のデータから詐欺を発見したりするといった応用ができます」

 「『予測』も、すでに多くの場所で使われています。代表的なのが、キーワード検索で候補の文字列が出てくるアシスト機能や、広告のマッチング機能です。金融機関が数値を分析して、この人は破産する可能性が高いといった予測もできます」

脳神経科学を専門としていた安宅氏は、AIが果たす役割の中で「識別」「予測」は大脳、「実行」は小脳の機能に該当すると説明する

 「3つめの『実行』は、手の動きなど行動を自動化する用途です。工場で使われる組み立て作業や、病院で手術をするロボットなどです。映画の『スター・ウォーズ』ではロボットが手術しています。ミクロン単位の手術のような、人間の医者では神の手といわれるような動きは、機械にやってもらうのがいいわけです」

 「私がかつて専門としていた脳神経科学で説明すると『識別』や『予測』は人間の大脳に当たります。また、脳神経細胞の7~8割が集まる小脳でつかさどる手の動きや行動を制御するのが『実行』に相当します」

 「これらに加え、サイバー攻撃から系を守るための『免疫』、神経や内臓をうまく連携させて体のバランスをうまく保つ『腹の調節機能』のAIも今後必要とされるでしょう。こうした機能によって、生命に近づこうとしているんだと思います」

人間の仕事はなくならない

――AIに人間の仕事が奪われると恐れる人もいます。

 「工場の作業や車の運転といった機械が得意な一部の仕事はAIに置き換わるかもしれませんが、過度の心配は必要ありません。過去もそうだったように、人間は別のことをするようになるからです」

 「車が登場して馬車が消滅し、馬車の御者という仕事はなくなったかもしれません。でも、その人は車の運転手になったかもしれないし、車工場で板金をしていたかもしれません。車が普及するにつれて、部品メーカーや修理屋や販売店などを含む巨大産業へと成長したわけです。同様に、完全自動運転の車が登場すれば、シェアリング関連など大量のサービス業が次々と生まれてくるはずです」

 「マッキンゼーの研究では、現在存在する仕事でAIに完全に置き換わるものはわずか5%にすぎません。多くの仕事で必要とされる意思決定や目標設定などの重要な要素は、AIに置き換えられないからです」

ICTが富を生み出す

――AIを活用する仕事は社会にどのように浸透していきますか。

 「まだ機械学習やAIが浸透し始めた段階に過ぎません。経済産業省の会合などではこの状態をフェーズ1と位置づけています。今から10年後くらいに恐らくフェーズ2に突入するでしょう。モーターが発明されたことを土台にさまざまな機械や家電が発展していったように、機械学習やAIがあるという前提で新しいモノが作り出される時代です。その後は、都市全体や鉄道などインフラを包括するような非常に複雑なシステムがAIを取り込んでいくフェーズ3に入っていきます」

 「今議論すべきことはフェーズ2や3を引き起こす人間をいかに作り出すかです。それに取り組まずに放置すれば、海外の人たちに食いつぶされる立場に追い込まれる可能性があります。フェーズ1は米国のほか英国やカナダの一部が突っ走っていますが、次以降のフェーズで日本がそれをやらなければいけません」

――日本はどう挽回していけばいいのでしょうか。

ICTで未来の成長感を生み出している企業が富を集積できる時代になったと説明する安宅氏

 「現在は富の生まれ方が変わってきています。世界的な企業の時価総額ランキングを見ると、1位が米アップルで、次がグーグルを傘下に持つ米アルファベットです。そのほかの上位にはマイクロソフト、フェイスブック、アマゾンが入っています。ここから、もはやICT(情報通信技術)しか富を生み出せない時代になりつつあることが読み取れます」

 「IT(情報技術)だけでは足りません。インターネット、クラウド、モバイルを通したコミュニケーションが富を生み出しているのです。『C』のためのITなのです。ランキング上位の会社は、明らかに生み出している富よりも巨大な時価総額を集めています。つまり、未来の大きな成長への期待感で富が回っているわけです。逆に言うと、未来を変えている印象がないと、富を生み出せないということですね」

 「日本の国内総生産(GDP)を見ても、ICT産業がなければ、マイナスになってしまいます。多くの日経の読者の皆さんにはあまりうれしくない世界かもしれませんが、ICTで未来の成長感を生み出しているヒトとそうじゃないヒトで富の集積が分かれているという真実を直視すべきです」

「ヒト・モノ・カネ」から「ヒト・データ・キカイ」

――ICTのユーザーを囲い込むプラットフォーム競争に勝てばいいのでしょうか。

 「プラットフォームがなくても、未来を変えられる期待感があればいいのです。囲碁で勝った英ディープマインドだって、技術しか持っていないのにグーグルが5億ドルで買収しました。トヨタ自動車やファナックと協力してAIを研究しているベンチャー企業のプリファード・ネットワークス(PFN、東京・千代田)だって何百億円もの価値があるはずです」

 「ヒト・モノ・カネを経営資源としてきた日本の企業は、率直に言うと思考が遅れています。我々のようなインターネット業界ではヒト・データ・キカイを重視しています。高度な技術を持つヒトと、適切な答えを導き出すために使う大量のデータ、さらに瞬時に情報を返すための機械学習を実行するためのキカイが必要とされます」

 「製造業などヒト・モノ・カネで動いてきた従来の日本企業が立ち止まってしまうと、その将来は暗いでしょう。自動運転車に取り組んでいるトヨタなどは『データ・キカイ』に踏み込んで未開領域を切り開こうとしています。それが今、日本の中で起きつつある変化です」

現代人の武器はデータ処理能力

――今後の目標は。

 「日本がICTを核に未来の変化を生み出せているかと考えると、現状では危ういと思っています。既に何周か遅れており、富が生みだされなくなりつつあります。このまま行くと使われる側になりかねない」

 「ローマ時代に自由人と奴隷を切り分ける武器として『リベラルアーツ』という言葉がありました。そのために論理学や修辞学があったわけです。今後使われる側、つまりローマ時代の奴隷のようにならないためには、強いデータリテラシーを持つ必要があります。そうした力を持つ人を育成し、社会的に力を持てるようにすることが重要です」

 「そのためにヤフー社内はもちろん、国や社会に対するエバンジェリスト(伝道師)であり続けたいと考えています。政府の審議会や委員会に参加しつつ、データサイエンティスト協会も最初の発起人の一人として立ち上げました。慶応大学の湘南藤沢キャンパス(SFC)でデータリテラシーの寄付講座も始めました。今後大きな変化が起きる10~15年後に、あれをやっておけば良かったと後悔したくない一心で動いています」
(聞き手はコンテンツ編集部 松元英樹)[日経電子版2016年5月11日付]

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